40 / 61
察するレイン
しおりを挟む
短い休暇を終えて、俺は帝都へと戻ってきた。
もう冬に差し掛かろうとしている気候は、外出するのに一枚増やす程度には肌寒くなってきている。俺は大隊長として与えられた宿舎から兵の駐屯所へ向かう道を、コートを一枚羽織って向かうことになった。
まぁ、訓練始まったらどうせ脱ぐけど。あっちぃし。
「うす」
「ああ、隊長。おはようございます」
「おう、レイン。久しぶりだな」
「隊長がご不在の間、隊長の確認が必要なさそうな書類は始末しています。そちらに積んであるのは、隊長の確認が必要なものです」
「さんきゅ。何か問題はあったか?」
「一度デュラン総将軍がお越しになりましたけど、休暇を取っている旨を伝えたらお戻りになっています。用件などは特に聞いていませんが」
相変わらず、レインは有能な副官である。
俺が不在でも問題なく『切り込み隊』を任せられるし、書類のほとんどを捌いてくれているのもレインだ。俺はあくまで、隊長として最終確認をするだけである。
俺が除隊したら、レインに『切り込み隊』の隊長を――いや、無理か。なんだかんだ言って、『切り込み隊』の隊長って前を走れる奴だし。
「それより隊長、アンナ隊長から伺ったのですが」
「うん?」
「今回の帰還、隊長が副将軍に申し出たことが理由らしいですね」
「……そうなのかねぇ?」
俺が言ったのは、あくまで「停戦中なら戦争が終わったわけじゃないんで、俺まだ除隊しないっすよ」という一言だけだ。
俺としては今すぐにでも除隊したいところだけど、それはそれで面倒なことになりそうだ。そして、一応総将軍と「戦争が終わるまで」って約束をしているわけだから、それは果たさなければならないだろう。
停戦だったら、戦争が終わったわけじゃないし。
「レインとしても、この戦争はおかしいと思っていましたけど」
「まぁ、俺でもおかしいって思うくらいだからな」
「今回のことで、確信しました。何故戦争が、これほど終わらないのか」
「……まじで?」
俺の問いかけに、レインが頷く。
さすがは聡いレインだ。俺、さっぱり見当ついてないのに。
上層部が馬鹿だからだとばっか思ってた。
「恐らくガーランド帝国は、現状の仮想敵国を全て、支配下に置くつもりです」
「……まじで?」
同じ事を、二度問う。
アリオス王国、メイルード王国、ジュノバ公国――そして次に、ライオス帝国を相手にしようとしている現状だ。
ライオス帝国との戦争に乗じて、別方向の仮想敵国――ウルスラ王国やフェンリー法国が動こうとしている話も聞いているし、ライオス帝国の向こうには属国であるワダツミ諸島連合も控えているし、ライオス帝国と敵対しているエクス連合国もある。
唯一良好な関係を築いているのは、かつてのアリオス王国の反対側に位置するユーリア王国だけだ。この国とは、既に十年以上も同盟関係を結んでいる仲だ。
つまり現状――まだ、五国も残っている。
「いえ……支配下に置くというのは、少々言い過ぎですね。むしろ……何と言えばいいのでしょうか。目処をつけるつもりなのだと思います」
「目処?」
「ええ。少なくとも、向こう十年以上戦争が起きない、そんな地盤を作ろうと考えていると思われます。三つの国の領土を得たガーランド王国は、既に大陸でも最大の国になっています。その状態でライオス帝国を下せば、生産力ではどこにも負けることがなくなるでしょう。その状態で、仮想敵国と講和を結び、友好国としていく流れだと思います」
「……?」
「まぁ分かりやすく言うと、今ちょっと無理して版図を広げて、大陸最強の国になろうとしているんですよ」
「ふーん……」
よく分からん。
だけれどまぁ、レインが分かっているのならそれでいい。
「生産力が高ければ、それだけ人口も増えます。人口が増えるということは、兵力もまた向上します。急激に国土を広げることで、内政面での不安は増えますが……少なくともライオス帝国を下し、ライオス帝国の領土を得ることができれば、ガーランドは他に並ぶ国のない最強国家となるでしょう」
「つまり……まだ長いこと戦争が続くってことか?」
「レインの読みでは、あと一年といったところだと思います。ライオス帝国を下せば、必然的にその後ワダツミ諸島連合との戦いにはなるでしょうけど、その後は問題ないと思われます。エクス連合国はあくまで、ライオス帝国に対抗するために小国が連合した国ですから、さほど恐れる必要もないですし、こちらから庇護を申し出れば属国になってくれると思います」
「……」
「ウルスラ王国とフェンリー法国は、こちらの戦争が落ち着くまで専守防衛を行う形にすれば、防ぐことはできるでしょう。その上で最前線を整理し、エクス連合国と講和を結び、兵をそちら側に集めれば自然と講和になると思います」
「……ぐぅ」
「立ったままで寝ないでください、隊長」
はっ。
しまったしまった。あまりにも退屈すぎて寝てしまっていた。
まぁ、あれだろ、つまり。
春にはまた戦争ってことだろ。
「まぁ、これはあくまでレインの予想です。恐らくそうなるだろう、という。ただ恐らく、あと一年で片付くと思いますよ」
「話半分に聞いておくわ……一年ね。ジュリアを待たせるには、長い時間だな」
「……そうですね」
「んじゃ、俺はちょいと総将軍のとこに顔出してくるわ」
今回は、何の話をされるのか分からないけれど。
まぁどうせ、春からの戦争に行けって話だと思う。
「恐らく、そうだと思うのですが」
レインが一人、呟く声。
それは残念ながら、背を向けて総将軍のもとへ向かおうとしていた俺には、聞こえなかった。
「ただもう一つ、可能性はあるんですよ。隊長がまだ軍に在籍しているうちに、この大陸全土をガーランド帝国の旗で染める……そう考えている可能性が」
戦争が終わったら除隊する。
ならば、戦争を終わらせなければいい。
誰かがそう考えた可能性――。
「その場合は……向こう十年といったところですね。まぁ、付き合いますよ。レインの婚期は遅れてしまいますが……そのときは、隊長の第二夫人にでも立候補しますか」
もう冬に差し掛かろうとしている気候は、外出するのに一枚増やす程度には肌寒くなってきている。俺は大隊長として与えられた宿舎から兵の駐屯所へ向かう道を、コートを一枚羽織って向かうことになった。
まぁ、訓練始まったらどうせ脱ぐけど。あっちぃし。
「うす」
「ああ、隊長。おはようございます」
「おう、レイン。久しぶりだな」
「隊長がご不在の間、隊長の確認が必要なさそうな書類は始末しています。そちらに積んであるのは、隊長の確認が必要なものです」
「さんきゅ。何か問題はあったか?」
「一度デュラン総将軍がお越しになりましたけど、休暇を取っている旨を伝えたらお戻りになっています。用件などは特に聞いていませんが」
相変わらず、レインは有能な副官である。
俺が不在でも問題なく『切り込み隊』を任せられるし、書類のほとんどを捌いてくれているのもレインだ。俺はあくまで、隊長として最終確認をするだけである。
俺が除隊したら、レインに『切り込み隊』の隊長を――いや、無理か。なんだかんだ言って、『切り込み隊』の隊長って前を走れる奴だし。
「それより隊長、アンナ隊長から伺ったのですが」
「うん?」
「今回の帰還、隊長が副将軍に申し出たことが理由らしいですね」
「……そうなのかねぇ?」
俺が言ったのは、あくまで「停戦中なら戦争が終わったわけじゃないんで、俺まだ除隊しないっすよ」という一言だけだ。
俺としては今すぐにでも除隊したいところだけど、それはそれで面倒なことになりそうだ。そして、一応総将軍と「戦争が終わるまで」って約束をしているわけだから、それは果たさなければならないだろう。
停戦だったら、戦争が終わったわけじゃないし。
「レインとしても、この戦争はおかしいと思っていましたけど」
「まぁ、俺でもおかしいって思うくらいだからな」
「今回のことで、確信しました。何故戦争が、これほど終わらないのか」
「……まじで?」
俺の問いかけに、レインが頷く。
さすがは聡いレインだ。俺、さっぱり見当ついてないのに。
上層部が馬鹿だからだとばっか思ってた。
「恐らくガーランド帝国は、現状の仮想敵国を全て、支配下に置くつもりです」
「……まじで?」
同じ事を、二度問う。
アリオス王国、メイルード王国、ジュノバ公国――そして次に、ライオス帝国を相手にしようとしている現状だ。
ライオス帝国との戦争に乗じて、別方向の仮想敵国――ウルスラ王国やフェンリー法国が動こうとしている話も聞いているし、ライオス帝国の向こうには属国であるワダツミ諸島連合も控えているし、ライオス帝国と敵対しているエクス連合国もある。
唯一良好な関係を築いているのは、かつてのアリオス王国の反対側に位置するユーリア王国だけだ。この国とは、既に十年以上も同盟関係を結んでいる仲だ。
つまり現状――まだ、五国も残っている。
「いえ……支配下に置くというのは、少々言い過ぎですね。むしろ……何と言えばいいのでしょうか。目処をつけるつもりなのだと思います」
「目処?」
「ええ。少なくとも、向こう十年以上戦争が起きない、そんな地盤を作ろうと考えていると思われます。三つの国の領土を得たガーランド王国は、既に大陸でも最大の国になっています。その状態でライオス帝国を下せば、生産力ではどこにも負けることがなくなるでしょう。その状態で、仮想敵国と講和を結び、友好国としていく流れだと思います」
「……?」
「まぁ分かりやすく言うと、今ちょっと無理して版図を広げて、大陸最強の国になろうとしているんですよ」
「ふーん……」
よく分からん。
だけれどまぁ、レインが分かっているのならそれでいい。
「生産力が高ければ、それだけ人口も増えます。人口が増えるということは、兵力もまた向上します。急激に国土を広げることで、内政面での不安は増えますが……少なくともライオス帝国を下し、ライオス帝国の領土を得ることができれば、ガーランドは他に並ぶ国のない最強国家となるでしょう」
「つまり……まだ長いこと戦争が続くってことか?」
「レインの読みでは、あと一年といったところだと思います。ライオス帝国を下せば、必然的にその後ワダツミ諸島連合との戦いにはなるでしょうけど、その後は問題ないと思われます。エクス連合国はあくまで、ライオス帝国に対抗するために小国が連合した国ですから、さほど恐れる必要もないですし、こちらから庇護を申し出れば属国になってくれると思います」
「……」
「ウルスラ王国とフェンリー法国は、こちらの戦争が落ち着くまで専守防衛を行う形にすれば、防ぐことはできるでしょう。その上で最前線を整理し、エクス連合国と講和を結び、兵をそちら側に集めれば自然と講和になると思います」
「……ぐぅ」
「立ったままで寝ないでください、隊長」
はっ。
しまったしまった。あまりにも退屈すぎて寝てしまっていた。
まぁ、あれだろ、つまり。
春にはまた戦争ってことだろ。
「まぁ、これはあくまでレインの予想です。恐らくそうなるだろう、という。ただ恐らく、あと一年で片付くと思いますよ」
「話半分に聞いておくわ……一年ね。ジュリアを待たせるには、長い時間だな」
「……そうですね」
「んじゃ、俺はちょいと総将軍のとこに顔出してくるわ」
今回は、何の話をされるのか分からないけれど。
まぁどうせ、春からの戦争に行けって話だと思う。
「恐らく、そうだと思うのですが」
レインが一人、呟く声。
それは残念ながら、背を向けて総将軍のもとへ向かおうとしていた俺には、聞こえなかった。
「ただもう一つ、可能性はあるんですよ。隊長がまだ軍に在籍しているうちに、この大陸全土をガーランド帝国の旗で染める……そう考えている可能性が」
戦争が終わったら除隊する。
ならば、戦争を終わらせなければいい。
誰かがそう考えた可能性――。
「その場合は……向こう十年といったところですね。まぁ、付き合いますよ。レインの婚期は遅れてしまいますが……そのときは、隊長の第二夫人にでも立候補しますか」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる