48 / 61
行軍再開
しおりを挟む
小休止を終えて。俺たちは再び行軍を始めた。
中には翌日の夜にも飲んだくれていた者がいたらしく、軍の随所で遅刻者が大量に現れたらしいが、それほど大きな問題として取り上げられなかった。
そもそも、こんな風に戦争がずっと継続すること自体、今まであり得なかったことだ。そして、小休止で歓楽街に行っていい、などと許可が下されたのも初めてである。それだけ全員が疲弊しているということだし、精神的にまいっているのだ。
だったら戦争やめればいいじゃないか、というのが俺の意見なのだが。
「はぁ……」
「おう、どうした隊長。元気がないのぉ」
溜息を吐く俺に対して、グランドがそう話しかけてくる。
俺は昨夜は飲まずに、野営地にちゃんと戻ってきた。だから、酒が残っているというわけではないけれど、多少の寝不足である。
だから溜息を吐いたのを、耳聡くグランドが聞きつけたようだ。
「ん……あ、ああ、まぁな……」
「む? 何ぞあったんか? まさか、嫁っこがあの街で働いとったんか!?」
「んなわけねぇだろ! ジュリアがあんな場所で働くか!」
「じゃあ、どうしたんじゃ。隊長の士気は、ワシら全員の士気に関わるからの。何ぞ悩みでもあるんじゃったら、聞くぞい」
「あー……」
目だけで、周囲を見回す。
とりあえず、見える範囲にはいない。だから、ちょっと初めて知ってしまったことを、グランドに説明して、相談してみることにしよう。
何故それで、俺がここまでへこんでいるのかも。
「マリオンなんだけどな」
「へ? オレがどうかしたっすか?」
「うわっ!? お前いたのかよ!?」
「いや、いましたけど」
背後から声を掛けられて、思わずそう驚く。
そういえば、マリオンって俺よりも結構背が低いから、こうして軍に紛れるとどこにいるか分からなくなるんだよな。
一応、突撃のときには常に俺の後ろにいるように伝えてはいるけれど。
しかし、思わぬ位置から出てきたマリオンに、どうやら聞かれてしまったらしい。
俺はひとまず頭をフル回転させて、とりあえずここからマリオンを遠ざける方法を考える。
「お、お、おう、マリオン。丁度良かった、お前を探してたんだよ」
「あ、そうなんすか? オレ、ずっと隊長の後ろにいたっすけど」
「だったら何か言えよ……まぁいいや。ちょっと、レインに言伝を頼んでいいか?」
「うす」
マリオンは小さい分、小回りがきく。
そして、部隊の最前線にいる俺と異なり、レインの位置は最後尾だ。全体を俯瞰して見て、随所に命令を走らせるのが彼女の役割である。
だからこうして、俺からレインに何か伝えることがあったりとか、逆にレインに何か聞くことがあったりした場合、マリオンを走らせている。
これはいつものことだから、疑われてはいないはずだ。
「何を伝えればいいすか?」
「……あー。今後の、行軍予定を」
「……それ、今必要すか? 今後の予定だったら、今夜の野営のときにでも聞けば良くないすか?」
「うるせぇ、今必要なんだよ」
「……うす。承知したっす」
とととっ、とマリオンが部隊の後ろへと抜けてゆく。
隊長の最終奥義、『有無を言わさず命令』を使ってしまった。だけれど、さすがにこの会話にマリオンを混ぜるわけにはいかない。
そんな俺の意図を分かってか、グランドがにやにやと笑みを浮かべていた。
「はぁ……いないな? 戻ってきたら、すぐに教えてくれ」
「おう、大丈夫じゃ。それで、小僧がどうしたんじゃ、隊長」
「一昨日の夜な……俺は、マリオンと二人で飲んでたんだよ。男同士だし、別に同じ部屋でいいか、って先に宿をとったんだけどな。あのとき、マリオンが少し嫌がってたんだよ」
「ほう?」
あれはレインとアンナ、マリオンと俺――四人で飲む、少し前だ。
野営地に戻っても、街の中の宿屋を使ってもどちらでもいい――そう許可を得たため、久しぶりに柔らかい寝台で眠りたいと考えて、俺は宿屋を選択した。
そのとき、俺たち以外にも先に宿をとった者も多かったらしく、残り一部屋だと言われたのだ。
寝台が二つある部屋だし、まぁ俺とマリオンの男同士だし、別に問題ないだろうと、そう考えていた。
だが、マリオンが嫌がったのだ。それはちょっと、と。
「まぁ、別に男同士だからいいじゃねぇか、って無理やり一部屋とって、酒場を出た後でそこで寝泊まりをしたわけなんだがな」
「ふむ?」
「だからまぁ……その、何だ。あいつ、鎧を着たままで寝始めるから、さすがに脱がしてやろうと思ったんだ」
「ほう……?」
後悔に、思わず頭を抱える。
酒場を後にして、そのまま二人で肩を組んで宿に戻り、そのままマリオンは寝台に横になって、すぐにぐーぐー寝息を立てた。
だけれど小休止とはいえ一応、武装はしているわけだ。さすがに、鎧姿のままで寝かせるのも寝苦しいだろうと考えた。
だから、鎧を脱がせてやったわけだ。俺、優しいだろ?
「寝てる顔を見てると、なんかすげーこいつ女みたいだなぁ、って思ってたんだけどさ」
「まぁ、確かに小僧は女顔じゃのぉ」
「今まで俺、マリオンと一緒に水浴びとか、したことねぇんだよな。あいつ、水浴びのときっていつも消えるだろ?」
「ふむ。確かにワシもないのぉ」
「……だから、知らなかったんだよ」
鎧を脱がせた。
ついでに、宿に置いてあったローブでも着せてやろうと思って、服も脱がした。汗だくの服のままで寝たら、朝寝苦しいだろうし。
そんな俺の優しさが、あだになってしまった――。
「あいつな……」
「うむ……?」
「めっちゃ、でけぇ……」
「……」
ぼろんっ、という擬音が非常に似合うほど、俺には衝撃的な大きさだった。
こいつ、こんなクレイモアを隠していたのか、と思わず身震いしたほど。
「まぁ……勝手に見て、申し訳ないと……そう、思ってんだ……」
「そうか……」
「このこと、あいつには内緒な……」
「了解じゃ」
「うすー。隊長、戻ったっす。レインさんも不思議がってたっすよ。ええと、今後の行軍予定なんすけど……ん? 隊長? どうかしたっすか?」
その身に、巨大なクレイモアを隠しているマリオンが、そう報告してくることに対して。
俺は、目を合わすことができなかった。
中には翌日の夜にも飲んだくれていた者がいたらしく、軍の随所で遅刻者が大量に現れたらしいが、それほど大きな問題として取り上げられなかった。
そもそも、こんな風に戦争がずっと継続すること自体、今まであり得なかったことだ。そして、小休止で歓楽街に行っていい、などと許可が下されたのも初めてである。それだけ全員が疲弊しているということだし、精神的にまいっているのだ。
だったら戦争やめればいいじゃないか、というのが俺の意見なのだが。
「はぁ……」
「おう、どうした隊長。元気がないのぉ」
溜息を吐く俺に対して、グランドがそう話しかけてくる。
俺は昨夜は飲まずに、野営地にちゃんと戻ってきた。だから、酒が残っているというわけではないけれど、多少の寝不足である。
だから溜息を吐いたのを、耳聡くグランドが聞きつけたようだ。
「ん……あ、ああ、まぁな……」
「む? 何ぞあったんか? まさか、嫁っこがあの街で働いとったんか!?」
「んなわけねぇだろ! ジュリアがあんな場所で働くか!」
「じゃあ、どうしたんじゃ。隊長の士気は、ワシら全員の士気に関わるからの。何ぞ悩みでもあるんじゃったら、聞くぞい」
「あー……」
目だけで、周囲を見回す。
とりあえず、見える範囲にはいない。だから、ちょっと初めて知ってしまったことを、グランドに説明して、相談してみることにしよう。
何故それで、俺がここまでへこんでいるのかも。
「マリオンなんだけどな」
「へ? オレがどうかしたっすか?」
「うわっ!? お前いたのかよ!?」
「いや、いましたけど」
背後から声を掛けられて、思わずそう驚く。
そういえば、マリオンって俺よりも結構背が低いから、こうして軍に紛れるとどこにいるか分からなくなるんだよな。
一応、突撃のときには常に俺の後ろにいるように伝えてはいるけれど。
しかし、思わぬ位置から出てきたマリオンに、どうやら聞かれてしまったらしい。
俺はひとまず頭をフル回転させて、とりあえずここからマリオンを遠ざける方法を考える。
「お、お、おう、マリオン。丁度良かった、お前を探してたんだよ」
「あ、そうなんすか? オレ、ずっと隊長の後ろにいたっすけど」
「だったら何か言えよ……まぁいいや。ちょっと、レインに言伝を頼んでいいか?」
「うす」
マリオンは小さい分、小回りがきく。
そして、部隊の最前線にいる俺と異なり、レインの位置は最後尾だ。全体を俯瞰して見て、随所に命令を走らせるのが彼女の役割である。
だからこうして、俺からレインに何か伝えることがあったりとか、逆にレインに何か聞くことがあったりした場合、マリオンを走らせている。
これはいつものことだから、疑われてはいないはずだ。
「何を伝えればいいすか?」
「……あー。今後の、行軍予定を」
「……それ、今必要すか? 今後の予定だったら、今夜の野営のときにでも聞けば良くないすか?」
「うるせぇ、今必要なんだよ」
「……うす。承知したっす」
とととっ、とマリオンが部隊の後ろへと抜けてゆく。
隊長の最終奥義、『有無を言わさず命令』を使ってしまった。だけれど、さすがにこの会話にマリオンを混ぜるわけにはいかない。
そんな俺の意図を分かってか、グランドがにやにやと笑みを浮かべていた。
「はぁ……いないな? 戻ってきたら、すぐに教えてくれ」
「おう、大丈夫じゃ。それで、小僧がどうしたんじゃ、隊長」
「一昨日の夜な……俺は、マリオンと二人で飲んでたんだよ。男同士だし、別に同じ部屋でいいか、って先に宿をとったんだけどな。あのとき、マリオンが少し嫌がってたんだよ」
「ほう?」
あれはレインとアンナ、マリオンと俺――四人で飲む、少し前だ。
野営地に戻っても、街の中の宿屋を使ってもどちらでもいい――そう許可を得たため、久しぶりに柔らかい寝台で眠りたいと考えて、俺は宿屋を選択した。
そのとき、俺たち以外にも先に宿をとった者も多かったらしく、残り一部屋だと言われたのだ。
寝台が二つある部屋だし、まぁ俺とマリオンの男同士だし、別に問題ないだろうと、そう考えていた。
だが、マリオンが嫌がったのだ。それはちょっと、と。
「まぁ、別に男同士だからいいじゃねぇか、って無理やり一部屋とって、酒場を出た後でそこで寝泊まりをしたわけなんだがな」
「ふむ?」
「だからまぁ……その、何だ。あいつ、鎧を着たままで寝始めるから、さすがに脱がしてやろうと思ったんだ」
「ほう……?」
後悔に、思わず頭を抱える。
酒場を後にして、そのまま二人で肩を組んで宿に戻り、そのままマリオンは寝台に横になって、すぐにぐーぐー寝息を立てた。
だけれど小休止とはいえ一応、武装はしているわけだ。さすがに、鎧姿のままで寝かせるのも寝苦しいだろうと考えた。
だから、鎧を脱がせてやったわけだ。俺、優しいだろ?
「寝てる顔を見てると、なんかすげーこいつ女みたいだなぁ、って思ってたんだけどさ」
「まぁ、確かに小僧は女顔じゃのぉ」
「今まで俺、マリオンと一緒に水浴びとか、したことねぇんだよな。あいつ、水浴びのときっていつも消えるだろ?」
「ふむ。確かにワシもないのぉ」
「……だから、知らなかったんだよ」
鎧を脱がせた。
ついでに、宿に置いてあったローブでも着せてやろうと思って、服も脱がした。汗だくの服のままで寝たら、朝寝苦しいだろうし。
そんな俺の優しさが、あだになってしまった――。
「あいつな……」
「うむ……?」
「めっちゃ、でけぇ……」
「……」
ぼろんっ、という擬音が非常に似合うほど、俺には衝撃的な大きさだった。
こいつ、こんなクレイモアを隠していたのか、と思わず身震いしたほど。
「まぁ……勝手に見て、申し訳ないと……そう、思ってんだ……」
「そうか……」
「このこと、あいつには内緒な……」
「了解じゃ」
「うすー。隊長、戻ったっす。レインさんも不思議がってたっすよ。ええと、今後の行軍予定なんすけど……ん? 隊長? どうかしたっすか?」
その身に、巨大なクレイモアを隠しているマリオンが、そう報告してくることに対して。
俺は、目を合わすことができなかった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる