19 / 29
第4章
タイムリミット4
しおりを挟む
城之内先生の言葉を聞いたら胸を刃物で突き刺されたみたいに痛くなった。
神様がいて、ぼくの隼人と仲よくなりたいという夢を叶えてくれても、いつまでも一緒にいられるとは限らない。犬と知られて別れの日が早まったら隼人の中からぼくは消え、ぼくは永遠に隼人と会えなくなっちゃうんだ。
そのとき――ぼくは、ぼくでいられる自信がない。
「そう……ですか。そう、ですよね。動物に変身する人間なんてアニメや漫画の世界じゃあるまいし……受け入れてくれる人間なんて、そうそういるわけがない」
なぜか視界が狭くなり、夜でもないのに目の前がどんどん暗くなっていく。
大御所でラジオのMCや舞台役者もしている大先輩に、運よく回転寿司に連れて行ってもらったことがある。人生で初めて回らないお寿司を食べさせてもらったとき、生わさびの爽やかな香りとほのかな甘み、そして鼻や目にまで影響力のある、はっとした辛さに驚かされた。
そのときみたいに鼻の奥がツンとして、目の奥が熱くなる。
「辛いものを食べたときは熱いお湯やお茶を飲むほうが、冷たい水を飲むよりも辛みを忘れられるよ」と大御所の先輩から教えてもらった。
だけど、この部屋には飲み物なんてない。
それに辛いものを食べたわけじゃないんだ。ここに温かい飲み物があったとしても、意味なんてない。
「渉くん、きみのお母さんも、お父さんも、きみに人間でいてほしいと強く願っている。それは渡辺先生やオレも一緒だ」
そう言われても何も答えられなかった。
「渉くんのお母さんは、お腹を痛めて命懸けで人間の子どもを生んだんだ。犬の子どもを生んだわけじゃない」
子どもの頃、家族のアルバムを見せてもらいながら「ほら、この赤ちゃんが渉だよ。昔は、こんなに、ちっちゃかったんだから」とお母さんが、懐かしそうに目を細めて話すのを隣で聞いていた。
保健体育の授業で赤ちゃんについてを習った後で、お母さんからぼくがお腹にいたときの写真を見せてもらった。
だから自分が犬として、この世に生まれてきたわけじゃないって、ちゃんとわかってる。
「……知ってますよ、先生。ぼくは、れっきとした人間です」と答えたい。でも声を出したりしたら、こぼれないように我慢している涙が、ボロボロと白い布団の上に落ちそうで結局、何も言えなかった。
「きみは犬として生まれてきたわけでも、ましてや犬の化物として、この世に生を受けたわけじゃない。ヒューマン・トランスフォーマーとして、少しでもきみの負担がなくなる道を選ぶんだ。犬としての欲求を満たし、人間としての尊厳を思い出させてくれる。きみのことを理解し、大切にしてくれるマスターやパートナーを一日も早く見つけることが大切なんだよ」
城之内先生が話し終えると、お母さんと看護師さんが部屋にやってきた。
お母さんは、ヒューマン・トランスフォーマーの人間が、マスターやパートナーを見つけるための書類一式を手にしている。
ぼうっとしていれば、お母さんがこっちにやってきて、ぼくのことをギュッと抱きしめた。
「渉、あなたと相性のいいマスターやパートナーが必ず見つかるわ。だから、もう……犬になってもいい。人間に戻れなくても構わないなんて、思わないで……」
隼人と、ぼくとでは生きる世界が違う。
ぼくは声優を、隼人は獣医を目指す。
バイトをしながら声優のオーディションを受け続けるぼくと、動物を見るお医者さんになる勉強を東京でする隼人。
人間なのにポメラニアンになるぼくは、男の隼人が好き。
隼人は、いずれ人間の女の人と結婚するかもしれない。それか、人間の男の人と恋愛関係になるかも……。たとえ結婚や恋愛をしなくても獣医として、動物たちや動物を飼っている人、同じ獣医である同僚や先輩・後輩、教授なんかと関わるはず。
今だって、まともに会話もできない。接点がほとんどない関係なんだから、大人になれば関わり合いを持つことなんて、きっとなくなってしまう。
もしも彼が、今、ポメラニアンになるぼくのことを知ったらどう思うだろう。
気持ち悪い、不気味? 面白い、すごい?
でも、ひとつだけ決まっていることがある。それは明日、空から槍が降ったとてしても覆せない事実。
ぼくは――「犬に変身する人間」だ。
神様がいて、ぼくの隼人と仲よくなりたいという夢を叶えてくれても、いつまでも一緒にいられるとは限らない。犬と知られて別れの日が早まったら隼人の中からぼくは消え、ぼくは永遠に隼人と会えなくなっちゃうんだ。
そのとき――ぼくは、ぼくでいられる自信がない。
「そう……ですか。そう、ですよね。動物に変身する人間なんてアニメや漫画の世界じゃあるまいし……受け入れてくれる人間なんて、そうそういるわけがない」
なぜか視界が狭くなり、夜でもないのに目の前がどんどん暗くなっていく。
大御所でラジオのMCや舞台役者もしている大先輩に、運よく回転寿司に連れて行ってもらったことがある。人生で初めて回らないお寿司を食べさせてもらったとき、生わさびの爽やかな香りとほのかな甘み、そして鼻や目にまで影響力のある、はっとした辛さに驚かされた。
そのときみたいに鼻の奥がツンとして、目の奥が熱くなる。
「辛いものを食べたときは熱いお湯やお茶を飲むほうが、冷たい水を飲むよりも辛みを忘れられるよ」と大御所の先輩から教えてもらった。
だけど、この部屋には飲み物なんてない。
それに辛いものを食べたわけじゃないんだ。ここに温かい飲み物があったとしても、意味なんてない。
「渉くん、きみのお母さんも、お父さんも、きみに人間でいてほしいと強く願っている。それは渡辺先生やオレも一緒だ」
そう言われても何も答えられなかった。
「渉くんのお母さんは、お腹を痛めて命懸けで人間の子どもを生んだんだ。犬の子どもを生んだわけじゃない」
子どもの頃、家族のアルバムを見せてもらいながら「ほら、この赤ちゃんが渉だよ。昔は、こんなに、ちっちゃかったんだから」とお母さんが、懐かしそうに目を細めて話すのを隣で聞いていた。
保健体育の授業で赤ちゃんについてを習った後で、お母さんからぼくがお腹にいたときの写真を見せてもらった。
だから自分が犬として、この世に生まれてきたわけじゃないって、ちゃんとわかってる。
「……知ってますよ、先生。ぼくは、れっきとした人間です」と答えたい。でも声を出したりしたら、こぼれないように我慢している涙が、ボロボロと白い布団の上に落ちそうで結局、何も言えなかった。
「きみは犬として生まれてきたわけでも、ましてや犬の化物として、この世に生を受けたわけじゃない。ヒューマン・トランスフォーマーとして、少しでもきみの負担がなくなる道を選ぶんだ。犬としての欲求を満たし、人間としての尊厳を思い出させてくれる。きみのことを理解し、大切にしてくれるマスターやパートナーを一日も早く見つけることが大切なんだよ」
城之内先生が話し終えると、お母さんと看護師さんが部屋にやってきた。
お母さんは、ヒューマン・トランスフォーマーの人間が、マスターやパートナーを見つけるための書類一式を手にしている。
ぼうっとしていれば、お母さんがこっちにやってきて、ぼくのことをギュッと抱きしめた。
「渉、あなたと相性のいいマスターやパートナーが必ず見つかるわ。だから、もう……犬になってもいい。人間に戻れなくても構わないなんて、思わないで……」
隼人と、ぼくとでは生きる世界が違う。
ぼくは声優を、隼人は獣医を目指す。
バイトをしながら声優のオーディションを受け続けるぼくと、動物を見るお医者さんになる勉強を東京でする隼人。
人間なのにポメラニアンになるぼくは、男の隼人が好き。
隼人は、いずれ人間の女の人と結婚するかもしれない。それか、人間の男の人と恋愛関係になるかも……。たとえ結婚や恋愛をしなくても獣医として、動物たちや動物を飼っている人、同じ獣医である同僚や先輩・後輩、教授なんかと関わるはず。
今だって、まともに会話もできない。接点がほとんどない関係なんだから、大人になれば関わり合いを持つことなんて、きっとなくなってしまう。
もしも彼が、今、ポメラニアンになるぼくのことを知ったらどう思うだろう。
気持ち悪い、不気味? 面白い、すごい?
でも、ひとつだけ決まっていることがある。それは明日、空から槍が降ったとてしても覆せない事実。
ぼくは――「犬に変身する人間」だ。
20
あなたにおすすめの小説
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞に応募しましたので、見て頂けると嬉しいです!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる