俺この戦争が終わったら結婚するんだけど、思ってたより戦争が終わってくれない

筧千里

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一時の平穏

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 ガース砦は陥落した。
 だが、かといって戦争が終わるわけではない。今は、あくまで国境に存在する砦を落としただけのことだ。これからアリオス王国の王都まで進軍し、決戦を行い、その上でアリオス王国を陥落させることが今回の目的である。
 まぁ、ほとんど兵の被害もなく砦を陥落させることができたのは僥倖だろう。誰のおかげかって? 間違いなく俺のおかげさフフン。

「ふー……あったまるっすねぇ」

「んだな。食料が大量に残ってくれてたおかげだ」

「はふはふ……隊長、案外味付けが上手ですよね」

「だよねー。もう食料配給って聞いてからさ、あたしもう絶対ここ来なきゃって思ってたんだよね!」

 砦近くの平野に上る、数多の炊煙。
 基本的に戦争というのは、毎日保存食の繰り返しだ。干し肉を口の中で溶かしながら食べたり、乾かした芋の根を囓ったり、そういう食事がほとんどである。
 だがこういった砦を陥落させると、食料庫に結構備蓄が残っていることもあるのだ。事前に毒味はしなければならないけれど、敵の残していった食料であるため、いくら食べても問題ない食事を得ることができるのである。
 今回は敵も長丁場を考えていたのか、割と食料庫には大量に備蓄があったらしい。そのため、全員に食料が配られて、具だくさんのスープをそれぞれに作っている。今、俺の目の前にあるのもそれだ。
 まぁ、まさか一日で砦が落ちるなんて思わないもんな。

「ってか、何でお前がいるんだよアンナ」

「へ? いちゃ駄目なん?」

 俺が味付けをしたスープを囲んでいるのは俺、マリオン、レイン、そして何故かアンナだった。
 同じ第三師団ではあるけれど、アンナは『遊撃隊』の隊長であり、ここは『切り込み隊』のキャンプだ。本来、アンナは自分の所属する『遊撃隊』のキャンプにいるべきなのだが。
 まぁ、別に隊ごとにキャンプを分けろ、という命令が出ているわけでもないけれど。あくまで慣例的な感じで。

「いや、別に駄目ってわけじゃねぇが……」

「そんじゃ、スープ飲ませてよ。ギルの味付け、あたし好きなんだよねぇ」

「むぅ……まぁ、お前も具材持ってきたし、別にいいけどよ……」

 それぞれに配給された食糧を、それぞれが思い思いにスープに入れて味わう時間だ。そして、アンナは自分に配給された野菜と肉を、この場に持ってきた。つまり、このスープを味わう権利は持っているということである。
 そして何より、俺は料理人というわけではないけれど、自信のあるスープの味付けを褒められると気分がいい。

「つーか、ギル。次の戦楽しみじゃない?」

「ん……」

 金色の長い髪をかき上げながら、アンナがスープを口に運ぶ。
 アンナは普段は兜を被っているからほとんど見えないが、こうして髪を下ろすと女性らしく見えるものだ。背丈も俺より少し低いくらいで、女性としてはかなり高いだろう見た目のため、俺も最初は男だと思ってしまった。
 実際本人も、「男って、女の方が身長高いと気にするのよねぇ」と愚痴っていた。そのせいで破断した見合いも、何度かあったらしい。

「何だよ、次の戦って」

「いや、このまま順当に行けば、竜尾谷りゅうびたにで激突する予定でしょ?」

「あー……竜尾谷か。例の、かなり狭い谷だな」

 ガーランド帝国とアリオス王国の国境は、ガース砦が一応最前線にはなっているが、その間には深い山々が自然の砦として聳え立っている。
 勿論、戦中とはいえど両国に国交がないわけでもないため、街道は一応整備されている。そして、その街道の中でも最も狭い場所が竜尾谷という場所だ。
 まるで竜の尾の先のように狭まっているから、という由来らしいが、俺はよく知らない。

「そういうこと。一番狭いところだと、並んで十人も進めないような狭い谷。しかも、両方の山はアリオス王国からは容易に上れて、こっちからは崖になってる。つまり、高地をあっさり押さえられるってこと」

「ふむ」

「アリオス王国は数百人の兵だけを配備して、こっちの動きを止めてくる。その状態で別の兵たちが山の上に配備して、落石と弓矢で一気に攻めてくる。んで、分断したこっちを一個ずつ叩いていく……まぁ、昔から何度もアリオス王国にやられた手段だよ」

「そうだな。何度か聞いた」

 アンナの言葉に、俺は頷く。
 アリオス王国との戦いがなかなか終わらない、最大の理由が竜尾谷だ。
 ガース砦を陥落された歴史は、今まで何度もある。だが、その次の竜尾谷を超えることができず、常にアリオス王国とは講和で終わってしまうのだ。
 まさに竜尾谷での対策こそ、今回の戦争の肝だと言っていいだろう。

「でも、今回は違う。ちゃんと今回は、その対策があるから」

「何だよ、対策って」

「あれ? 作戦会議聞いてなかったの? ギル参加してたよね?」

「……」

 あー。
 うん、まぁ。
 そういえば参加したような気がしないでもないというか。
 参加してたけど話聞いてなくて寝てたというか。

「隊長は、少々その日、具合が悪かったもので。代わりにレインが全部聞いておりますので、ご安心ください」

「あ、そうなの? でも、隊長ならギルも知っておくべきじゃないの?」

「いえ。我が軍は既に、竜尾谷から攻める軍になっておりますので。特に隊長が知っておくべき情報ではないと、伝えておりません」

「うーん。ま、レインがそれいいなら、別にいいけどさ」

 俺は良くないけどな。
 普通に俺、竜尾谷で先頭で敵軍突っ切ろうと思ってたし。何か作戦があるなら、先に教えておいてもらわないと困る。

「ま、一応ギルにも教えておくとね」

「ああ」

「ガーランド側から山の上に登れる通路を、工作班が事前に作ってくれてんの。だから第一師団は北の山に、第二師団は南の山に侵攻して、三方から竜尾谷を抜ける作戦なのよ。これで、谷を通る兵も上からの攻撃に怯えなくていいってこと」

「ほー」

 なるほど、と俺は頷く。
 確かに高地を押さえられているからこそ、竜尾谷というのは戦いにくい立地なのだ。こちらも山の上に布陣することができれば、条件は五分となるだろう。
 むしろ、向こうからすれば、絶対に来ることができない場所まで来られるため、奇襲にもなり得る話だ。

「でも、ギルからすれば、つまんないかもしれないわねぇ」

「うん? どういうことだよ」

「この戦争が終わったら除隊でしょ? 最後の戦が、こんなに簡単だと味気ないじゃん」

「あー……」

 そう、確かに俺はこの戦争が終わったら除隊する。そして、ジュリアと結婚する。
 十年間、最前線で戦い続けた、最後の戦争。

「別に、そうでもねぇよ」

「そうなの?」

「当たり前だ。俺は今、生きて帰ることが一番なんだ。安全で簡単な方がいいに決まってんだろ」

 俺は決して、戦争が好きなわけじゃない。人殺しを楽しんでいるわけじゃない。ただ、生きる糧として軍人をしていただけだ。
 だから最後の戦――安全で簡単で死なないならば、それが一番である。
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