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番外編 眠れぬ夜は
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これは、赤マントが俺の家に住み着くようになってから、ようやく一週間が経った頃の話だ。
「なあ、もう寝るのか」
布団を敷いて横になった俺の顔を覗き込み、赤マントは不満気にそう言った。真っ暗な和室の中、フードを目深に被った男が枕元に座ってこちらをじっと見つめている様子は、はたから見ればかなりホラーな光景に映ることだろう。
「もう寝るのか、じゃねえよ午前一時だぞ。健全な人間はとっくに寝てる時間だ」
「昨日はもっと遅くまで起きてたろ」
「だから今日はもう寝たいんだよ。原稿も一区切りついたとこだし、寝れる時に寝ないと体もたねぇわ」
「ホントに貧弱だな人間は! お前が寝てる間、することなくてヒマなんだよ!」
額をぶつけそうな勢いで乗り出してくる赤マントの顔を手のひらで押し返して、俺は溜息を吐いた。
「ヒマなら適当に本でも読んでろよ。ジャンル偏ってるけど、小説も漫画もそれなりに揃ってるだろ」
「ここ数日で全部読んだ」
「……まじかよ。俺が描いたエロ漫画も?」
その質問には答えずに、赤マントは俺の手を掴んでペッと振りほどく。
「もう読める物は全部読んだし、何もすることがない! これじゃ、ひとりでいた時と何も変わらないじゃないか」
そう言って、赤マントは子供のように駄々をこねる。そんなモン知ったこっちゃねえよと突っぱねかけて、俺は口を噤んだ。ただただ物陰に潜んで人間を脅かすだけの無害な存在だったこいつに、人間の娯楽を教えてしまったのは俺だ。一度楽しむことを知ってしまったら、何も無い時間は苦痛でしかないだろう。退屈は人を殺すのだ。だが、怪異であるこいつは死ぬことすらない。
「…………ひとりが嫌なら、こっち来いよ」
布団の端をめくって、手招きをする。赤マントは不思議そうに首を傾げたが、言われるまま中に潜り込んできた。狭い布団の中で、むき出しの足や手がお互いに触れ合う。
「やっぱお前、体冷たいな。今は良いけど、冬は防寒しないと一緒に寝るのはキツそうだ」
「何勝手なこと言ってんだよ。ていうかベタベタ触んな」
「狭いんだからしょうがないだろ」
もそもそと落ち着きなく動く赤マントの腰に手を回して、自分の方に軽く引き寄せる。こいつの体には体温も鼓動もなく、まるで人形のようだと思う。けれど、その表情はそこらの人間よりもよほど自由にくるくると変化する。
「んん……何がしたいんだよお前……布団に入ったって、オレは寝られないし意味ないぞ」
「意味はあるだろ。布団に入ってすることは、寝る以外にもあるし」
俺が軽い気持ちで口にした瞬間、赤マントの顔が暗い中でもハッキリ分かるほど赤くなった。
「……は?! お前っ、なに考えてんだよこの変態……っ!」
「あ? お前こそなに考えてんだよ、このむっつりスケベ」
顔を真っ赤にして喚き散らす赤マントの鼻を指先で軽く弾いてやると、やつは踏まれた子犬のような声を上げて、両手で自分の鼻を覆った。なかなかからかい甲斐のあるリアクションをしてくれる。
「も、元はと言えば、お前がオレに変なことしたのが悪いんだろ……オレは、今まであんなの、全然……知らなかったのに」
「……そうだな。それはマジで悪かったと思ってるよ。人間じゃない相手になら、何をしてもいいと思ってたんだ。お前らにもちゃんと感情があるなんて、お前に会うまで知らなかったんだよ」
「……なんだよ、それ。今さら言い訳したって許さないぞ」
「分かってるよ。お前はずっと怒ってくれていい」
素直に答えた俺にやや拍子抜けした様子で、赤マントは切れ長の目を瞬かせる。勢いを削がれて大人しくなった赤い頭に触れて、俺は大きめのフードごとわしわしと撫で回した。
「やめろよ、もう……こんなことするために、オレを引きずり込んだのか」
「まあ、それもある。……俺がガキだった頃さ、友達ん家に泊まり込んだ時、こうやってひとつの布団に潜り込んで眠くなるまでダラダラ喋りながら夜更かししてたのを思い出してな。……ほら、俺らお互いのことまだ何も知らないだろ? だからあの時みたいに、ゆっくりお前と話してみたいと思ったんだ。今までどんなふうに過ごしてきたのか、お互いの好きなこと嫌いなこと……そういう取り留めのない話をな」
俺の言葉が意外だったのか、赤マントは意味を噛み締めるようにパチパチと瞬きを繰り返した。そして、自分から俺の方に顔を寄せて来て、薄い唇を開く。
「だったらオレは、お前の話がたくさん聞きたい。人間が作る物語が、オレは好きだ。物語を産む人間そのもののことも。……オレたちは、人間が作る物語から産まれるモノだから……だから、もっと知りたい。些細なことでも良いから、お前の話を聞かせてくれ」
「……俺が作る話は、お前が嫌いなタイプの話なんじゃないのか?」
「それは……まあ、オレたちのことを変なふうに描くのは気に入らないけど、お前が結構真剣に漫画を描いてるってことは、ここ数日でなんとなく分かったし」
もごもごと言い訳っぽい事を言いながら、赤マントは俺から顔を隠すように、布団の中に埋もれようとする。
「分かったよ。俺の話で良いなら、いくらでも聞かせてやる」
「……うん」
布団の中で俺にくっついたまま“お話”を待っている赤マントは、まるで幼い子供のようだ。さて、こいつのためにどんな話をしてやろうか。
「なあ、人間……」
くぐもったその声を聞いて、少し苦笑する。そういえば、一番大事なことをまだ教えてなかったな。
「なあ赤マント。まずお前に教えてやるから、よく聞いとけ。俺の名前はな……」
結局のところ、俺が赤マントに名前を呼ばれるまで、ここから数ヶ月もの時間がかかることになる。しかしながら、この時の俺はまだ、そんなことは知る由もないのだった。
「なあ、もう寝るのか」
布団を敷いて横になった俺の顔を覗き込み、赤マントは不満気にそう言った。真っ暗な和室の中、フードを目深に被った男が枕元に座ってこちらをじっと見つめている様子は、はたから見ればかなりホラーな光景に映ることだろう。
「もう寝るのか、じゃねえよ午前一時だぞ。健全な人間はとっくに寝てる時間だ」
「昨日はもっと遅くまで起きてたろ」
「だから今日はもう寝たいんだよ。原稿も一区切りついたとこだし、寝れる時に寝ないと体もたねぇわ」
「ホントに貧弱だな人間は! お前が寝てる間、することなくてヒマなんだよ!」
額をぶつけそうな勢いで乗り出してくる赤マントの顔を手のひらで押し返して、俺は溜息を吐いた。
「ヒマなら適当に本でも読んでろよ。ジャンル偏ってるけど、小説も漫画もそれなりに揃ってるだろ」
「ここ数日で全部読んだ」
「……まじかよ。俺が描いたエロ漫画も?」
その質問には答えずに、赤マントは俺の手を掴んでペッと振りほどく。
「もう読める物は全部読んだし、何もすることがない! これじゃ、ひとりでいた時と何も変わらないじゃないか」
そう言って、赤マントは子供のように駄々をこねる。そんなモン知ったこっちゃねえよと突っぱねかけて、俺は口を噤んだ。ただただ物陰に潜んで人間を脅かすだけの無害な存在だったこいつに、人間の娯楽を教えてしまったのは俺だ。一度楽しむことを知ってしまったら、何も無い時間は苦痛でしかないだろう。退屈は人を殺すのだ。だが、怪異であるこいつは死ぬことすらない。
「…………ひとりが嫌なら、こっち来いよ」
布団の端をめくって、手招きをする。赤マントは不思議そうに首を傾げたが、言われるまま中に潜り込んできた。狭い布団の中で、むき出しの足や手がお互いに触れ合う。
「やっぱお前、体冷たいな。今は良いけど、冬は防寒しないと一緒に寝るのはキツそうだ」
「何勝手なこと言ってんだよ。ていうかベタベタ触んな」
「狭いんだからしょうがないだろ」
もそもそと落ち着きなく動く赤マントの腰に手を回して、自分の方に軽く引き寄せる。こいつの体には体温も鼓動もなく、まるで人形のようだと思う。けれど、その表情はそこらの人間よりもよほど自由にくるくると変化する。
「んん……何がしたいんだよお前……布団に入ったって、オレは寝られないし意味ないぞ」
「意味はあるだろ。布団に入ってすることは、寝る以外にもあるし」
俺が軽い気持ちで口にした瞬間、赤マントの顔が暗い中でもハッキリ分かるほど赤くなった。
「……は?! お前っ、なに考えてんだよこの変態……っ!」
「あ? お前こそなに考えてんだよ、このむっつりスケベ」
顔を真っ赤にして喚き散らす赤マントの鼻を指先で軽く弾いてやると、やつは踏まれた子犬のような声を上げて、両手で自分の鼻を覆った。なかなかからかい甲斐のあるリアクションをしてくれる。
「も、元はと言えば、お前がオレに変なことしたのが悪いんだろ……オレは、今まであんなの、全然……知らなかったのに」
「……そうだな。それはマジで悪かったと思ってるよ。人間じゃない相手になら、何をしてもいいと思ってたんだ。お前らにもちゃんと感情があるなんて、お前に会うまで知らなかったんだよ」
「……なんだよ、それ。今さら言い訳したって許さないぞ」
「分かってるよ。お前はずっと怒ってくれていい」
素直に答えた俺にやや拍子抜けした様子で、赤マントは切れ長の目を瞬かせる。勢いを削がれて大人しくなった赤い頭に触れて、俺は大きめのフードごとわしわしと撫で回した。
「やめろよ、もう……こんなことするために、オレを引きずり込んだのか」
「まあ、それもある。……俺がガキだった頃さ、友達ん家に泊まり込んだ時、こうやってひとつの布団に潜り込んで眠くなるまでダラダラ喋りながら夜更かししてたのを思い出してな。……ほら、俺らお互いのことまだ何も知らないだろ? だからあの時みたいに、ゆっくりお前と話してみたいと思ったんだ。今までどんなふうに過ごしてきたのか、お互いの好きなこと嫌いなこと……そういう取り留めのない話をな」
俺の言葉が意外だったのか、赤マントは意味を噛み締めるようにパチパチと瞬きを繰り返した。そして、自分から俺の方に顔を寄せて来て、薄い唇を開く。
「だったらオレは、お前の話がたくさん聞きたい。人間が作る物語が、オレは好きだ。物語を産む人間そのもののことも。……オレたちは、人間が作る物語から産まれるモノだから……だから、もっと知りたい。些細なことでも良いから、お前の話を聞かせてくれ」
「……俺が作る話は、お前が嫌いなタイプの話なんじゃないのか?」
「それは……まあ、オレたちのことを変なふうに描くのは気に入らないけど、お前が結構真剣に漫画を描いてるってことは、ここ数日でなんとなく分かったし」
もごもごと言い訳っぽい事を言いながら、赤マントは俺から顔を隠すように、布団の中に埋もれようとする。
「分かったよ。俺の話で良いなら、いくらでも聞かせてやる」
「……うん」
布団の中で俺にくっついたまま“お話”を待っている赤マントは、まるで幼い子供のようだ。さて、こいつのためにどんな話をしてやろうか。
「なあ、人間……」
くぐもったその声を聞いて、少し苦笑する。そういえば、一番大事なことをまだ教えてなかったな。
「なあ赤マント。まずお前に教えてやるから、よく聞いとけ。俺の名前はな……」
結局のところ、俺が赤マントに名前を呼ばれるまで、ここから数ヶ月もの時間がかかることになる。しかしながら、この時の俺はまだ、そんなことは知る由もないのだった。
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