俺この戦争が終わったら結婚するんだけど、思ってたより戦争が終わってくれない

筧千里

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戦地へ

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 春の訪れと共に、ガーランド帝国軍は帝都を出発した。
 次なる目標は、ライオス帝国――この大陸において、ガーランド帝国と比する広大な領地を持つ大国だ。動員することができる兵士の数は、二十万とも言われている。
 比べてガーランド帝国軍は、全部合わせても十万に満たない。そして今回、ライオス帝国を攻めるのは第一師団から第四師団、そして第十師団――変則的だが、この五師団だ。一応理由としては、第五師団のバカ師団長を俺が処断してから、次の師団長が就任したらしいけれど、まだ全軍を統率しきれていないからだとか。
 まぁ、俺はようやく元の位置――第三師団で戦えるわけだが。去年の戦争、俺の扱いって完全に便利屋だったし。たらい回しにされるってマジでこういうことだろ。

 そんな感じで、初日の野営。
 既に周りも暗くなり、それぞれに焚き火を燃やしながら適当に囲んでいる。

「あー、だりぃ。今回の行軍、長そうだなぁ」

「……今朝、遅刻してきた割には態度が大きいですね、隊長」

「まぁ、そう言うなよレイン」

 ジト目で、レインに睨まれる。
 というか、俺が故郷から帰ってきたのが、まさしく出発日である今日だったのだ。全軍での点呼の時間に遅れてしまい、その点呼はナッシュが代わりにやってくれたらしい。
 まぁ、俺にも色々あったのよ。いや、本当に。
 俺だって、色々なけりゃ夜通し走って帝都まで戻らないってやつで。

「一応、釈明がありましたら聞きますが」

「だって俺休暇だったし」

「昨日までです。昨日の夜には帰還すると伺っていましたが」

「今朝出発だったし、今朝までに帰れば良かっただろ」

「最終日の会議には、出席してくださいと申し上げたはずですが」

「……」

 あ。
 そういえば、そんなこと言われてた。
 すっかり頭から抜け落ちていたけれど、確かにレインに言われてた気がする。

「何か事情があったのでしたら仕方ありませんけど……言い訳があるなら、どうぞ」

「ああ……実は」

「ええ」

「ジュリアと離れたくなかったんだ」

「次の城攻めは、隊長が一人で縄上りをすると総将軍に具申しておきます」

「おい!?」

 まぁ、俺としても無理のある理由だということは分かっている。
 だけれど、ほら。ずっと戦場にいたし、結婚も決まってるし、近くにいたいじゃん。全力疾走すれば一晩で帰れる距離だって思って、ギリギリまでいちゃったんだよ。
 おかげで、めっちゃ体しんどい。野営が実に待ち遠しかった。

「がっはっは。隊長、相変わらずじゃのぅ」

「うるせぇ。この薄汚ぇ髭ジジイのくせに孫が超可愛い奴め」

「おうおう、褒めてくれて嬉しいぞい」

 グランドが嬉しそうにがはは、と笑う。
 帝都に戻った冬に、俺は一度グランドに招待されて、家まで行った。
 約束通り、初孫を抱っこしてやろうと思って。

 そのとき、赤ちゃん見たのよ。ぶっちゃけ初めてね。
 で、生まれて初めて抱っこしてみたわけよ。正直、そんな赤ちゃんの抱っこなんて簡単だと思ってたのよ。みんな普通にやってるしさ。
 あのね、俺が間違ってた。あれは人が抱っこするもんじゃない。神だね。神が抱っこするものだよ。
 最初に抱き上げるときにさ、めちゃめちゃびびって首んとこそろーって入れてお尻んとこそろーって入れたのよ。物凄く時間かけてさ。で、なんか怖くなって両方離しちゃったのさ。
 そしたらグランドの娘さんがさ、「もっとしっかり手を入れてください」とか言うの。
 同じ過ちは二度繰り返さないのが俺よ。
 だからもっかいお尻んとこに手ぇ入れたのさ。えぇ、そりゃもう入れたとも。全てを忘れて入れたよ。この子が女の子だとかグランドの孫だとか全部忘れてね。
 だって娘さんが手を入れてって言ったから。
 そしたらエライ事になった。
 いきなり鳴き始めた。ウギャァァァーッ。アァァァーッ。戦場でよく聞く断末魔とはベクトルが違うやつ。
 それで横見たら娘さん超呆れてんの。ホントごめんなさい。
 正直、「やり方なんて聞かなくても大丈夫だぜ!」とか見栄張らないで普通に教えてもらえば良かったと思ったよ。心の底から俺が隊長って立場を後悔したね。
 でも故郷に帰ってジュリアに「赤ちゃんの抱っことか余裕だし。この前部下の孫を抱っこさせてもらったし」とか言っちゃってんの。
 ホント俺ってダメ人間。
 ジュリア結婚してください。

「おや隊長、グランドさんのお孫さんを見に行ったんですか?」

「ああ。めちゃくちゃ可愛かったぞ」

「泣かせたりしてませんよね?」

「当たり前じゃねぇか。俺を誰だと思ってんだよ」

「あのあと、泣き止ますのに苦労したと娘が言っておったぞい」

 余計なこと言ってんじゃねぇよ!
 まぁ正直、すまんかったとは思っている。だって、俺僻地の農村出身だから、赤ちゃんとか見たことなかったんだもん。
 まさか、あんなにも触ったら壊れそうな存在だとは思ってなかった。

「いやー、でも赤ちゃん可愛いよなぁ。ほんと可愛かったなぁ」

「孫は良いもんじゃぞぉ」

「俺は、まず子供からだよ」

 にやにやと、口元が緩むのが分かる。
 グランドの孫を見たのもそうだけれど、今、ジュリアのお腹の中にも赤ちゃんがいるのだ。それも、俺の子供が。
 あんなにも可愛い生き物が、ジュリアの腹から生まれてくる――それを想像するだけで、にやつきがおさまらない。

「ふむ……赤ちゃんはそんなにも可愛いのですか」

「む? 副官殿は見たことないのかの?」

「残念ながら、見たことがないのですよ。レインは末っ子でしたし、親戚にも特にお産などなかったので」

「ふむ。まぁ、古いことを言うようじゃが、子を産むのは女の幸せじゃからのぅ。副官殿も、産めるうちに産んでおいた方がええんじゃないかの?」

 グランドのそんな言葉に対して、レインは顎に手をやる。
 そして、さりげなく俺の方を見てきた。

「と、そう言われたのですが」

「なんで俺を見るんだよ、レイン」

「まぁ、気が向いたときで構いませんので」

「何がだ」

 意味が分からん。
 と――そんな風に話しながら、夜は更けていき。

 新たな戦争の進軍――その初日を終えた。
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