俺この戦争が終わったら結婚するんだけど、思ってたより戦争が終わってくれない

筧千里

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トスカル平野の戦い

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 翌日の朝から、俺たちは出発した。
 ぐっすりと眠った後にナッシュ、グランドと共に再び飲み始め、それから再び眠った俺は心身共に元気だ。昨日、ひたすらに手斧を振るって戦ったとは思えないほど、特に疲労感はない。
 まぁ俺、ほとんど疲れを翌日に引きずらないのがいいところなんだよな。いつもながら思うけど、俺の体ってどうなってんだろ。

「さぁ、もう間もなくトスカル平野に着くぞ。そこからは、敵軍との正面衝突になる」

「うす。生き残ることを第一に考えるっす」

「それでいい、マリオン。こんな小さい戦争で死ぬ必要はねぇよ。全員が生き残ることを第一に考えて、全員が死ななきゃ俺らの勝ちだ」

「うす」

 上層部は割と、「死んでも敵を殺せ!」などと命令するが、俺の考えは違う。
 兵が死ねば、その分だけこちらの損害は増すのだ。例えば戦死者がこちら三千、向こう六千ならば勝利と言えるだろう。だがこちら戦死者ゼロ、向こう三千ならば大勝利だ。兵が死ぬだけ、勝利から遠のくものである。
 だから俺は、『切り込み隊』という最も死に近い役割である彼らに対して、まず生き延びることを前提に動くように言ってある。
 逃げられる状況なら、迷わず逃げろ。
 離れられる状況なら、迷わず離れろ。
 そうすれば、あとは俺がなんとかしてやる、と。

「うひひ。隊長の下じゃ、死ぬ覚悟もできねぇなぁ」

「そんなもん、俺からすりゃ薄っぺらい言葉だよ。死ぬ覚悟があるなんて、三流の戯言だ。自分を強く見せたいだけの臆病者が、口だけで言う覚悟だよ」

「かーっ。隊長は手厳しいのぅ」

「だから、生き延びることを第一に考えろって言ってんだよ。死ぬ覚悟なんざいらねぇ。死ぬ覚悟があるんだったら、死ぬほど戦って生き延びろ。そっちの方が誰も悲しまねぇんだからな」

 半ば、自分に言い聞かせるように、俺は部下に告げる。
 薄っぺらな死ぬ覚悟を持つより、死ぬほど戦った方がいい――これは、俺が入隊からずっと持っている矜持だ。
 誰だって死にたくない。死にそうな場面を何度も切り抜けてきた俺だが、根底にあるのは常にそれだ。死ぬ間際、ぎりぎりまで生き延びる道を探す。それが相手を殺すことであるならば、そこに躊躇を持たない。泥臭くでも、意地汚くでも、とにかく生き延びる――それが、同じく軍を勝利に導く方法でもあるのだから。
 まぁ、おかげさまでこうして、この戦争が終わったら除隊ってことになるまで死なずに済んだんだけど。

「敵軍、目視できました!」

「おうおう……奴さんら、きっちり待ち構えておるのぅ」

「んだな。まぁ、俺らにできることは一つだけだ」

 ぎりっ、と俺は昨日の戦い――そこで出番のなかった戦斧を握りしめる。
 今日も今日とて、俺のやるべきことは変わらない。
 ただ、俺の前に立つ者を殺す――それだけだ。

「いいか、てめぇら! 死ぬ気で戦って、生き延びるぞ!!」

「おうっ!!」

 そして――開戦の火蓋は、切られた。













「おぉぉぉぉぉぉっ!!」

 右翼。
 俺たち第七師団は、右翼から敵軍をまず攻撃する。
 突出しがちな第六師団を左翼に、俺たち第七師団もまた少し前に出る。第五師団はやや遅く進軍し、陣形としては鶴翼の陣――敵を包囲する形だ。
 比べ、敵軍は鋒矢の陣。中央を突出させて、一気にこちら側の中央突破を図る作戦である。恐らく事前に、こちらの中央部が第五師団であるという情報を得ていたのだろう。第五師団は、ガーランドの中でも『最弱師団』と呼ばれるほどに弱いと有名なのだ。
 だからこそ、レインは中央を第五師団、左右に第六、第七という形にしたのだろう。

「突撃ぃぃぃっ!!」

 中央突破を仕掛ける敵軍の土手っ腹に、俺の率いる『切り込み隊』が突撃を仕掛ける。
 鋒矢の陣はどうしても縦に長くなるため、横からの攻撃に弱いのだ。そのまま俺たちは敵軍を突き破るように、横から前に前に進んでいく。つまるところ、敵軍に対して横から穴を開け、そこから押し通しているような状態である。
 これにより鋒矢の陣はその突進力を失い、一気に中央を叩くことが困難になる。
 勿論、この作戦を立案したのはレインだ。俺にそんな考える頭ないしね。

「うぉぉぉぉっ!!」

「ガーランドの死神だぁっ!」

「みんな殺されるぞぉっ!」

 雄叫びは俺、そして、その後の言葉はグランドとナッシュだ。
 乱戦になると、誰が叫んでいるのか分からなくなる。そして、俺の『ガーランドの死神』という渾名は、それだけで戦場において畏怖の対象になるのだ。俺が戦場にいるというだけで、士気を失う部隊もいるらしい。
 だからこういう場では、積極的に叫ばせるようにしているのだ。敵に撤退を及ぼすほどの効果はなくとも、一瞬怯ませることはできる、と。
 言われてる俺は悲しいけどな!

「うらぁっ!!」

 戦斧を一閃。
 俺を先頭に、鋒矢の陣で敵軍に穴を開けている状態は、逆に言えば俺の周囲に味方がいないということだ。つまり、どれほど全力で斧を振るっても、決して味方を傷つけることがない。
 折り重なるのは敵兵の死体ばかりで、勿論俺に傷の一つもつくことなく。
 後方の兵士たちが、散り散りに逃げていく様も、横目で見える。

「はぁっ!!」

「おっと!!」

 すると――俺の目の前から、一際巨大な薙刀が振るい落とされた。
 その威力に、思わず俺は目を見開く。揺らぐほどではないが、それなりに強い一撃――この戦争が始まって、受けた衝撃では最も大きい。
 こんな敵が、メイルード王国に――。

「なんだ、ギルフォードか」

「……アレックス師団長?」

「お前たちも包囲に成功したか。なるほどな……では、これでほぼ決したか」

 その薙刀を振っていた相手は――第六師団長にして第六師団『切り込み隊』隊長、アレックス・ドミトル。
 俺と変わらない程度の年齢だが、一応は武門の名家である貴族家の出自ということで、師団長を任されている男だ。そして、同じく怪力無双と名高い男でもある。
 そして、左翼を任されているはずのアレックスが、俺と矛を交わしたということは。

「さすがはヴィルヘルミナ、といったところか。第五師団を囮に、第六と第七で左右から攻め立て、寡兵であるにも関わらず敵を包囲する……おれには、何年かかってもできそうにない」

「……ああ、そっすね」

 ようやく、やり合える相手がいた――そう、少し喜んだのに。
 残念ながら味方であり、しかも戦争は既に終局。
 五千も少ない兵数でありながら、ガーランド軍はメイルード軍を完全に包囲していた。

「勝ったな」

「ええ」

 舞う血飛沫。
 激しい怒号。
 そして、何度となく聞こえる断末魔。

 第二の難所――トスカル平野の戦いも、また同じくガーランド王国の圧勝。
 あと残すは、メイルード王国王都のみ。

 メイルード王国には、既にその喉元までガーランドの牙が迫っていた。
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