元神の少女に恋を教えたら、その愛が世界を救う力に。変人だらけの仲間と紡ぐ、終焉に抗う僕らの日常と奇跡の物語

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第三部:恋という名のバグ - 天使と心

第24話:時間を超えた約束

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橋の上で感じた、あの冷たくて鋭い「チクチク」は、ソラの胸の奥に小さな棘のように、ずっと残り続けていた。それは、雄斗の顔を見るたびに、彼の優しい声を聞くたびに、ちくり、と存在を主張する。
そのせいで、ソラは雄斗とどう接していいのか分からなくなっていた。隣にいると、あの心地よい「ふわふわ」が胸に広がる。でも、橋の上の光景を思い出すと、すぐに「チクチク」がそれを覆い隠してしまう。温かいのに、痛い。嬉しいのに、苦しい。自分の心が、完全に二つに引き裂かれてしまったかのようだった。
彼女は、無意識のうちに、雄斗から少しだけ距離を置くようになっていた。

「『嫉妬深い女の幽霊橋』の調査、完全に手詰まりだな……」
「カフェ・アルカナ」のいつものテーブルで、健太が頭を抱えている。夜な夜な調査を続けても、幽霊が現れる気配は一向になかった。
「そもそも、幽霊という存在自体が非科学的です。残留思念というエネルギー体の可能性も考慮しましたが、この場所からは特異な電磁波も観測されません」
大輝がノートパソコンの画面を見ながら、淡々と分析結果を述べる。その時、村での一件以来、サークルの活動に静かに参加するようになった静が、持参した古い村の郷土史をめくりながら、ぽつりと呟いた。
「……この橋、昔は『見送りの橋』と呼ばれていたようです」
静が指し示したページには、古びた白黒の写真と、橋の歴史が記されていた。かつて、この橋は村の男たちが出征する兵士を見送るための、別れの場所だったのだという。

「昼間に行ってみましょう」静は言った。「夜の闇は、人の心を惑わします。真実は、光の下にあるものかもしれません」

その提案に従い、一行は再びあの橋を訪れた。夏の強い日差しが照りつける橋は、夜の不気味さが嘘のように、ただの古びたコンクリートの橋にしか見えない。川のせせらぎが、蝉の声に混じってキラキラと輝いていた。
橋のたもとに、小さな地蔵が祀られている。その前に、腰の曲がった一人の老婆が、静かに手を合わせていた。その穏やかな横顔に、リナが代表して、優しく声をかけた。
老婆は、ゆっくりと顔を上げると、にこりと皺の刻まれた顔で微笑んだ。彼女は、この橋にまつわる話を、ぽつりぽつりと語り始めた。それは、幽霊の話ではなかった。彼女の祖母の、哀しい恋の物語だった。
「祖母はね、ここで恋人と再会を約束したんだそうです。戦争に行く、その人と」
しかし、恋人は帰ってこなかった。祖母は、それでもずっと待ち続けた。来る日も、来る日も、この橋の上で。誰かと結ばれることもなく、生涯を終えるその日まで、たった一つの約束だけを胸に抱いて。
「幽霊なんていませんよ」と老婆は笑った。「ただ、幸せそうな若い人たちを見ると、祖母の叶わなかった想いが、この場所に溢れてしまうのかもしれませんねぇ」

その哀しい物語を聞いている間も、ソラの胸は「チクチク」と痛んでいた。でも、その痛みは、もう以前のものとは少しだけ違っていた。リナと雄斗に向けられた、黒くて冷たい痛みではない。老婆の語る、遠い昔の誰かの物語に、自分の胸の痛みが、そっと寄り添っていくような、不思議な感覚だった。

「想いが、強すぎる……」
静が、橋の中央で祝詞をあげ始めた。残留思念を鎮め、浄化するための儀式だ。しかし、橋の上の空気は重いままだ。あまりにも一途で、純粋な想いは、ただ祓われることを拒んでいた。
その、浄化されることを拒む、哀しくて、でも頑なな想いの奔流。ソラは、その奔流に、自分の胸の痛みを重ねていた。
(待つのは、苦しい。胸が、ぎゅーってなる)
(でも、その人を想う心は、きっと、温かい)
ソラは、静の儀式を止めると、橋の上に満ちる、目に見えない「想い」に向かって、静かに語りかけた。それは、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。
「あなたは、『バグ』じゃない」 


その声は、小さく、でも凛として響いた。
「あなたの想いは、とても強くて、温かい。チクチクするのは、その温かい気持ちが、とてもとても、大切だからなんだね」 


ソラは、嫉妬という痛みを知ったからこそ、愛する人を待ち続ける、その途方もない時間の重さと、その根底にある切ないほどの愛情を、肌で感じ取ることができた。
「もう、一人で待たなくて、いいんだよ」 

ソラの、純粋な共感の光が、数十年という長い時間、この場所に留まり続けていた哀しい想いを、ふわりと優しく包み込んでいく。抵抗は、なかった。ただ、長い孤独の末に、ようやく自分を理解してくれる存在に出会えた安堵のように、その想いは、温かい光の粒子となって、夏空へと溶けていった。
橋の上に、ふわりと優しい風が吹き抜ける。それは、まるで長い待ち時間を終えた、安らかな溜息のようだった。

事件は解決した。
帰り道、ソラは自分の胸にあった「チクチク」の正体を、少しだけ理解した。それは、雄斗を大切に想う心から生まれた、もう一つの「温かい」気持ちの、裏返しだったのだと。
アパートの部屋に戻ると、ソラは、少しだけ離れて座っていた雄斗の隣に、そっと腰を下ろした。そして、彼の服の袖を、小さな手で、きゅっと掴んだ。 


「!」
雄斗が驚いてソラを見る。ソラは、少しだけ顔を赤らめながらも、真っ直ぐに雄斗の顔を見つめ返した。
雄斗が、照れくさそうに、でも優しく微笑む。その笑顔を見た瞬間、彼女の胸を苛んでいた最後の棘が、すうっと消えていく。痛みは、もうない。
そこには、いつもの、世界で一番心地よい「ふわふわした温かい感覚」だけが、ただ静かに、満ちていた。彼女は、自らの恋心を、その痛みも、喜びも、全て含めて、ほんの少しだけ、受け入れることができたのだった。
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