俺この戦争が終わったら結婚するんだけど、思ってたより戦争が終わってくれない

絶望的な戦況の秘策

「さて、ようやく到着か」

「長かったのぉ」

　俺の呟きに、グランドがそうぼやきを返す。
　旧アリオス王国領を越え、旧メイルード王国を越え、旧ジュノバ公国領を越え、俺たちはようやくライオス帝国との緒戦を行う場所――カウル平野へとやってきた。

「ほんと……情報通り、見通しのいい平野だな」

「隠れる場所はありません。伏兵も置くことができませんし、後ろに回り込むことも不可能です。正面衝突をする以外にありません」

「あのよぉ……数で勝る相手に、正面から突撃するっておかしくねぇか？」

　ライオス帝国は、その総兵力二十万。比べて、ガーランド帝国は十万だ。
　そしてガーランド軍も全兵力をここに投入するわけにいかないため、こちら側の兵力は全部で三万といったところだ。比べてライオス帝国は、接している国は属国であるワダツミ諸島連合だけだ。
　そのため、こちら側に二十万の兵力を投入しても、ライオス帝国は後ろから攻められることがない。

「だからこそ、ライオス帝国はこの地を決戦の場としたのですよ。我が軍がライオス帝国に向かうには、この平野を横切るしかありません」

「向こうの思惑に乗ってる時点で、大分負け戦じゃねぇか」

「それをどうにかするために、本日会議が行われます。隊長もご出席を」

「へいへい」

　レインの言葉に、そう手を振って返す。
　まぁ、総将軍が何を言うのかとか、大体分かってるけどさ。
　ぶっちゃけ、二十万対三万の正面衝突の戦とか、勝てる方法なんてない。そんな作戦があるなら、この世の戦争の常識が全部ひっくり返るだろう。
　だから、この戦いに向けて総将軍が何を言うのか。

　どうせ、「ガーランド帝国魂にて、敵軍を殲滅せよ！」だろ。














「うむ、それでは会議を始める」

　簡易な天幕に集まっているのは、俺とレイン以外は全員が師団長だ。
　第一師団のレーツェル・フランク師団長。第二師団のハンス・クラウザー師団長。第三師団のマティルダ・ツィーグラー師団長。第四師団のエレマン・フラスグルブ師団長。そして、第十師団のカイル・アミスソニア師団長である。
　ちなみに俺も、紹介されるまで第四師団と第十師団の師団長の名前知らなかった。だって、関わりがねぇんだもん。
　そんな風に揃っている師団長全員と総将軍、加えてレインと俺。
　レインと俺、明らかに浮いてねぇ？

「諜報部隊の報告によれば、ライオス帝国軍は十万ほど、既にカウル平野に陣取っております」

「指揮しているのは？」

「ライオス帝国一の武人と称される、ミハイル・フォーグナー将軍です。ただ将軍自身は高齢であるため、現在は後方からの指示に専念しているのだとか。頭をまず倒すという方法は不可能ですね」

　報告を行うのは、第四師団のエレマン師団長である。
　俺も今まで会ったことなかったんだけど、割と若い師団長だ。多分、四十前ってところじゃないだろうか。波打った黒髪に細面のイケメンである。

「周辺地形も調べてるけど、隠れて進軍できそうな場所はないわね。大きく迂回すれば可能だけど、それだと補給線が途切れることになるわ」

「加えて、限りなく見通しが良いです。敵軍は既に、こちらを視認しています。まだ会敵するには時間がかかりますが、それでもこちらの軍規模は読まれているでしょう」

「単純計算で、三倍の敵……ちょっと、無理なんじゃないですか？」

　マティルダ師団長、レーツェル師団長、ハンス師団長がそれぞれ意見を述べる。
　事実、この戦いは無謀に過ぎる。ただでさえ軍の規模ですらガーランド軍より大きいのに、全軍の半分以下の数でしか進軍していないのだ。
　師団長たちがこぞってそう言うのも、無理のないことである。

「うむ……だが、問題はない」

「どの口が問題ないって言うんですか。問題だらけじゃないですか」

「そのために、第十師団を連れてきたのだ。第十師団は、それだけの戦力となる」

「えっ……！」

　おぉ、と俺も眉を上げる。
　第十師団――そのトップであるカイル師団長は、やや中年に差し掛かっている男性だ。まるで余裕ぶっているかのように、口元には僅かに笑みが浮かんでいる。
　今まで、全く関わりのなかった第十師団――彼らは、一体どういう存在なのだろう。

「帝国の技術部が開発した、絡繰り式の十字弓を知っているな？」

「クロスボウですか？　確かに威力は高いと聞きますが……」

　不審そうに眉を寄せているのは、レーツェル師団長。
　クロスボウ――その話は、俺も聞いたことがある。最近、帝国の技術部が開発したとされる、新しい弓だ。

　弓というのは、戦場における準主役と言っていいだろう。
　長弓はそれだけ射程が長いし、良い弓手ならば遥か彼方に存在する敵兵の頭を射抜けるとさえ言われているくらいだ。それに矢の一斉射撃は、それだけで敵の士気を挫くことにもなる。
　だがその分、弓手というのは育成に非常に時間がかかるのが特徴だ。
　弓矢というのは簡単なものではなく、はい打って、と弓矢を渡されても、一般人では打てなくて当然である。弓隊の一斉掃射――やや上に向けて放つことですら、ある程度の訓練を受けていなければ無理な話だ。

　だが、その欠点を補って余りある存在――それが、クロスボウである。
　弓手は矢を装填口にセットし、そのままクロスボウに取り付けてある手車を回す。そうすれば自動的に矢が引き絞られる。
　そして、しっかり矢が引き絞られたら、手元の引き金を押すのだ。それで放たれる矢は、熟練の弓手でさえ放つことができないほど鋭い威力であるとされる。

「第十師団は、クロスボウの扱いにだけ特化した部隊だ」

「なんと……！」

「第十師団は全員がクロスボウを持っている。その矢は必ずや、悪しきライオス帝国の兵の鎧を抜いて突き刺さるだろう」

「し、しかし……」

　そこで、意見を出してくるのはエレマン師団長。
　クロスボウは確かに、強力な武器だ。だが、強力である武器はそれだけ、欠点も存在するものである。
　それは――。

「クロスボウは、装填してから矢を放つまで、時間がかかります。一撃を放つことはできるでしょうが、敵軍はその間にも向かってきます」

「問題ない。第十師団には、秘策がある」

「それは……？」

「隊列を四つ並べ、それぞれ二千五百人ずつの射手が並ぶ。一撃を放った射手は後ろに回り、次に控えている者が次の矢を放つ。その者はさらに後ろに回り、次の者が放つ。そして、後ろに回った者はクロスボウに矢を装填するのだ」

「なっ……！！」

「これで敵軍は、永遠に矢の雨に打たれることになるだろう！」

　師団長たちが、一斉に息を呑む。
　後方に回り込み、クロスボウの準備を行う。その間、前面にいる兵士がクロスボウを放つ――確かに、その作戦であるならば永遠に射撃が止まらない。
　そんな方法が――。

「クロスボウの『四段撃ち』にて、この戦いは我らの勝利となるだろう！」

「おぉぉぉぉぉ！！！」

　だけれど。
　ぶっちゃけ、毎回こんな風に策を出しては失敗してるからさ。

　もう俺、最初から失敗すること前提で動こうと思う。