SEXアイドル&DEATHプロデューサー

中原星道

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チャプター1 水地さくら

12項 さくら、インターバル ~Hなし

 『稲城ポートランド』は稲城市の小高い丘の上にある遊園地だ。

 子供から大人まで遊べるアトラクションが数多くあり、夏はプール、冬はイルミネーションなど、季節を問わず楽しめる。また、人気番組とコラボしたイベントや戦隊ヒーローショーなども開催されることもあり、休日は多くの人でごった返す一大テーマパークである。

 今日ここで、水池みずちさんのCD発売記念イベントが行われる。
 いつもは戦隊ヒーローショーやトークショーなどに使われる小さな野外ステージが、その舞台だ。

 イベント開始1時間前になり、ステージ周辺にだんだんと人が集まってくる。

「わわわ、ヒトがたくさん来てますよ!」

 舞台袖からそっと様子を覗いている水池みずちさんが、驚きの声を上げる。

「まあ、たくさんと言っても今回来場できるのは30人までですから」
「それでも実際にこうして目の当たりにすると、やっぱり多いですよ~」

 そう言って苦笑する水池みずちさん。
 多少の緊張はあるだろが、今のところは冷静みたいだ。

 イベントが行われるこのステージ周辺は、一般客は近づけないように封鎖されており、イベント当選の証明書が無い限りステージへは入れない。もちろん、入場者の手荷物チェックも怠らない。イベントで盗撮や盗聴などの犯行が行われたり、それを裏サイトに流出させたりしてはならない。

 それらは、これが通常のアイドルイベントなどではなく、センシティブな内容を含んだセックスアイドルのイベントゆえの配慮だ。

 もしもこれが一般客の目に触れたり、内容が明るみになってしまうようなことになると、会社の信用のみならず業界全体の信用が揺らいでしまう。

 だから、常に厳重な警備が敷かれ、不法侵入する隙間も遠方から盗撮出来そうなスペースさえも与えないのだ。

「そう言えば水池みずちさん。その衣装、とてもお似合いですよ」

 俺は彼女の緊張を少しでも解そうと、外見を褒める。

「そうですか? ありがとうございます♪ ワタシもこの衣装、スゴく気に入っています!」

 彼女はクルリと体を回転させて衣装をひらりとなびかせ、うれしいそうにはしゃいでみせる。

 彼女のイメージカラーであるブルーを基調としたその衣装はセパレートになっており、上は肩と胸元を大胆に露出させ、下は羽のように軽やかなフレアのミニスカートとなっている。

「でも、今日はこの衣装でHなことするんですよね? こんなカワイイ衣装だから汚れちゃうのがもったいないです」
「そのために同じデザインのものを数着用意しております。お気になさらずに」

 そうなんですか、と水池みずちさんは感嘆をもらす。

 観客はアイドルである水池みずちさくらの淫らな姿を求めて来ている。だからこの衣装は、彼女がアイドルとしてのアイデンティティを得るために必要不可欠なアイテムなのだ。

 午前10時──

 ついにイベント開演の時間となった。
 メイクを済ませ、マイクを手にした水池みずちさんが舞台袖で大きく深呼吸する。

「それではお願いします!」

 スタッフが呼びかけると、

「はいッ!」

 水池みずちさんは元気よく返事をする。

「ではプロデューサーさん。行ってきます!」
「ご武運をお祈りします」

 水池みずちさんはニコリと笑って俺に敬礼し、颯爽と駆け出して行った。

「みなさーん、お待たせしましたーッ!!」

 彼女の掛け声に、会場から歓声が湧き上がる。

水池みずちさくらです! 今日はワタシのCD発売記念イベントにお越しくださいまして、ホントにありがとうございます!!」
「今日は調子イイね、みじゅちちゃーんッ!!」
「もう、それやめてくださいよぉ。ホントに恥ずかしいんだからぁ!」

 観客との掛け合いで会場から笑いが起こる。

 ──本当に成長したんだな、水池みずちさん……。

 俺は立派にアイドルをしている彼女の姿を見て、心からうれしく思った。

「それでは聞いてください。『I don’t know??』!!」

 一瞬の静寂の後、会場に曲が流れ出す。


 ♪

 I don't know even more so……


 I don't know to Your Heart

 キミのコトを知りたいの

 もっと ずっと 見つめたいの

 なのに冷たいの I don't know……


 Ah…… 昼下がりの歩道橋から 送った視線 

「ねぇ、気づいてよ……」  この想い止められそうにないの

 もうわからないよ 胸がドキドキ 

 答えのカギを握るのはキミの気持ち それともワタシのココロなの?


 I don't know to My Soul

 ワタシどうすればイイの?

 きっと キミと キスしたいの

 トモダチじゃいられないの……

 ♪


 軽快にステップを刻み、そよ風のように澄んだ歌声を奏でる彼女の姿を、俺は控室のモニター越しで見ていた。

 観客はペンライトを振りながら彼女に声援を送る。

 彼女はそれに応えるように大きく躍動し、会場のボルテージは最高潮に達した。

 やがて曲は終了し、会場から拍手と歓声が轟く。

 そしてこの後は──

 俺はひとつため息をき、控室を後にする。

「あれ? どこに行くんですか?」

 スタッフが呼びかける。

「ちょっと一服してきます」

 俺はそう言い残し、通路を進んでいったん会場の外に出る。

 俺はそこで煙草を取り出し、火を点ける。

 ふぅ、と空に向けて紫煙を吐き出す。

 彼女はこれから、VIP当選した5名の男たちとステージ上でセックスをする。30名もの観客が見ている前で。

 それがセックスアイドルの仕事だ。そんなことはわかっているし、特に感傷に浸っている訳でも無い。

 これまで数えきれないくらい同じような場面を見てきたし、そういった仕事を割り当てるのが俺の仕事なのだ。

 しかし──

 その度に、俺の心の奥底に巣食うもやもやとしたどす黒いモノが頭をもたげるのだった。

 業の深い商売だ。
 彼女たちセックスアイドルが裸体をさらして男たちの慰み者にされる度に、俺はどうしようもない喪失感とやるせなさに襲われるのだ。

 いつまでも慣れることはない、心の痛み──

 それはきっと、あの時から続いているのだろう……。

 俺は空に向けて大きくため息をく。

佐土原さどはらさん、大変です!」

 刹那、スタッフが息を切らせながら駆け込んで来る。

「どうしたんですか?」
水池みずちさんが……急に震え出してその場に座りこんでしまったんです!!」
「ッ!!」

 それを聞くやいなや、俺は駆け出していた。
 さっき通った通路を逆にたどって再び舞台袖を通ると、そのままステージ上へと抜ける。

 そこにはVIP当選した5名の男たちが困ったような様子で立ち尽くしており、彼らに囲まれるようにして、そこにうずくまっている水池みずちさんの姿があった。

「すみません、通してください!」

 俺は集団をかき分け、水池みずちさんの元へと駆けつける。

 彼女は──先ほどまでの明るい彼女ではなく、体を小刻みに震わせながら定まらない視線を虚空に漂わせるかつての水池みずちさんだった。

「あ……」

 刹那な、横に向けた目が俺の姿を捉えると、

「プロデューサーさん……ごめんなさい」

 彼女はそう言ってボロボロと涙を流し出す。
 よく見れば彼女の衣装は少しはだけており、恐らく彼らが手を触れた瞬間に過去のトラウマがフラッシュバックしてしまったのだろう。

 ──懸念していたことが起きてしまった。

 今回のイベントを行う際に一番悩んだのは、5人を同時に対応するのか、この前のイベントのようにひとりひとり対応してゆくのか、その選択だった。
 俺は彼女の心労を考え、ひとりひとり対応してゆく方をすすめたが、彼女は5人同時に対応することを決めたのだ。

 それを決意したのは、過去の忌まわし出来事と同じ経験を乗り越えることによってそのトラウマを克服したいとの強い思いがあったからに違いない。

 しかし、やはりそれは性急過ぎたと、今では後悔している。

 ──とにかく彼女を落ち着かせないと。

 俺は振り返ると、

「みなさま、申し訳ございません。水池はただいま体調不良を起こしております。少しだけ……10分だけインターバルの時間をお許しください!」

 そう述べて深々と頭を下げた。

「だ、大丈夫なのかよ?」
「まさかこれでイベント中止なんてこと無いよな?」

 会場がざわつき始める。

「万が一中止になった場合にはもちろん、チケット代などの返金対応を採らせていただきます。こちらとしてはそうならないよう最後まで全力を尽くしますので、どうかお待ちください!!」

 俺はもう1度頭を下げ、水池みずちさんを抱きかかえ上げると舞台袖へとはけてゆく。

 そして俺は控室へと入り、彼女をイスに座らせる。

「具合はどうですか?」

 俺の問いに水池みずちさんはわなわなと唇を震わせながら、

「ごめんなさい……ごめんなさい」

 うわ言のようにそう繰り返すばかりだった。

 もう無理かも知れない──

 俺は憔悴しきった彼女の姿を見て、もう諦めるしかないと思った。

 しかし、初めて会ったあの時──

 彼女は俺の意地悪な要求にも挫けることなく、それをやり遂げてみせた。

 是が非でもセックスアイドルになる──

 あの時の彼女はそんな強い意志を垣間見せていた。

 俺はまず自分を落ち着かせるために、ふぅ、とひとつ息を入れてから、静かに語り始めた。

水池みずちさん。今だから打ち明けますけど、本当は貴女を採用するつもりは無かったんです」
「……」

 虚ろなままの瞳ではあるが、彼女は視線をこちらへと向ける。

「志望動機すら語れず、心のどこかに迷いをかかえこんでいる人を、普通は採用しようとは思いません。でも俺は貴女を採用しました。何故だかわかりますか?」

 彼女は無言のままかぶりを振る。

「貴女の目が──時折見せる野獣のような鋭い眼差しが、昔の俺にすごく似ていたからです。這いつくばってでも駆け上がりたい。泥水をすすってでも生き延びたい。そんな死に物狂いを感じて俺は勝手に貴女にシンパシーを覚えていたのです」
「プロデューサーさんが……ワタシと……?」
「本当に勝手な思い込みなんですがね。でも、だからこそ俺は水池みずちさんの願いを叶えてあげたいと思っています。俺みたいに後悔して欲しく無いから」
「プロデューサーさん……」

 少しずつ、水池みずちさんの瞳にいろともり出す。

「それと、俺が水池みずちさんを採用した最大の理由は──」

 俺は大きく息を吸いこみ、

「貴女が俺の好みタイプだったからですッッッ!!!」

 部屋中に響くくらい大きな声で叫んだ。

 もちろんこれは彼女に発破をかけるための方便であり、本来プロデューサーが所属タレントにそのような個人的な感情を抱いてはならないのだ。

 水池みずちさんは目をパチクリさせてぽかんとしていたが、

「あはは、プロデューサーさん、そのコワイ顔でそんなこと言われても、フツーのコだったら泣き出して逃げ出しちゃいますよ!」

 やがて堪えきれなくなって大きな声で笑い出す。

「プロデューサーさんて見かけによらず結構Hなんですね? 社長さんとか鳴瀬なるせさんともスゴく仲良さそうだし……」
「え? いや、そんなことは……ありませんよ」

 思わぬ返しを受け、さらにはジト目で見つめられ、俺は思わずたじろいでしまう。

「……ありがとうございます、プロデューサーさん」

 彼女はフッと微笑み、イスから立ち上がると、

「ワタシも諦めたく無い。プロデューサーさんの期待にも応えたい。どこまで死に物狂いを取り戻せるかわからないけどワタシ、もう1度ステージに立ちます」

 完全に光を取り戻した瞳で訴えた。

「水池さん……」

 彼女はコクリとうなずく。

「プロデューサーさん。ひとつお願いがあります」
「何でしょう?」
「時間の許す限り……ワタシのこと、後ろから抱きしめてください」

 水池さんはそう言って俺に背中を向ける。

「こう……ですか?」

 俺は彼女を包み込むように体を寄せ、両手を彼女の胸の前へと回す。
 彼女は俺の腕に手を重ねると、

「不思議……。男のヒトに触れられるとスゴくイヤでさっきみたいになることもあるのに、プロデューサーさんにこうされているととても落ち着く……」

 目を閉じて深呼吸をする。

 俺たちはしばらくこのままでいた。言葉も無く、ただ互いの胸の鼓動を感じながら時を共有していた。

「……そろそろ時間ですね。」

 名残惜しそうにつぶやくと、彼女は俺の腕を振り解く。

 くるりと振り返ると、

「そうだ、プロデューサーさん。もうひとつだけお願い、聞いていただけますか?」

 彼女はそうたずねる。

「何でしょう?」
「ワタシのステージを……プロデューサーさんにも見て欲しい。舞台袖からワタシのことを見守っていて欲しいんです」
「え?」

 正直俺は戸惑った。

 実際に俺はこれまで、所属タレントが現場で仕事している姿を──客とセックスしている姿を直接見たことは無い。
 いな、極力見ないように努めているのだ。

 あの時の──昔のトラウマが脳裏に蘇るからだ。

 しかし、俺は水池みずちさんに協力すると誓った。彼女のために出来ることは何でもすると誓ったのだ。

「……わかりました」
「ありがとうございます! ワタシ、絶対に乗り越えて見せます!!」

 最後に満面の笑顔を残し、彼女は部屋を駆け出して行った。

 俺は眉間を──そこに深く刻み込まれた古傷を押さえながら、ゆっくりとその後を追うのだった。
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