俺この戦争が終わったら結婚するんだけど、思ってたより戦争が終わってくれない

筧千里

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竜尾谷へ

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 ガース砦から二日ほど行軍して、俺たちは目的地である山の麓まで辿り着いた。
 俺も何度か、ここまでは進軍したことがある。二つの山が連なり、その間に狭い谷があるここは、何度となくガーランド帝国が煮え湯を飲まされた場所だ。
 迂回しようと思えば他国を通ることになってしまうため、通るしかない狭い谷――それが竜尾谷であり、それゆえにアリオス王国側は、万全の構えでここに布陣してくるのだ。
 もっとも、今回はガース砦を一日で陥落させたから、向こうもまだ準備が不足しているかもしれない。

「では、第一師団は北の山に、第二師団は南の山へ向かえ。私は竜尾谷を通る」

「はっ、将軍!」

 デュラン総将軍の指示に対して、敬礼をするのは第一、第二それぞれの師団長だ。
 工作班により、両方の山に向かうための通路ができているとは聞いたから、山の上からの攻撃は、それほど激しくないと考えていいだろう。以前に侵攻したときには、先頭になった第一師団がほとんど壊滅してしまい、撤退を余儀なくされてしまったのだ。
 今回、そんな竜尾谷の先頭を走るのは第三師団――そして、俺の率いる『切り込み隊』である。
 第一師団、第二師団の軍がそれぞれ離れ、左右に分かれる。そして同時に将軍が後退し、後方を守る『戦車隊』隊長――第三師団長と合流する。
 つまり、先頭は俺ということだ。

「よっし、お前ら! 盾は持ったな!」

「おう!!」

「いいか、左右の山は別働隊が向かったが、それでも上から矢の雨が降ってくることを覚悟しろ! 全員、盾を掲げて上からの攻撃を防げ!」

「はっ!!」

 俺たち『切り込み隊』は、一応最前線で戦う部隊であるため、装備はそれなりに充実している。かなり固い、大きな鉄の盾もその一つだ。
 基本的には密集陣形ファランクスを採用しており、自分、ならびに隣の仲間への攻撃を防ぎながら、槍で突いて戦うのが『切り込み隊』である。そうやって敵の動きを阻み、止め、そこへ後方の『弓矢隊』からの一斉掃射を行うのが常だ。
 これが狭い谷でなければ、側面からの攻撃に対して『遊撃隊』や『騎馬隊』が対処してくれるのが、今回はそれを考えなくていい。何せ、横は山をくり抜いたような絶壁である。加えて、最も狭い部分では人が十人も並べないという狭さだ。
 ここに配備されている敵兵と、主に戦うのは『切り込み隊』になる。

「今日は、楽な戦になりそうですね。レイン安心しています」

「どういうことだよ。今から戦うってのに」

「狭い谷で、目の前に現れる敵兵だけ倒していく形になります。そうなると、もう隊長の独壇場ですよ」

「おいおい……」

 確かに、先頭にいるのは俺だけど。
 でも、さすがに俺も敵兵全部を一人で倒せるとか思ってねぇし。少なからず討ち漏らしもあるだろうから、そのあたりを後続の兵に任せる形になるだろう。
 ちなみに、そんな風に薄い胸を張るレインは、『切り込み隊』全員が持っている、鉄の盾も長槍も持っていない。
 そして、レインの位置は『切り込み隊』でも最後尾――基本的に、全軍を確認して適宜、指示を出す役割である。

「それじゃ、そろそろレインさんは後ろに下がった方がいいんじゃないすか?」

「ああ、そうですね。では隊長、レインは最後尾で見守っておりますので」

「見守らなくていいから指示を飛ばせ」

「今回については、その必要もないかと思いまして」

「必要であれ」

 まぁ、軽口であることは分かっているけれど。
 敵と衝突してから、適宜伝令の兵を飛ばして前後を入れ替えたり、全軍の位置を調整したり、また伏兵に対する対応なども行うのが参謀であるレインだ。
 本来ならば、『切り込み隊』はその名前の通り、敵軍に切り込むだけが仕事である。そこにどれほどの被害が出ようとも、まず敵軍の出鼻を挫くのが『切り込み隊』なのだ。敵の罠があろうと伏兵があろうと、策があろうと関係なく。
 だからこそ、『切り込み隊』の兵は死ぬ。
 その死を踏み台に、こちらの本隊が敵を叩くために。
 そんな『切り込み隊』の在り方を変えたのが、レインである。

「いやしかし、相変わらず肝の据わった嬢ちゃんだのぉ」

「んだな。最初は、『切り込み隊』に女が入ってきたって聞いて驚いたけどよ」

「別に、俺が連れてきたわけじゃねぇからな」

「お? あっしら、隊長が連れてきたって聞いてますぜ」

 俺の背後でそう話すのは、『切り込み隊』の中でもベテランの二人――グランドとナッシュだ。
 俺が隊長になる前からずっと『切り込み隊』にいる古参の兵であり、既に四十台に至っている中年の男たち。しかしその体は、中年の今でも現役の鍛えられたそれである。そして、それだけの実力を持っているために、今も密集陣形ファランクスの最前列にいるのだ。
 しかしやっぱりこいつらも、俺がレインを連れてきたと思ってたのか。

「ま、最初はナメてましたけどね……隊長が隊長になって、嬢ちゃんが参謀になって、仲間が誰も死んでねぇのは驚きですぜ」

「俺も驚いたんだが、そんなに死んでんのか?」

「そりゃそうっすよ」

 グランドの言葉に追随し、俺に対して頷くのはマリオンである。
 こいつ、背は低いし線も細いんだけど、割と強いから最前列にいるんだよな。まぁ、マリオンは俺の真後ろだから、そんなに厳しい戦いにはならないんだけど。
 下手な奴に俺の真後ろを任せると、戦闘中に興奮して後ろから刺してくる場合もある。特に最前線だと混乱しやすいため、俺も今まで何度か刺されたことがあるのだ。まぁ、鎧の上からだったから、大した被害はなかったんだけど。
 だから色々と協議を重ねた結果、俺に全幅の信頼を置いてくれているマリオンを、俺の真後ろに置くことになった。

「オレも『弓矢隊』からの異動っすけど、他の『切り込み隊』の話聞いて、マジで行きたくないって思ったっすよ。それこそ、他の師団じゃ『切り込み隊』なんて肉の壁扱いっすからね」

「マジかよ」

「マジっす。隊長とレインさんいなかったら、オレら全部入れ替わってんじゃないすか?」

「まぁ、ワシらも最初は、反対したがなぁ。戦いもしねぇ小娘が、後ろから勝手に出す指示になんて従ってられっか、ってな」

「うっひっひ。それが今や、嬢ちゃんがいなけりゃ、どう戦っていいか分かんねぇや。隊長は除隊するにしても、嬢ちゃんは残してってくださいよ」

 思えば最初、確かにレインの存在は受け入れられなかった。
 それをどうにか、俺が説得して脅して時には殴って、受け入れさせたのだ。命令違反に対しても、罰則を厳しくして。
 その結果、レインは『切り込み隊』に欠かせない存在になってくれた。

「ナッシュさん、そりゃレインさんの気持ち次第っすよ。レインさん隊長にほの字だし、隊長が除隊したらもっと安全なとこ行くんじゃないすか?」

「そりゃ困るぜぇ? よっしゃ、隊長。除隊してもいいですけど、次の日には復員してくださいよ」

「そりゃいいや! 一日くらいなら除隊してもいいですぜ、隊長!」

「うるせぇ!」

 そう、後ろから言われながら。
 俺を先頭に、第三師団『切り込み隊』は、竜尾谷――最も危険な戦場へと赴いた。
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