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逝った者 往く者たち
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淳子の葬儀は、小規模なものだった。
読経の中、実は歯を食い縛り続けていた。
浩二は、静かに泣いていた。
──法衣が、まるで法服だ。
──なら、読経は判決主文か。
全てが終わると、親族は控えめながら呑み、語らった。
──葬式って、遺族のためなんだな。
──大人はいいな、呑めば忘れるから。
──墓まで持っていこう、私の罪は。
──執行猶予がついたな、つけちゃいけない筈なのに。
「実、学費やら、生活費は心配せんでいいけんな。仁君もおるしな」
叔父は、唯一素面の大人だった。
芳名帳に、久世仁の名があった。
◆◆◆◆
葬儀の次の晩、実と仁は、公園にいた。
「ありがと、仁。ごめん、挨拶もしなくって」
「こっちこそ……なぁ、卒業したらこの街出らん? そん頃にはもう、未成年やねえんやし」
「無駄やって、そんなん」
「なしや」
「どこ行っても辛いんは一緒っちゃ」
「でも、浩二さんやって」
「これは、私ん罪やけん。私が償わなならんのよ」
「罪っておま」
「何もかんもよだきなった……ね……首、絞めてくれん?」
仁の中で、何かが弾けた。
執行吏は、手を伸ばす。
──ありがとう。ごめんね、仁。
咎人の安らかな顔が、闇に白く浮かぶ。
伸びた手は、ただ優しく肩に触れた。
「実ぃ……おまえ馬鹿やねえんか!! マジで!! なぁ!!」
「………………………………ごめん、ひぐっ、ごめん、なさい」
「実は、もちっと自分を大事にせえや…………うっ……ぐっ……」
二人を、白い月が照らしていた。
◆◆◆◆
実にとっての新学期初日。
靴箱にメモはない。
教室に入ると、女生徒が実を囲む。
「みのちゃん……ねぇ、話ならいつでん聞くけんさ」
「せっかく……こんなに人おるんやけん、頼って? ね?」
顔を覆う実。
──いなくなっても……誰にも気付かれないわけじゃないんだ。私は……埃なんかじゃなかったんだ。
「ごめ……ごめん、皆。私、私ね……」
◆◆◆◆
放課後
□□□
「死ぬことないだろ、たかが本で」
「たかがって……あの本、もう忘れたの!?」
「何が?」
私は背を向ける。
「死ね、この馬鹿!!」
私は、私物の文庫本を、男に放り投げた。
二人の名前が、並んで書かれた本を。
〈了〉
□□□
『盗られたもの』峯岸実
──完成だ。でもこれ、本当に高校生らしくない。
──お母さん、きっと寂しがってるだろうな。
実は、三階の教室、その窓際にいる。
窓の外、何者にも盗られることのない青空が広がっていた。
──駄目だ。自分の身勝手で、蜘蛛の糸を切るなんて。
──地獄にいても、手繰れる糸を垂らす人が……私にはいる。
◆◆◆◆
令和七年 十月
「──掲載、決まったわ。地方の同人雑誌や」
「──なんでですか。あんな救いのない話、誰も読みたくなんか……」
「『盗られたもの』、確かに“高校生らしくない”かもな。でも、それが峯岸実なんやろ? 君が感じていること、書かずにはいられなかったことだろ?」
「──それしか、書けないんです」
「それでいい。手首を切るよりましや」
「わ、わかりません!! こんなの……誰にも伝わらない」
「伝わる人も、おるっちゃ」
「……」
「峯岸実は、路傍の石やねえんぞ」
◆◆◆◆
令和七年 十一月三日
もうすぐ夜が明ける。
人の世は、何一つ変わらない。一時期、あれほど話題にされた終末も、来ることはなかった。
スマホに録音された、メッセージを再生する。
『実、私や』
浩二の声だ。
『元気にしよるか? 野菜、送ったけんな、明日には着くわ』
◆◆◆◆
実は、小さな遺影に手を合わせた。
──もう少し待ってて、母さん。
──いってきます。
鍵をかけて、部屋を出る。
机の上に、指輪の入った箱が置かれている。
部屋に埃が舞っている。
◆◆◆◆
通学路で、二人は落ち合う。
「……決心ついた?」
「……今度、浩二さんとこ、挨拶行こうね」
「俺も、一緒に背負うけん」
──往くしか、ないんだな。
──何年、何十年かけてもいい、この人と結末まで歩き続けよう。
──何を喪っても、何処にいても、私たちの言葉は私たちの中にあるから。
道を往く者たちを、穏やかな朝の光が照らしている。
〈了〉
参考図書
『少女を埋める』桜庭一樹(著) 文藝春秋
『O・ヘンリー短編集』O・ヘンリー(著) 講談社インターナショナル
読経の中、実は歯を食い縛り続けていた。
浩二は、静かに泣いていた。
──法衣が、まるで法服だ。
──なら、読経は判決主文か。
全てが終わると、親族は控えめながら呑み、語らった。
──葬式って、遺族のためなんだな。
──大人はいいな、呑めば忘れるから。
──墓まで持っていこう、私の罪は。
──執行猶予がついたな、つけちゃいけない筈なのに。
「実、学費やら、生活費は心配せんでいいけんな。仁君もおるしな」
叔父は、唯一素面の大人だった。
芳名帳に、久世仁の名があった。
◆◆◆◆
葬儀の次の晩、実と仁は、公園にいた。
「ありがと、仁。ごめん、挨拶もしなくって」
「こっちこそ……なぁ、卒業したらこの街出らん? そん頃にはもう、未成年やねえんやし」
「無駄やって、そんなん」
「なしや」
「どこ行っても辛いんは一緒っちゃ」
「でも、浩二さんやって」
「これは、私ん罪やけん。私が償わなならんのよ」
「罪っておま」
「何もかんもよだきなった……ね……首、絞めてくれん?」
仁の中で、何かが弾けた。
執行吏は、手を伸ばす。
──ありがとう。ごめんね、仁。
咎人の安らかな顔が、闇に白く浮かぶ。
伸びた手は、ただ優しく肩に触れた。
「実ぃ……おまえ馬鹿やねえんか!! マジで!! なぁ!!」
「………………………………ごめん、ひぐっ、ごめん、なさい」
「実は、もちっと自分を大事にせえや…………うっ……ぐっ……」
二人を、白い月が照らしていた。
◆◆◆◆
実にとっての新学期初日。
靴箱にメモはない。
教室に入ると、女生徒が実を囲む。
「みのちゃん……ねぇ、話ならいつでん聞くけんさ」
「せっかく……こんなに人おるんやけん、頼って? ね?」
顔を覆う実。
──いなくなっても……誰にも気付かれないわけじゃないんだ。私は……埃なんかじゃなかったんだ。
「ごめ……ごめん、皆。私、私ね……」
◆◆◆◆
放課後
□□□
「死ぬことないだろ、たかが本で」
「たかがって……あの本、もう忘れたの!?」
「何が?」
私は背を向ける。
「死ね、この馬鹿!!」
私は、私物の文庫本を、男に放り投げた。
二人の名前が、並んで書かれた本を。
〈了〉
□□□
『盗られたもの』峯岸実
──完成だ。でもこれ、本当に高校生らしくない。
──お母さん、きっと寂しがってるだろうな。
実は、三階の教室、その窓際にいる。
窓の外、何者にも盗られることのない青空が広がっていた。
──駄目だ。自分の身勝手で、蜘蛛の糸を切るなんて。
──地獄にいても、手繰れる糸を垂らす人が……私にはいる。
◆◆◆◆
令和七年 十月
「──掲載、決まったわ。地方の同人雑誌や」
「──なんでですか。あんな救いのない話、誰も読みたくなんか……」
「『盗られたもの』、確かに“高校生らしくない”かもな。でも、それが峯岸実なんやろ? 君が感じていること、書かずにはいられなかったことだろ?」
「──それしか、書けないんです」
「それでいい。手首を切るよりましや」
「わ、わかりません!! こんなの……誰にも伝わらない」
「伝わる人も、おるっちゃ」
「……」
「峯岸実は、路傍の石やねえんぞ」
◆◆◆◆
令和七年 十一月三日
もうすぐ夜が明ける。
人の世は、何一つ変わらない。一時期、あれほど話題にされた終末も、来ることはなかった。
スマホに録音された、メッセージを再生する。
『実、私や』
浩二の声だ。
『元気にしよるか? 野菜、送ったけんな、明日には着くわ』
◆◆◆◆
実は、小さな遺影に手を合わせた。
──もう少し待ってて、母さん。
──いってきます。
鍵をかけて、部屋を出る。
机の上に、指輪の入った箱が置かれている。
部屋に埃が舞っている。
◆◆◆◆
通学路で、二人は落ち合う。
「……決心ついた?」
「……今度、浩二さんとこ、挨拶行こうね」
「俺も、一緒に背負うけん」
──往くしか、ないんだな。
──何年、何十年かけてもいい、この人と結末まで歩き続けよう。
──何を喪っても、何処にいても、私たちの言葉は私たちの中にあるから。
道を往く者たちを、穏やかな朝の光が照らしている。
〈了〉
参考図書
『少女を埋める』桜庭一樹(著) 文藝春秋
『O・ヘンリー短編集』O・ヘンリー(著) 講談社インターナショナル
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