元神の少女に恋を教えたら、その愛が世界を救う力に。変人だらけの仲間と紡ぐ、終焉に抗う僕らの日常と奇跡の物語

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第三部:恋という名のバグ - 天使と心

第23話:橋の上のジェラシー

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カイという男が残した「バグ」という言葉の冷たいトゲは、リナと玲子、そして雄斗の温かい言葉によって、少しだけその鋭さを失っていた。ソラの胸の中は、まだ少しだけ怖くて、よく分からないものでいっぱいだったけれど、それでも雄斗の隣にいる時の「ふわふわした温かい感覚」は、やっぱり彼女にとってかけがえのない宝物だった。

そんな彼女を元気づけようという、健太の鶴の一声だったのかもしれない。サークルは、気分転換も兼ねて、新たな都市伝説の調査に乗り出すことになった。
「その名も!『カップルを別れさせる、嫉妬深い女の幽霊橋』!」 


カフェ・アルカナのテーブルに、古びた町の地図を広げながら健太が熱弁する。その橋を恋人同士で渡ると、必ず恐ろしい女の幽霊が現れて、仲を引き裂いてしまうのだという。
「そこでだ! 俺とリナちゃんで、アツアツのカップルを演じ、俺たちの愛の力を見せつければ、幽霊も嫉妬するどころか感動して成仏するに違いない!」 

「絶対イヤ」 


リナは、メニューのパフェに視線を落としたまま、即答した。
「非論理的ですね」と、大輝がキーボードを叩きながら口を挟む。「恋愛感情の有無による恐怖体験への耐性、及び心拍数、発汗量などの生体反応の変化をデータ化するまたとない好機です。僕がカップル役として、被験者のデータを収集しましょう」 

その提案は、カフェの穏やかなBGMの中に、誰にも拾われることなく消えていった。 

結局、作戦会議の結果、「一番、普通っぽく見えるから」という、なんとも曖昧な理由で、雄斗とリナがカップル役を装って橋を渡ることになった。 

ソラは、その作戦内容を聞いても、まだ「嫉妬」という言葉を知らなかった。だから、それが何を意味するのか、さっぱり分からなかった。ただ、雄斗が、自分以外の女の子と「恋人」の役をすると聞いた時、胸の奥で、何かが「こつん」と、小さく音を立てて引っかかったのを感じただけだった。 

その夜。
調査対象の橋は、町の中心部から少し離れた、森の中にひっそりと架かっていた。昼間の暑さが嘘のように、ひんやりと湿った空気が漂っている。川のせせらぎと、草むらで鳴く虫の声だけが、世界の全てであるかのような静寂。一行は、橋のたもとにある深い草むらに身を隠し、作戦の様子を窺っていた。
「じゃあ、行ってくる」
雄斗が、ぎこちない笑顔でリナに声をかける。リナも「うん」と頷き、二人はゆっくりと橋の上を歩き始めた。
最初は、ただ並んで歩いているだけだった。二人の間には、まだ少し距離がある。しかし、橋の中ほどまで来た時、リナがふっと息を吐き、そして、プロの女優のスイッチが入った。彼女は、くるりと雄斗の方に向き直ると、甘えるように、その腕に自分の腕を絡ませた。
「わっ!?」
突然のことに、雄斗が素っ頓狂な声を上げる。
「こ、こうしないとカップルっぽく見えないでしょ?」
リナが、少しだけ頬を赤らめながら、上目遣いに雄斗を見上げる。その仕草は、計算され尽くしているはずなのに、夜の薄明かりの中では、本物の恋人たちのじゃれ合いにしか見えなかった。雄斗も、まんざらでもない表情で、照れくさそうに頭を掻いている。 二人は、とてもお似合いの、仲の良いカップルに見えた。 

草むらの中から、その光景をじっと見ていた、その瞬間。
ソラの胸に、今まで経験したことのない、鋭い何かが突き刺さった。
「……っ!」
息が、少しだけ苦しい。 

胸のあたりが、チクチクする。まるで、冷たくて細い針がたくさん、心臓の周りに刺さっていくみたい。 


(なに、これ……?)
「ふわふわ」でも「ポカポカ」でもない。心地よくない。痛い。
リナが楽しそうに笑い、雄斗の肩にこてんと頭を乗せる。雄斗が、困ったように、でも優しく笑い返す。その光景を見るたびに、胸を締め付ける力が強くなる。なんだか、黒くて冷たいもので、心臓をぎゅーって、握り潰されていくみたい。 


(いや……。やめて……)
何をやめてほしいのか、自分でも分からない。ただ、息が苦しくて、胸が痛くて、今にも泣き出してしまいそうだった。
その時、ソラの頭の中に、カイの冷たい声が響いた。
『それはただのシステムエラー、『バグ』だ』
(これ……? これが、『バグ』……?)
雄斗の隣にいると感じる、あの温かい感覚も「バグ」だと、あの男は言った。でも、それは心地よかった。宝物だった。
けれど、今、この胸を苛む、冷たくて、痛くて、苦しい感覚。これこそが、本当の「バグ」なのではないか。壊れたもの。間違ったもの。あってはいけないもの。
ソラは、初めて「嫉妬」という、恋に付随する鋭い痛みを知り、その正体も分からないまま、ただ混乱の中に沈んでいった。 

結局、橋の上では何も起こらず、健太ががっくりと肩を落とす中、作戦は空振りに終わった。 


帰り道。翼の運転する車の後部座席で、ソラは黙り込んで窓の外を眺めていた。隣に座ったリナが、心配そうに彼女の顔を覗き込む。
「ごめんね、嫌な気持ちにさせなかった?」 

その優しい問いかけに、ソラは、首を横に振ることしかできなかった。 「嫌な気持ち」という言葉では、とても足りなかった。自分の内側で起きているこの嵐を、どう説明すればいいのか、全く分からなかった。

アパートに戻っても、ソラの胸の「チクチク」は、消えてはくれなかった。 


部屋着に着替えても、ぼんやりと壁を見つめているソラに、雄斗が声をかけた。
「どうした? やっぱり、疲れたか?」 


ソラは、雄斗の顔を見た。
彼が笑いかけると、胸の「ふわふわした温かい」感覚が少しだけ戻ってくる。でも、すぐに橋の上の光景が頭をよぎり、また「チクチ-クした痛み」がそれを覆い隠してしまう。
温かいのに、痛い。心地よいのに、苦しい。
自分の心が、完全に壊れてしまったようだった。
彼女は、自分の身に起きている変化を、どう言葉にすればいいのか、全く分からなかった。
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