俺この戦争が終わったら結婚するんだけど、思ってたより戦争が終わってくれない

筧千里

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特殊任務指示

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 アリオス王都――そこまで辿り着いて、翌朝。
 俺たちは城攻めのために、それぞれの任地へと移動していた。

 今回、主に城攻めを行うのは第三師団だ。
 竜尾谷の功績により一番槍を認める、とのことだったが、実際のところ最も被害が少なかったから、先手に回されただけのことである。
 もっとも、城攻めといってもやることは、ガース砦を攻めたときと何も変わらない。ただ、敵軍の数があのときより少なく、敵の城壁があのときより脆いだけだ。
 分かりやすく言うなら、楽な戦である。

「ギルくん」

「ん……うす、マティルダ師団長」

 さて、今日も綱上りをするかぁ、と準備体操をしていた俺。
 大体、破城槌の警護と綱上りの両方を第三師団に任されたのだ。そして、被害の多かった第一と第二は、少し離れた位置で破城弓バリスタを撃つ係である。実質、第三師団を矢面に置いただけだと言っていいだろう。
 まぁ、そんな状況でもどうにか頑張るけどさ。この戦争が終わったら結婚だし。
 そう思いながら、準備体操をしていたんだが。
 唐突に俺へと話しかけてきたのは、第三師団長マティルダ・ツィーグラー。昔からの俺の上司であり、現在も直属の上司である。

「今日も、ギルくんだけが綱上り?」

「あ、はい。そのつもりっす」

 一応、先に色々と話は通してある。
 第三師団の中でも、『遊撃隊』と『切り込み隊』が破城槌の警備、運用を行うことにし、その指揮についてはレインとアンナ任せだ。そして、『弓矢隊』の中でも最も射撃に優れた兵に、俺が上るための綱を用意するように言ってある。
 まぁ、ガース砦よりも敵兵の数は少ないし、どうにか王都の門をこじ開けることができるかなぁ、とは思っているけど。

「それなんだけど、少し相談があってね」

「相談すか?」

「ええ。実は、アリオス王都内にこちらの手の者が潜んでいてね。実はこっそり、壁に穴を開けてもらっているの」

「マジすか!?」

 マティルダ師団長の言葉に、俺は思わず目を見開く。
 仮に一人でも入れる幅があれば、どうにか俺が入って、街の中で大暴れできる。その上で門を開き、一気に兵を王都の中に入れて、迅速に制圧することができるだろう。
 もしそれが上手くいけば、まさに一夜でアリオス王都は陥落する――。

「ギルくんにはそこから、アリオス王都に侵入して欲しいんだけど」

「うす! どうにか入って、中から門をこじ開けりゃ、すぐに陥落すね!」

「それが、そう上手くはいかないのよ。王都はこうして攻めているけど、内通者の情報では、王族が既に逃げようとしているみたいなの。南の港に逃げ出された場合、さらに追っていかなきゃいけなくなるでしょう?」

「むっ……!」

 マティルダ師団長の言葉に、俺は眉を寄せる。
 アリオス王国内で最も発展しているのは、南のベルー港都だ。アリオス王国全体の、経済を支えているとさえ言っていい。
 そしてベルー港都を守るのはアリオス王国の海軍であり、未だ無傷の精鋭たちだ。陸軍が今まで竜尾谷を越えられず、何度となく海軍同士で小競り合いを繰り広げているため、あちらの守りは盤石と考えていいだろう。
 王族がそこに逃げ、新たな王都として再建していく考えであるならば、それはこの戦争がより長引くことになってしまう。

「じゃあ、王族はもう逃げる手筈を整えてるんすか?」

「そうみたい。正直、こっちとしても、この戦争をこれ以上長引かせたくないのよ。だから、迅速に王族を捕縛して、ベルー港都を含めた全面降伏を促したいの」

「王族が逃げる前に、捕らえる必要があるってことすね」

「そういうこと。侵入して秘密裏に動くことになるから、人数は用意できない。ギルくん一人での任務になるわ。できるかしら?」

 まぁつまりアリオス王都内に潜入して、俺個人で王族を捕らえろ、という命令だ。
 非常にシンプルで分かりやすい。
 そして、できるかしら――そうマティルダ師団長は尋ねてくるけれど、その意図は違う。この人は、できない奴にそんな風に試してくるような相手ではないのだ。
 俺ならばできる――そう信頼しているからこそ、俺にだけこの情報を話した。

「承知しました。ギルフォード、特殊任務に就きます」

「ええ。戦果を期待しているわ」

「それで、潜入する場所はどこに?」

「私たちが今から攻めようとしているのは、西門。その正反対、東門近くになるわ。外から偽装が外れるように細工はしてある。赤い塗料がある場所を調べてみて」

「うす」

 敵とて馬鹿ではないし、東門――逆の門とはいえ、ある程度の警備兵はいるだろう。
 だから俺は警備兵に看破されないように身を隠し、その上で壁の細工から潜入し、王城に忍び込んで王族を捕らえる――それを、可及的速やかに行う。
 俺がこうして、皆から離れて準備体操をしている状態で話しかけてきたのも、他の連中に聞かれないように注意してのことだろう。同じ第三師団に所属している面々といえ、中にはアリオス王国が放った密偵が隠れている可能性だってあるのだ。
 だから俺だけに、マティルダ師団長は伝えてくれた。
 俺なら必ずやり遂げると、そう信じてくれて。

「内部に潜入したら、まず一番近い民家の中に身を隠しなさい。その中に内通者がいるわ。内通の暗号は、『ツィーグラーの花から来た蜜蜂』。そう伝えれば、私からの手の者だと分かってくれるわ」

「分かりました」

 ツィーグラーの花――マティルダ・ツィーグラー師団長本人のことだ。そして、蜜蜂というのがその使いであるという示唆だろう。
 うん。
 物凄く失礼なことを考えてしまうけど、もう『花』という年齢じゃ――。

「何か妙なこと考えていないかしら?」

「めっそうもございません」

 ははは、俺がそんな変なこと考えるわけないじゃないですかー。
 いや、いつ見てもマティルダ師団長はお美しいことです。本当に。お化粧とか物凄く努力していらっしゃる。ええ本当に。
 マティルダ師団長は少しだけ眉を寄せてから、ふぅ、と小さく溜息を吐いた。いやいや、その所作もお美しいです本当に。

「それじゃ、任せたわよ。副官のレインには、私の方から上手く伝えておくわ」

「うす」

 マティルダ師団長が、背を向けて去ってゆく。
 女性って、どうしてこんなにも勘が鋭いんだろう。

 まぁ、とりあえず俺は。
 師団長から直々に与えられたこの任務、こなしてやるだけさ。
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