俺この戦争が終わったら結婚するんだけど、思ってたより戦争が終わってくれない

筧千里

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レインさんの膝枕

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「次の難所ですが、一応レインの方から隊長に伝えるように申しつけられました」

「おう」

 夜半。
 昼間に大暴れし、そこからのんびり休んでうたた寝をしていた俺は、夜中に目覚めてしまった。大分疲れていた体も、それなりに元気を取り戻している。
 まぁ、そんな俺は何故か、レインの膝枕で寝ているわけだが。
 一体何故このような状況になったのかというと、事情は複雑に絡み合っているし、話せば長い。

「……」

 まず、遡ること数時間前。
 俺は眠かった。久しぶりに全力で大暴れし、ヴィルヘルミナ師団長から褒め殺しとも説教ともとれるお言葉を貰い、たっぷり飯を食って酒を飲んで、物凄く眠かった。
 そのときに丁度レインがやってきて、「おや、眠たそうですね。どうぞ」と言って俺を寝かせ、膝枕をしてくれた。
 まぁ分かりやすく言うと、そのまま寝入ってしまったわけだ。
 で、今目覚めた。

 別に複雑でもないし、話しても短かった。

「悪いな、レイン。枕代わりに使ってたわ」

「ええ、構いませんよ。どうせ明日は、レインはほとんど仕事をしませんので」

「どういうことだ?」

「ヴィルヘルミナ師団長から、明日の作戦についてレインの方から隊長に伝えるよう、申しつけられました。明日は第二の難所、トスカル平野に行きます」

「……平野が難所なのか?」

 アリオス王国を攻めたときの難所、竜尾谷。
 メイルード王国の国境に存在した難所、アルードの関。
 そのどちらも、攻めにくい地形をしていた。大軍が散開することできない竜尾谷、縄登りで攻略することができないアルードの関――その両方と比べて、難所が平野というのは随分奇妙な話だ。
 俺はレインの腿に頭を乗せたまま、話を聞く。当然ながら、レインの慎ましい胸部のおかげで、特に視界を妨げられることはない。

「非常に、見通しの良い平原です。つまり、我が軍は身を潜めて進軍することができません。同時に、伏兵も配備することができないということです。簡単に言うと、正面衝突を余儀なくされる場所ということですね」

「あー……純粋に、兵力の勝負になるってことか」

「そうです。ガーランドは兵農分離を行っており、戦場に出るのは全てが職業軍人ですので、訓練は積んでいます。メイルードも一部に職業軍人は採用しておりますが、兵農分離はまだ完全ではなく、農村から徴兵した者たちです」

「それだけ聞くと、勝てそうだがな」

「ただ純粋に、数は向こうの方が多いんですよ。アルードの関で数千人の被害は出ていますが、それでも兵数で言うなら五割増しくらいで、向こうの方が多いです」

 ガーランド帝国第五、第六、第七師団――合計して一万五千。
 その五割増しだから、軽く二万以上はいると考えていいだろう。

「ですので、策を弄することもできない、純粋な力勝負になります。その上で正面突破を行った後、メイルード王国の王都を攻めることになりますので、兵力に不安は残ります。そのため、第二の難所なんですよ」

「ただの平野が難所ってのは、そういうことか」

「ただそれでも、アルードの関での敵軍への被害が想定以上に大きかったので、事前の想定よりは敵兵も少ない状態です。ヴィルヘルミナ師団長曰く、『特に何もしなくても、ギルのおかげで勝つよ』とのことでした」

「なるほどな」

「ただ、一応進言はさせていただきました。左翼を第六師団、右翼を第七師団に任せてもらうことになっています。我々は右翼の最前線に行く予定になっています」

 ふむ、と俺は顎を撫でる。
 第五、第六、第七師団において、最も強いのは第六師団だと言われている。師団長アレックス・ドミトルは怪力無双と名高い男であり、師団長でありながら『切り込み隊』の隊長も兼任しているのだ。
 そして第七師団――それは、俺が率いる『切り込み隊』が先頭。

「行動については適宜、レインから指示を飛ばします。隊長はそれに従ってください」

「了解」

「では、どうなされますか? このままお休みになるならば、レイン朝まで耐えますが」

「さすがに、朝までこのままってわけにはいかねぇだろ。お前も休まねぇと」

 ふぁぁ、と欠伸を一つ。
 気持ちの良い枕だったが、さすがに朝までレインを枕にするわけにいくまい。
 すると、がはは、という笑い声が近くから上がった。

「いやぁ、若者のいちゃつきは、年寄りには目の毒よのぉ」

「まったくだ。これで隊長は除隊して、他の女と結婚するってんだからなぁ」

「ナッシュに、グランド……」

 酒を飲みながら、からかうようにそう言ってくる二人。
 よく見れば、恐らくマリオンも一緒に酒を囲んでいたのだろうけれど、一人潰れて眠っている。それに、周りでは何人も酒を飲んでそのままマントに包まって眠っている者ばかりだった。割と、既に夜中なのだろう。
 むくり、と起き上がる。

「ナッシュ、お前生きてたのか」

「おいおい!? わしを勝手に殺さないでくれるかの!?」

「いや、なんか初孫が生まれるとか言ってたから、それ死ぬ前に言うことじゃねぇかなって思ってな」

「戦争が終わったら結婚する隊長の方が、大分不謹慎だと思うがの?」

 それもそうだ。
 まぁ、二人を見て安心したのも事実だ。二人を含めた『切り込み隊』の面々には、雲梯車から降りてもらった。そして、雲梯車から降りてから後のことを俺は知らないのだ。
 うへへ、とナッシュが右腕を見せてくる。そこには、痛々しく包帯が巻かれていた。
 負傷者一名と報告を受けていたが、どうやらナッシュのことだったらしい。

「ちょいと火傷はしたが、まだ前線で戦えるぞい」

「それより、あの関に一人で突入して一人で開門させるとか、相変わらず隊長は化け物だぜ。俺らいらないんじゃねぇの?」

「おいおい……」

 笑うナッシュとグランド。
 それにつられて俺も、近くにあったワインの革袋を開けて、一気に流し入れる。強い酒精が喉を焼き、くーっ、と声が漏れた。

「それでは隊長、レインはテントに戻ります」

「おう。明日は指示、頼むぜ」

「ええ」

 ぱたぱたと腿のあたりを払ってから、レインが背を向ける。
 しかし、割と長いこと膝枕をしてもらっていたようで、俺も体中がバキバキだ。少し柔軟体操でもしておいた方がいいかもしれない。
 すると、レインの姿が遠くなった頃合いで、ナッシュがつん、と肘で突いてきた。

「もてとるのぉ、隊長」

「何だよ、ナッシュ」

「はぁ、あんなに愛してくれとる嬢ちゃんを捨てて、隊長は別の女と結婚するんだのぉ。わしなら嬢ちゃんと結婚して、除隊なんぞせんがの」

「あいつは、忠誠を尽くしてくれてるだけだよ。俺が放っておけない隊長だからな」

 ふぅ、と小さく溜息。
 レインとそういう関係にみられたことは、何度かある。だけれど、俺自身はそんな意識をしたことは一度もない。膝枕だって、厚意でしてくれたものだと思うし。
 そもそも俺のこと好きだってんなら、一人で敵陣に突っ込むとかそういう作戦立てないだろ。俺何度も死にかけたもん。

「本当かのぅ」

「本当だよ」

「んじゃ、もし嬢ちゃんが隊長に愛を囁いてきたら、どうするんじゃ?」

「……」

 ナッシュの、そんな謎の質問。
 俺は質問に対して、意味が分からないとばかりに肩をすくめて。

「ありえねぇよ」

 そう、言った。
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