元神の少女に恋を教えたら、その愛が世界を救う力に。変人だらけの仲間と紡ぐ、終焉に抗う僕らの日常と奇跡の物語

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第三部:恋という名のバグ - 天使と心

第21話:恋を笑う男

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季節は、あの濃密で息の詰まるような眠りの村の静寂から、ようやく解放された初夏へと移ろいでいた。木々の緑は雨の季節を経てその色を一層深くし、空は突き抜けるような青を取り戻している。アスファルトをじりじりと焼く日差しも、日陰を渡る風にはまだ涼やかさが含まれていて、肌を撫でるその感触は心地よいものだった。

「カフェ・アルカナ」のテラス席は、そんな季節の恩恵を一身に受ける特等席だ。パラソルの作る柔らかな影の下、サークルメンバーたちはテーブルを囲み、グラスに浮かんだ氷がカランと涼やかな音を立てるのをどこか遠くに聞きながら、束の間の平和を謳歌していた。眠りの村での激戦、アルゴ・インダストリーとの緊迫した対峙、それらがまるで嘘だったかのように、穏やかな時間が流れている。

ソラは雄斗の隣に座り、仲間たちの「温かい騒音」に、心地よさそうに目を細めていた。

「だから! この町に最近出没するという『空飛ぶスパゲッティ・モンスター』は、間違いなく異次元からの知的生命体によるファーストコンタクトなんだって!」
熱弁をふるうのは、もちろん健太だ。彼は身振り手振りを交え、まるで見てきたかのようにそのモンスターの雄姿を語っている。対する大輝は、ノートパソコンの画面から視線も上げずに、冷たく言い放った。
「非論理的ですね。気象データと照合した結果、その日時に観測されたのはレンズ雲の一種です。あなたが知的生命体と誤認した触手状の部分は、上空の気流によって形成された飛行機雲の断片。その確率は九十九・八パーセントです」
「ロマンがない! お前のそのコンマ以下の確率に、俺たちの未来は詰まってるんだぞ!」
「未来は確率論と因果律の先にしか存在しません」

いつもの光景だった。言い争う二人に、アイドル稼業から少しだけ解放されたリナが屈託なく笑い、旅先の奇妙な雲の話で翼がそれに乗っかる。その全てが混ざり合い、一つの心地よい音楽のようにソラの耳に届いていた。

彼女は、そっと隣に座る雄斗の横顔を見つめた。
仲間たちといる時の、陽だまりのような、全体をふんわりと包む『ポカポカ』した感覚とは、何かが違う。雄斗の隣にいる、今この瞬間の『温かさ』は、もっと特別だった。胸の中心に、小さなカイロをそっと当てられたような、一点集中の、じんわりとした熱。その熱は、心地よいのに、なぜか少しだけ胸を締め付ける。ふわふわするのに、少しだけ、泣きたくなるような、切ない感覚。
(雄斗の隣は、世界で一番、心地よい場所)
あの日、重い覚悟を決めた夜に芽生えた、名前のつけられない感情。それは消えるどころか、日を追うごとに、その温かさと切なさを増しているようだった。彼女はその正体をまだ知らない。ただ、この感覚が、雄...斗という存在と固く結びついていることだけは、はっきりと分かっていた。

その時だった。
突如、世界の音量が、ゼロになった。
健太の熱弁も、大輝のタイピング音も、リナの笑い声も、遠くで鳴いていたはずの蝉の声も、風がパラソルを揺らす音さえも、すべてがぷつりと途絶えた。まるで、巨大な何者かが、この世界のリモコンで「消音」ボタンを押したかのように。
テラス席にいた誰もが、その異常な静寂に言葉を失い、動きを止める。空気が、凍りついた。物理的な温度ではない。密度が、存在そのものの圧力が、変わってしまった。夏の生ぬるい空気は、一瞬にして剃刀のように鋭く、冷たいものへと変質していた。

そして、それは音もなく、テラス席の中央に舞い降りた。
純白の翼。人間が作り出したどんな白よりも純粋で、光そのものを編み上げたかのような翼。神々しいとさえ言えるその姿を持つ「天使」は、しかし、その瞳に何の感情も宿してはいなかった。それはただ、この世界に存在する異物を排除するために現れた、完璧で、無慈悲なプログラム。

天使の視線が、ソラを正確に捉える。
『エラーを、確認。これより、修正プログラムを実行します』
声ではない。思考に直接響く、金属質で、抑揚のない言葉。
天使が、無感情に右手をかざす。その指先に、世界の理を歪めるほどの、まばゆい光が収束していく。
「ソラ!」
雄斗が叫び、咄嗟にソラを庇うように前に立つ。健太や大輝も、恐怖に顔を引きつらせながらも、ソラを守るためにテーブルを蹴り倒し、盾にしようとする。だが、間に合わない。誰もがそう確信した。絶対的な力の前に、人間の抵抗など無意味だと、細胞の一つ一つが理解していた。

絶体絶命。
その瞬間、天使の指先から放たれようとしていた光の槍は、まるで不可視の分厚いガラスにでもぶつかったかのように、音もなく霧散した。

「やれやれ、新入りの掃除屋はこれだから困る。もう少しスマートにやれないのかね」

その声は、世界の静寂をいとも容易く破った。気だるげで、どこか面白がっているような、響き。
一同がはっとして見ると、いつの間にか一人の男が、天使とサークルメンバーの間に立っていた。洗いざらしのシャツに、履き古したジーンズ。無造作な黒髪。しかし、その存在感は異常だった。天使が放つ絶対的な圧力を、まるで春のそよ風でも浴びるかのように、意にも介していない。皮肉な笑みを浮かべたその男は、面倒くさそうに頭を掻きながら、自分を「カイ」と名乗った。

「お前は……なぜ秩序の介入を妨げる」
天使が、初めて感情らしきもの――『疑問』を思考の中に響かせる。
カイは、その問いを鼻で笑った。
「仕事のやり方が気に入らない、じゃダメか? そもそも、お前みたいな下っ端が、こんなイレギュラー案件にしゃしゃり出てくるのが間違いなんだよ」
カイは、ポケットに手を突っ込んだまま、まるで煙草の火でも消すかのように、天使に向かって指をぱちりと鳴らした。
その瞬間、天使の神々しい身体が、ノイズの走った映像のように激しく揺らぎ始める。
「これは……強制送還プロトコル……! なぜ、お前が……」
天使は、驚愕の声を最後に、光の粒子となってその場から完全に消え去った。
嵐のような静寂と緊張が去り、テラス席には呆然とするサークルメンバーだけが残される。健太も大輝も、玲子でさえ、目の前で起きた超常現象の連続に、言葉を失っていた。

カイは、そんな彼らには一瞥もくれず、ゆっくりとソラに視線を移した。そして、彼女の隣で、警戒を解かずに庇うように立つ雄斗の姿を見て、心底面白そうに、口の端を吊り上げた。
「なるほどな。お前が今回のイレギュラーか。ほう、随分と人間に懐いたものだ」
その声は、からかうようでありながら、氷のように冷たい響きを帯びていた。ソラは、その視線に射抜かれ、初めて感じる種類の『不快』に身を縮こまらせる。それは、物理的な痛みでも、精神的な苦しみでもない。自分の存在の根幹を、汚れた手で直接触られているような、冒涜的な感覚だった。

カイは、ソラの胸のあたりを、値踏みするように眺めながら、嘲笑を浮かべて言った。
「だが、お前が感じているそれは『心』じゃない。いいか、お嬢ちゃん。それはただのシステムエラーだ。あんたっていう完璧なプログラムに生じた、ただの『バグ』だよ」

『バグ』。
その単語が、ソラの鼓膜を突き刺す。

「あんたは元々、この世界の調和を保つための、純粋な法則そのものだった。感情なんていう、不合理で、非効率で、予測不能なノイズとは無縁の存在。それがどうだ? あの人間に触れたせいで、とんだ欠陥品に成り下がった」

カイは、雄斗を顎でしゃくる。
「そいつの隣にいると、胸が温かくなるか? そいつが誰かと話していると、胸がチクチク痛むか? それはな、愛でも恋でもない。ただの配線ミスだ。いずれお前自身を、そしてお前の大切なこのちっぽけな世界を、内側から破壊する、致命的なバグだ」

ソラの心臓が、氷の手に鷲掴みにされたかのように、きしりと痛んだ。雄斗の隣にいると感じる、あのふわふわした温かい感覚。リナと雄斗が並んでいた時に感じた、あの黒くてチクチクした痛み。それらが、すべて。ただの間違いだと、この男は言うのか。

「せいぜい、人形のおままごとを楽しむんだな」

カイは、絶望に凍り付くソラの顔を見て、満足そうに笑うと、その姿を煙のように掻き消した。
後に残されたのは、夏の強い日差しと、重すぎるほどの沈黙。そして、自分の胸にそっと手を当て、ただ茫然と立ち尽くすソラの姿だった。
あの温かさは。あの切なさは。ただの『バグ』なのだろうか。
彼女の心に灯ったばかりの、名前も知らない小さな光は、カイという男が吐き捨てたたった一つの言葉によって、冷たい疑念と不安の闇に、深く深く閉ざされてしまった。
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