俺この戦争が終わったら結婚するんだけど、思ってたより戦争が終わってくれない

筧千里

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戦勝の夜

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「勝ったのぉ」

「俺、割と真剣に上層部がバカなんじゃないかと思えてきた」

「奇遇ですね、レインもです」

 勝ち戦の夜。
 ライオス軍は一時的に後退し、戦線は微妙にライオス帝都に近付いた。だけれど、カウル平野は広く、ライオス帝都は遠い。
 既に後退したライオス軍だが、暫く後退した先で再び準備を始めていることだろう。そして帝都から兵士が補充されれば、再び絶望的な戦力差での戦いを行わなければならない。
 そもそも勝ち戦とはいえ、ライオス軍自体の被害はそれほど多くないのだ。せいぜい、死者五千人、怪我人一万人といったところだろう。そして、その程度の戦力ならばすぐに帝都から補充できるはずだ。つまり、彼我の戦力差に大きな変わりはない。

「つーか、まさかとは思うけどよ」

「どうしましたか、隊長」

 焚き火の前で、大きく溜息を吐く。
 俺としては、いくら馬鹿すぎる上層部でも、こんな判断はしないと思うのだけれど――。

「次もまた、クロスボウで一掃するとか言い出さねぇよな?」

「……どうでしょう。あり得るかもしれません」

「総将軍、俺たちが縄を引いてんの見てるよな? あれがなきゃ絶対に負けてるって理解してるよな?」

「正直レインは最近、総将軍の頭は悪すぎるのではないかと懸念しているのですが」

「そもそも、これだけ長いこと戦争が続いてるのが、おかしい話だからな……」

 既に、一年近く続いている戦争――まぁ、たった一年でよく国を三つも落とせたものだが。
 しかし、そもそも戦争というのは金食い虫だ。兵を大量に集めるのも金がかかるし、兵を前線で維持するために糧食が必要になるし、武器や防具だって消耗品だ。ガーランド国庫には、少なくない負担が掛かっているはずである。
 それなのに、まだ戦争を続ける理由――それが、俺には分からない。

「正直レインは、この戦争を最速で終わらせる策を総将軍に進言したいところです」

「お? なんだ、そんな方法があんのか?」

「はい。敵軍と対峙した瞬間に、ギルフォード隊長だけを敵陣に突っ込ませる策です」

「俺の負担半端なくね!?」

 いやいやいや。
 さすがに、俺死ぬわ。十万の敵兵の中に、俺一人だけ突っ込ませるとか。

「もっと分かりやすく言うと、ギルフォード隊長に一人で突っ込んでもらって、あと全員クロスボウ持って敵陣に射かける作戦ですね」

「俺も撃たれねぇかそれ!?」

「まぁまぁ。撃たれても隊長なら大丈夫ですよ」

「いや大丈夫じゃねぇよ!」

 敵どころか、味方にまで狙われるとかひどすぎる。
 というか、十万の兵に俺を突っ込んだら勝てるとか、そういうこと考えるんじゃねぇよ。俺だって人間なんだから。

「まぁ、それは冗談として」

「冗談に聞こえなかったぞ……?」

「実際のところ、ライオス帝国を陥落させるための策なんて、レインにも浮かばないんですよ。今回、敵軍が一時的に後退しましたけど、それでも向こうの圧倒的優位は変わりません。結局、戦争において数は力ですから」

「まぁ、そうだろうな」

 総兵力二十万のライオス帝国に対して、こちらは派遣されている部隊だけで三万だ。
 そのうち一万五千くらいは削ったにしても、まだまだ数的優位は向こうにある。
 それに加えて、こちらは本国から遠くに派遣されているわけであり、向こうは国内だ。食糧の調達だって簡単に行えるし、逆にこちらの補給線を襲われたりした場合は、一気にこちらを兵糧攻めすることができるだろう。
 やべぇ、どう考えても絶望しかない戦況だわ。

「んじゃ、聡いレインさんはどう考えるんだ?」

「講和ですね。一時的にライオス帝国とは講和を結び、兵を退きます。その上で、陥落させた三国の治安を安定させて、総収入を上げて、さらに軍事力を伸ばしてから逆側の国から陥落させて行くのが良いかと」

「ウルスラ王国とフェンリー法国か」

「はい。むしろレインとしては、何故今ライオスに挑む形にして、この二国を先に落とさなかったのか不思議でなりません」

「まぁな」

 ウルスラ王国もフェンリー法国も、ガーランド帝都の西にある国だ。そして、関係性はあまり良くない。
 だけれど国の規模としては元々ガーランドの方が大きく、そんなガーランドに対抗するため、二国間で同盟を結んでいるらしい。だが現在、ガーランドは三つの国を陥落させている状態であるため、国土だけならば二国を合わせてもガーランドに及ばないだろう。
 だから、そちらの方から攻めるというレインの考えは、確かに納得のいくものだ。
 ふーむ、と俺が腕を組んで首を傾げていると。

「ギル」

「お……」

 唐突に、背後からそう話しかけられる。
 俺を「隊長」ではなく「ギル」と呼ぶのは、軍の中において俺より階級が同じか上の人間だけだ。そして俺は『切り込み隊』の隊長という立場であるため、自然とそう呼ばれた場合、誰なのか分かる。
 当然――それは、マティルダ師団長だった。

「今日はお疲れ様」

「マジで疲れましたよ」

「まぁ、私もいきなりの作戦だったから、色々戸惑っちゃったけどね。でも、ギルのおかげで緒戦を突破できたわ」

「そりゃ良かったっすけど……これから、どうするんすか? 今後もこんな風に、戦争続けていくんすか?」

「ううん。今回の戦いは、カウル平野のここを奪うことが目的だったから」

「……?」

 マティルダ師団長の言葉に、俺は周囲を確認する。
 まぁ、野営地としては悪くない。川も近くにあるから水源も確保できるし、見通しが良いから奇襲だって受けないだろう。
 だが、この場所を奪って、何の意味が――。

「明日から、暫くは塹壕掘りよ。今回のライオス帝国との戦いは、長期戦になるわ」

「……長期戦、すか?」

「ええ。だって、こっち側の戦いは、あくまで陽動だもの。本命は、帝都にいる部隊だから」

「えっ……!」

 そんなマティルダ師団長の言葉に、声を上げるのはレインだ。
 俺にはさっぱり意味が分からない。

「ああ……ようやく意味が分かりました。なるほど……二十万もいるライオス帝国に、たったの三万で攻め込めという理由……ああ、そういうことでしたか」

「お前何を理解したんだよ、レイン」

「隊長。レインたちは、ただの備えでしかなかったんですよ」

「そういうことね」

 なるほど、そういうことね、じゃねぇよ。
 どういうことだよ。

「上層部は、割と考えていたんですね。なるほど」

「何よ、総将軍がそんなに馬鹿だと思っていたの?」

 とりあえず、よく分からないまま。
 俺のことは置いてけぼりで、マティルダ師団長とレインは通じ合っているようだった。
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