ペンダントの中の猫時間―失恋OL、時々猫。運命をくしゃみで変えてみせます。―

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第3にゃ‐4 「再び猫になる夜 ― 二つの世界の交差」

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ー[悠真のマンション・夜]ー

風のない夜だった。
窓を閉めても、外の静けさが透けてくる。
冷えた空気の中で、ペンダントが淡く光っていた。

みさとはソファの端に腰を下ろし、
悠真がテーブル越しに紅茶を差し出すのを見ていた。

「今日はやけに静かですね」
「うん……少し、変な夢を見たの」

「夢?」
「猫になって、あなたの家にいた夢」

悠真の手が止まる。
その指先が、ティーカップの取っ手をわずかに震わせた。

「……猫?」
「うん。白くて、勝手気ままで、
 でも……あなたが撫でてくれた時、嬉しかったの」

微笑みながらも、心臓の音が早くなる。
悠真の瞳が、静かに揺れた。

(まるで……本当に、覚えてるみたいに)

「……不思議だな」
彼が呟いた。
「昨日も思ったんです。
 猫がここにいる気がして、呼んでしまった――“ミオ”って」

その名を聞いた瞬間、
胸のペンダントが、鈴のように鳴った。

「……悠真さん」
声が震える。

ペンダントが再び光り出す。
空気が波打ち、部屋の光がゆらいだ。

「え……?」
悠真の目の前で、
みさとの輪郭が淡く歪み始める。

白い光の粒が、彼女の体から零れた。

(ま、まずい……!)

視界が揺れ、皮膚の感覚が変わる。
衣服が軽くなり、音が近くなる。
――そして、床の上に降り立ったのは、
白猫だった。

ー[猫視点]ー

(ああ……また、戻っちゃったにゃ)

床の冷たさ、紅茶の香り、
そして悠真の驚きに満ちた瞳。

「……嘘だろ」

彼がゆっくりと腰を落とし、
目の前にしゃがみ込んだ。

「お前……夢に出てきた猫に、そっくりだ」

(そっくりもなにも、あたしそのものにゃ)

でも、声は届かない。
代わりに、尾をゆっくりと揺らした。

「……ミオ」
悠真の手が伸びる。

(違う……でも、同じ名前で呼ばれても、
 嫌じゃないにゃ)

掌が、頭に触れた瞬間、
全ての音が消えた。

鼓動の音だけが、ふたりを包む。
その温度の中に、過去の記憶が滲む。

(あなたの悲しみも、あの時の孤独も……
 全部、覚えてるにゃ)

彼の指が震えていた。
撫でる手の奥に、長い喪失の影があった。

(ねえ悠真さん。
 もう、ひとりで泣かなくていいにゃ)

ー[人間の声が重なる]ー

胸元のペンダントが、再び光を強める。
猫の瞳の中に、もうひとりの“みさと”が映った。
重なり、溶け合い、境界が曖昧になる。

「……わたしは、ここにいる。
 猫でも、人でも、あなたの隣に」

悠真が息を飲む。
光の中で、猫の姿が人の影と重なった。

(届かなくてもいい。
 それでも、あなたにこの想いを残したいにゃ)

光がやわらかく広がり、
悠真の頬にひと筋の涙が落ちた。

「……なんで、涙が出るんだろうな」

彼が呟く。
猫は静かに喉を鳴らした。

ー[夜明け前]ー

夜が、少しずつ色を失っていく。
窓の外では、薄い光がビルの隙間を縫って流れていた。

テーブルの上の紅茶は冷め、
その向こうで白猫が小さく身を丸めていた。

悠真はまだ起きていた。
目をこすりながら、何度もグラスの水を口に運ぶ。
疲れ切った表情のまま、ペンダントに視線を落とす。

「……不思議だな。
 あの子といると、夢の続きみたいだ」

呟いたあと、彼はゆっくりとソファに身体を預けた。
まぶたが重くなり、手がゆるむ。
深く長い息が、部屋の静けさに溶けていく。

(……眠っちゃったにゃ)

みさとは小さく喉を鳴らした。
悠真の頬にかかった前髪が、わずかに揺れる。
その寝顔は、どこか幼く見えた。

(……夢の中でも、あたしを呼んでくれてるのかにゃ)

胸のペンダントが淡く光る。
光は次第に強くなり、猫の体を包んだ。

骨の感触が変わり、
風の匂いが遠ざかる。
世界の重さが、ゆっくりと戻ってくる。

(……ああ、戻っていく。
 猫でも、人でも、どっちでもよかったのに)

最後の鈴音が鳴り、
光がほどけた。

ソファの端に、
人間のみさとが静かに座っていた。
その頬には、まだ涙の跡が残っている。

「……おはよう、悠真さん」

誰もいない部屋で、
彼女の声だけが朝に溶けた。

窓の外で風が吹き、
カーテンがやわらかく揺れた。
夜と朝の境目が、静かにひとつになった。

ー[余韻]ー

紅茶の香りが薄れていく。
ペンダントの鈴が、小さく鳴った。
光が胸の奥で脈打ち、
心と身体が、再び同じリズムを刻む。

みさとは、ぽつりと口からもらした。

「……あなたに会うために、何度でも戻るにゃ」

その言葉が朝の光に溶け、
新しい一日が静かに始まった。
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