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チャプター1 水地さくら
11項 さくら、共闘 〜Hなし
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彼女は──水池さくらはそこまで語ると、まるで糸の切れたマリオネットのように身を窄めて沈黙した。
俺は──
かける言葉が見つからなかった。
胸糞が悪くなる話で、反吐が出そうだ。
以前社長が感じ取った水池さんの心の闇の正体は、あまりにも凄惨な凌辱劇だったのだ。
と同時に、彼女が以前、『5』という数字に過剰な反応を示した理由がようやく判明した。
それは、彼女を凌辱した男の数だったのだ。
「……プロデューサーさん。ワタシは『復讐』がしたいんです。そのために、セックスアイドルになったんです」
感情の無い小さな声で、彼女は言った。
「『復讐』……。それは貴女を犯した男たちに対してですか?」
水池さんを凌辱した5人の男たちはまだ捕まっておらず、彼女はセックスアイドルとして名を挙げてその男たちを誘き出そうとしている──
俺はそう考えた。
しかし、彼女は静かにかぶりを振った。
「あの5人の男たちは、ワタシを犯してすぐに捕まりました。そして──」
すぐ死刑になりました──
淡々とした口調で彼女はそう告げた。
5年前の『性的搾取禁止法』の制定と共に刑法も改正され、それによって女性に対する痴漢や強姦は如何なる理由があろうとも死刑、または加害者が18歳未満であった場合は宮刑(去勢)に処される。
それは『性的搾取禁止法』を推し進めた人権団体がその次に熱心に訴えていたものであり、当時はかなりの論争を巻き起こした一転機だった。
「では、水池さんが『復讐』したい相手というのは……?」
「……元カレだったセンパイです」
彼女はようやく顔を上げ、ガラスのように無機質な瞳を向けてそう言ったのだ。
それは意外だった。
彼女の話を聞いた限りでは、頼りは無さそうだが悪い男では無い印象だったのだが。
「そういえばその事件の後、カレとはどうなったのですか?」
「センパイは結局、男たちから暴行を受けることなく無事に解放されました。ワタシはカレを護ることが出来て良かった。カレが無事ならワタシの犠牲も浮かべる。そう思ってました。でも……」
水池さんはそこまで言うと再びうつむき、
「『キミがそんな淫乱な女だとは思わなかった』……。あんなヒドイめにあってまで助けたはずのあのヒトは、まるで汚いモノでも見るかのような侮蔑の眼差しをワタシに向けてそう言ったんです!」
ボロボロと大粒の涙を流しながら語った。
「ッ!!」
俺は思わず息を呑んだ。
ありえない。あってはならないことだと思った。
彼女はカレの身代わりとなって男たちに乱暴されたのだ。懸命に慰め、平静を取り戻せるまで常に彼女に寄り添うのが当然のはずだ。
「……それでワタシ、一方的にセンパイに別れを告げられたんです。『もうオレに関わらないでくれ』って……」
「それは……」
酷いと思った。
しかし、今はそれを口にするのさえも憚られた。
「辛かった。理不尽だと思った……。でも、また同じ危険がワタシに及ばないようにワザと冷たく突き放したんじゃないか、って。そう思いこもうとしたんです。でも……そんな淡い期待さえもあっけなく裏切られたんです」
彼女はそう言うと自分のスマホを操作し、そのディスプレイを俺の前に差し出して見せた。
そこに映し出されていたのは、赤いメッシュの入った黒髪をなびかせ、男性用化粧品を手にして爽やかな笑みを浮かべているひとりの青年だった。
そして俺は、彼を知っている。正確に言えば、テレビなどでよく目にしていた。
「これは……阿久沢サトルですよね?」
俺の問いに彼女はコクリとうなずいた。
阿久沢サトルは去年、大手アイドルプロダクションの『カインド・プロ』に所属すると、その甘いマスクで女性からの絶大な人気を博し、今や複数のレギュラー番組をかかえるほどの超売れっ子アイドルである。
「この阿久沢サトルが……ワタシが付き合っていたセンパイなんです」
「えッ!?」
俺は驚いた。と同時に、この男ならそのような非道なことをしても不思議では無い、と得心がいった。
実は芸能界の中では女癖の悪さなど彼に関する黒い噂が耐えず、所属事務所もそのスキャンダルを揉み消すのに相当な額の金を注ぎ込んでいるとのことだ。
「センパイのことも、あの忌まわしい事件のことも、ワタシは必死に忘れようとしました。だけど……この人をテレビの中で見かけた時、気づいてしまったんです。もしも事件が公になったら事務所との契約が不利に働く恐れがあった。だから、ワタシは都合良く切り捨てられたんだって……」
彼女は肩をわなわなと震わせながら、怒りと悔恨をにじませる。
「あの男がテレビの中でこれまで抱いてきた女の話を自慢げに語るのを見て、ワタシは自分自身の愚かさにこの身が引きちぎれる思いでした。結局ワタシは、彼に抱かれた女のひとりに過ぎなかった。彼にとって抱いた女の数はただのステータスに過ぎなかったんだって! だからワタシは……。ワタシはッ!!」
次の瞬間、俺は無意識の内に身を乗り出すと彼女の頭を自分の胸へと抱き寄せていた。
「……え?」
彼女は戸惑いの声を上げる。
「いろいろと聞かせてくださってありがとうございます。辛かったでしょう。苦しかったでしょう。でも、もうご自身を責めないでください。貴女が大切な人を守ろうと必死だったことは事実ですし、たとえ体がどれほど汚されようとも、その心は強く、気高く、美しいままです」
「プロデューサー……さん」
彼女は嗚咽を漏らし、やがてそれは慟哭となる。
赤子のように泣きじゃくる彼女を、俺はただそっと抱きしめていた。
「水池さん。貴女の願いを……阿久沢サトルへの『復讐』を、これからは俺もお手伝いさせていただきます」
そしてしばらくして彼女が落ち着きを取り戻したころ、俺は切り出した。
「え? ホントですか?」
俺の言葉に、彼女は大きく身を乗り出す。
「とはいえ、阿久沢サトルは大手プロダクションの傘に護られている存在です。俺たちのような弱小プロダクションでは到底太刀打ちはできません」
「そう……ですよね」
水池さんはその言葉を聞いて途端にしょげてしまう。
「ですが、水池さんがセックスアイドルとしての知名度を高め、アナタのことに気づいた阿久沢がこちらに接近してきたなら、もしかしたら打つ手はあるかも知れません」
「ホントですか!?」
今度はパァッと花が咲いたような穏やかな笑みを浮かべる。本当の彼女はこんなにも感情豊かで楽しいコなんだと、俺は改めて実感する。
「はい。ですので水池さんにはまず一歩一歩階段を昇っていってもらわなければなりません」
「はい、がんばりますッ!!」
やる気に満ちたガッツポーズを見せる。
──そうだ。もうあんな思いをするのはたくさんだ。
俺は彼女のためにも、そして俺自身のためにも彼女に本懐を遂げさせようと誓うのだった。
「それでは、来週発売されるデビュー曲に紐づけさせるイベントの内容に関してですが──」
まず最初の一歩を踏み出すために、俺たちは2人で納得がいくまでじっくりと話し合ったのだった。
♢
水池さくらさんのデビューシングル『I don’t know??』が発売されてから一週間が経った──
今日はその購入者に付属されているイベント参加申し込み券の期限日だ。
「20:00を経過。イベント申し込みを締め切りました」
俺はパソコンの時計を確認し、イベント申し込みの受付システムを終了させる。
俺の背後には水池さんと社長が固唾を呑んでそれを見守っており、受付終了と同時にどっと脱力する。
「それでマサオミ。結局CDのセールスはどうだったんだ?」
「焦らないでください。今から順を追ってお伝えしますので」
当人である水池さんよりもソワソワと落ち着きの無い社長の姿に、俺は思わず苦笑する。
「では、『I don’t know??』の一週間でのセールスですが……」
俺は少し間を置いてから、
「……57です」
その数値を読み上げる。
「57……57か」
社長が落胆気味にその数値を連呼する。
「あの……よくわからないんですけど、57って少ないんですか?」
キョトンとした表情で俺と社長を交互に見やりながら、水池さんが訊ねる。
「新人で、しかもデジタル限定配信で57枚売れたのですから、決して悪くはありませんよ」
「そ、そうなんですか?」
「はい。それに前も言いましたが今回はセールスを気にする必要はありません。むしろ、それに付随させたイベントを成功させることの方が重要なのです」
俺は水池さんの肩にポンと手を乗せ、そう力説する。
「プロデューサーさん……」
「水池さん……」
俺たちはそのまま見つめ合う──
「ゲフンッ!」
こともできず、社長の咳払いで我に返った俺は慌ててデスクに戻る。
「それで、そのイベントの申し込みはどれくらいあったんだ?」
「はい。イベント申し込み件数は……52です!」
俺はその数値を興奮をもって読み上げた。
というのも、今回のイベントは観覧者だけでも定員が30人となっているため、是が非でもそれ以上の数値の申し込みを願っていたからだ。
「良かった。それじゃあ、今回は定員割れしなかったんですよね!?」
その思いは水池さんも同じだったようで、彼女も喜色をあらわにしている。
「そうです。今回はこの52人の中からまず30人を抽選で選び、さらにその30人の中から──」
「5人のVIPを選出する……ですよね?」
俺の説明を補足するように彼女は語り、そして真剣な眼差しで確認をする。
俺はコクリとうなずいた。
今回のイベント──
それは、小さな野外ステージに当選定員30名を招待し、その前で水池さんがデビュー曲を披露する。そしてこの後、VIP当選した5名がステージに登壇しそこで……水池さんは約30名の観覧者の目の前でその5名の男とセックスをするのだ。
話し合いをしていた時、彼女に本番行為はまだ早いと思った。しかし、それでも彼女は是非にと折れなかった。
そして、相手の数が『5』なのは、前回のイベントで定員数『5』に満たなかったことへのリベンジと、彼女を輪姦した男の数とあえて同じにすることで、彼女がその忌まわしい過去と対峙し、それを乗り越えるためだった。
「それにしても社長。よく会場を抑えられましたね? 『稲城ポートランド』って、なかなか会場借りるの難しかったでしょうに」
「そうだろう? キミたち感謝したまえよ」
俺の言葉に社長はドヤ顔でふんぞり返った後で、
「まあ、実を言うと『稲城ポートランド』を運営している藤崎コーポレーションはウチらSGIプロダクションと同じく『星神財閥』の子会社だから、結構融通は利くんだよ」
笑いながらタネ明かしをする。
「そうだったんですか。では今度、藤崎コーポレーションの方にお礼に参らねばなりませんね」
「ああ、いや、アタシが平身低頭、懇切丁寧に礼を述べておいたので、キミが気にすることは無い」
社長はそう言って俺の肩をポンポンと叩く。
「そうですか……」
「それよりも、せっかくの舞台だ。今度はきっちり成功させてくれたまえよ?」
「わかりました」
「はい、がんばります!」
社長の檄を粋に感じ、俺と水池さんはしかと決意を表明するのだった。
俺は──
かける言葉が見つからなかった。
胸糞が悪くなる話で、反吐が出そうだ。
以前社長が感じ取った水池さんの心の闇の正体は、あまりにも凄惨な凌辱劇だったのだ。
と同時に、彼女が以前、『5』という数字に過剰な反応を示した理由がようやく判明した。
それは、彼女を凌辱した男の数だったのだ。
「……プロデューサーさん。ワタシは『復讐』がしたいんです。そのために、セックスアイドルになったんです」
感情の無い小さな声で、彼女は言った。
「『復讐』……。それは貴女を犯した男たちに対してですか?」
水池さんを凌辱した5人の男たちはまだ捕まっておらず、彼女はセックスアイドルとして名を挙げてその男たちを誘き出そうとしている──
俺はそう考えた。
しかし、彼女は静かにかぶりを振った。
「あの5人の男たちは、ワタシを犯してすぐに捕まりました。そして──」
すぐ死刑になりました──
淡々とした口調で彼女はそう告げた。
5年前の『性的搾取禁止法』の制定と共に刑法も改正され、それによって女性に対する痴漢や強姦は如何なる理由があろうとも死刑、または加害者が18歳未満であった場合は宮刑(去勢)に処される。
それは『性的搾取禁止法』を推し進めた人権団体がその次に熱心に訴えていたものであり、当時はかなりの論争を巻き起こした一転機だった。
「では、水池さんが『復讐』したい相手というのは……?」
「……元カレだったセンパイです」
彼女はようやく顔を上げ、ガラスのように無機質な瞳を向けてそう言ったのだ。
それは意外だった。
彼女の話を聞いた限りでは、頼りは無さそうだが悪い男では無い印象だったのだが。
「そういえばその事件の後、カレとはどうなったのですか?」
「センパイは結局、男たちから暴行を受けることなく無事に解放されました。ワタシはカレを護ることが出来て良かった。カレが無事ならワタシの犠牲も浮かべる。そう思ってました。でも……」
水池さんはそこまで言うと再びうつむき、
「『キミがそんな淫乱な女だとは思わなかった』……。あんなヒドイめにあってまで助けたはずのあのヒトは、まるで汚いモノでも見るかのような侮蔑の眼差しをワタシに向けてそう言ったんです!」
ボロボロと大粒の涙を流しながら語った。
「ッ!!」
俺は思わず息を呑んだ。
ありえない。あってはならないことだと思った。
彼女はカレの身代わりとなって男たちに乱暴されたのだ。懸命に慰め、平静を取り戻せるまで常に彼女に寄り添うのが当然のはずだ。
「……それでワタシ、一方的にセンパイに別れを告げられたんです。『もうオレに関わらないでくれ』って……」
「それは……」
酷いと思った。
しかし、今はそれを口にするのさえも憚られた。
「辛かった。理不尽だと思った……。でも、また同じ危険がワタシに及ばないようにワザと冷たく突き放したんじゃないか、って。そう思いこもうとしたんです。でも……そんな淡い期待さえもあっけなく裏切られたんです」
彼女はそう言うと自分のスマホを操作し、そのディスプレイを俺の前に差し出して見せた。
そこに映し出されていたのは、赤いメッシュの入った黒髪をなびかせ、男性用化粧品を手にして爽やかな笑みを浮かべているひとりの青年だった。
そして俺は、彼を知っている。正確に言えば、テレビなどでよく目にしていた。
「これは……阿久沢サトルですよね?」
俺の問いに彼女はコクリとうなずいた。
阿久沢サトルは去年、大手アイドルプロダクションの『カインド・プロ』に所属すると、その甘いマスクで女性からの絶大な人気を博し、今や複数のレギュラー番組をかかえるほどの超売れっ子アイドルである。
「この阿久沢サトルが……ワタシが付き合っていたセンパイなんです」
「えッ!?」
俺は驚いた。と同時に、この男ならそのような非道なことをしても不思議では無い、と得心がいった。
実は芸能界の中では女癖の悪さなど彼に関する黒い噂が耐えず、所属事務所もそのスキャンダルを揉み消すのに相当な額の金を注ぎ込んでいるとのことだ。
「センパイのことも、あの忌まわしい事件のことも、ワタシは必死に忘れようとしました。だけど……この人をテレビの中で見かけた時、気づいてしまったんです。もしも事件が公になったら事務所との契約が不利に働く恐れがあった。だから、ワタシは都合良く切り捨てられたんだって……」
彼女は肩をわなわなと震わせながら、怒りと悔恨をにじませる。
「あの男がテレビの中でこれまで抱いてきた女の話を自慢げに語るのを見て、ワタシは自分自身の愚かさにこの身が引きちぎれる思いでした。結局ワタシは、彼に抱かれた女のひとりに過ぎなかった。彼にとって抱いた女の数はただのステータスに過ぎなかったんだって! だからワタシは……。ワタシはッ!!」
次の瞬間、俺は無意識の内に身を乗り出すと彼女の頭を自分の胸へと抱き寄せていた。
「……え?」
彼女は戸惑いの声を上げる。
「いろいろと聞かせてくださってありがとうございます。辛かったでしょう。苦しかったでしょう。でも、もうご自身を責めないでください。貴女が大切な人を守ろうと必死だったことは事実ですし、たとえ体がどれほど汚されようとも、その心は強く、気高く、美しいままです」
「プロデューサー……さん」
彼女は嗚咽を漏らし、やがてそれは慟哭となる。
赤子のように泣きじゃくる彼女を、俺はただそっと抱きしめていた。
「水池さん。貴女の願いを……阿久沢サトルへの『復讐』を、これからは俺もお手伝いさせていただきます」
そしてしばらくして彼女が落ち着きを取り戻したころ、俺は切り出した。
「え? ホントですか?」
俺の言葉に、彼女は大きく身を乗り出す。
「とはいえ、阿久沢サトルは大手プロダクションの傘に護られている存在です。俺たちのような弱小プロダクションでは到底太刀打ちはできません」
「そう……ですよね」
水池さんはその言葉を聞いて途端にしょげてしまう。
「ですが、水池さんがセックスアイドルとしての知名度を高め、アナタのことに気づいた阿久沢がこちらに接近してきたなら、もしかしたら打つ手はあるかも知れません」
「ホントですか!?」
今度はパァッと花が咲いたような穏やかな笑みを浮かべる。本当の彼女はこんなにも感情豊かで楽しいコなんだと、俺は改めて実感する。
「はい。ですので水池さんにはまず一歩一歩階段を昇っていってもらわなければなりません」
「はい、がんばりますッ!!」
やる気に満ちたガッツポーズを見せる。
──そうだ。もうあんな思いをするのはたくさんだ。
俺は彼女のためにも、そして俺自身のためにも彼女に本懐を遂げさせようと誓うのだった。
「それでは、来週発売されるデビュー曲に紐づけさせるイベントの内容に関してですが──」
まず最初の一歩を踏み出すために、俺たちは2人で納得がいくまでじっくりと話し合ったのだった。
♢
水池さくらさんのデビューシングル『I don’t know??』が発売されてから一週間が経った──
今日はその購入者に付属されているイベント参加申し込み券の期限日だ。
「20:00を経過。イベント申し込みを締め切りました」
俺はパソコンの時計を確認し、イベント申し込みの受付システムを終了させる。
俺の背後には水池さんと社長が固唾を呑んでそれを見守っており、受付終了と同時にどっと脱力する。
「それでマサオミ。結局CDのセールスはどうだったんだ?」
「焦らないでください。今から順を追ってお伝えしますので」
当人である水池さんよりもソワソワと落ち着きの無い社長の姿に、俺は思わず苦笑する。
「では、『I don’t know??』の一週間でのセールスですが……」
俺は少し間を置いてから、
「……57です」
その数値を読み上げる。
「57……57か」
社長が落胆気味にその数値を連呼する。
「あの……よくわからないんですけど、57って少ないんですか?」
キョトンとした表情で俺と社長を交互に見やりながら、水池さんが訊ねる。
「新人で、しかもデジタル限定配信で57枚売れたのですから、決して悪くはありませんよ」
「そ、そうなんですか?」
「はい。それに前も言いましたが今回はセールスを気にする必要はありません。むしろ、それに付随させたイベントを成功させることの方が重要なのです」
俺は水池さんの肩にポンと手を乗せ、そう力説する。
「プロデューサーさん……」
「水池さん……」
俺たちはそのまま見つめ合う──
「ゲフンッ!」
こともできず、社長の咳払いで我に返った俺は慌ててデスクに戻る。
「それで、そのイベントの申し込みはどれくらいあったんだ?」
「はい。イベント申し込み件数は……52です!」
俺はその数値を興奮をもって読み上げた。
というのも、今回のイベントは観覧者だけでも定員が30人となっているため、是が非でもそれ以上の数値の申し込みを願っていたからだ。
「良かった。それじゃあ、今回は定員割れしなかったんですよね!?」
その思いは水池さんも同じだったようで、彼女も喜色をあらわにしている。
「そうです。今回はこの52人の中からまず30人を抽選で選び、さらにその30人の中から──」
「5人のVIPを選出する……ですよね?」
俺の説明を補足するように彼女は語り、そして真剣な眼差しで確認をする。
俺はコクリとうなずいた。
今回のイベント──
それは、小さな野外ステージに当選定員30名を招待し、その前で水池さんがデビュー曲を披露する。そしてこの後、VIP当選した5名がステージに登壇しそこで……水池さんは約30名の観覧者の目の前でその5名の男とセックスをするのだ。
話し合いをしていた時、彼女に本番行為はまだ早いと思った。しかし、それでも彼女は是非にと折れなかった。
そして、相手の数が『5』なのは、前回のイベントで定員数『5』に満たなかったことへのリベンジと、彼女を輪姦した男の数とあえて同じにすることで、彼女がその忌まわしい過去と対峙し、それを乗り越えるためだった。
「それにしても社長。よく会場を抑えられましたね? 『稲城ポートランド』って、なかなか会場借りるの難しかったでしょうに」
「そうだろう? キミたち感謝したまえよ」
俺の言葉に社長はドヤ顔でふんぞり返った後で、
「まあ、実を言うと『稲城ポートランド』を運営している藤崎コーポレーションはウチらSGIプロダクションと同じく『星神財閥』の子会社だから、結構融通は利くんだよ」
笑いながらタネ明かしをする。
「そうだったんですか。では今度、藤崎コーポレーションの方にお礼に参らねばなりませんね」
「ああ、いや、アタシが平身低頭、懇切丁寧に礼を述べておいたので、キミが気にすることは無い」
社長はそう言って俺の肩をポンポンと叩く。
「そうですか……」
「それよりも、せっかくの舞台だ。今度はきっちり成功させてくれたまえよ?」
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