68 / 85
第二章 迷宮都市ロベリア
068 奈落の底へ
しおりを挟む
オルガの大穴。
迷宮内のすべての階層の中心にある縦穴で、その昔、"オルガレフ=バルテス"という斥候が、探索の為に降りていき、帰ってこなかったという曰くつきの穴である。
オルガの後にも、沢山の探索者や奴隷達が、その闇の中へと飲み込まれていったが、誰一人として帰ってこなかったという……その穴に、ジグガンドさんは落ちていった。
「わ、わた、私を……受け止めた所為で、ジグガンドが、オルガの穴に……あぁああぁぁ!!」
マイアさんは、オルガの大穴の前で泣き続けている。
身に着けた皮の鎧は、オークの攻撃によってボロボロになっているが、破れた服の下からは白い肌が見え隠れしている。
とりあえずは、防御魔法のおかげで怪我はないみたいだ……とは言っても、今はとても元気とは言い難い状態だけど。
「くそっ、ジグガンドの野郎……何やってんだよ……」
エレクさんはそんなマイアさんの隣で、手に持った槍を強く握りしめ、暗く深い穴の中をじっと睨んでいる。
「お、おれ達を助けたせいで、そっちのPTの斧の人が……すまねぇあにき」
ゴルテガ君も、マック君とカイヤさんを両手で抱いたまま俯いている。
ジグガンドさんを失ってしまったせいで、みんな、お通夜みたいな雰囲気だ。
オルガの大穴……やはりここに落ちてしまっては、まず助からないということなのだろう。
そんなゴルテガ君の元へと、フラフラと杖をつきながらラウニさんが歩み寄ってくる。
「若いの……俺たちは、自分でお前らを助けると決めたんだ。だからアイツが死んだのは、お前らのせいじゃない」
そう言って、ゴルテガ君の肩をポンと叩いた。
「マイア、エレク、すぐにここを離れる準備をする。これだけ騒いで、血の匂いも撒き散らしたんだ。いつ他のモンスターが集まってきてもおかしくないからな……シーナ、オークから急いで魔核だけでも回収しておけ」
そう言った後、ラウニさんは、オルガの大穴に背を向けて、壁沿いの荷物をまとめて置いてある場所に向かって歩き出した。
「うぅう……ジグガンド……」
マイアさんは、泣き続けるばかりで、穴の前から動こうとしない。
エレクさんも、そんなマイアさんに寄り添って、立ち尽くしている。
二人とも、とても気落ちしてしまっている。
やっぱり、オルガの大穴に落ちてしまった人は助からないのだろうか?
エレクさんから聞いた話だと、最初にこの穴を調べようとした探索者オルガは、ずっと先の階層で見つかったそうじゃないか……もしかしたら、この穴は下に落ちると、上の階層へと転移するんじゃないのか?
今まで穴に落ちた人が、誰も戻ってこなかったっていうのだって、1~2階層じゃなく、10~20階層くらい先に進んでしまうせいで、モンスターが強すぎて対処できなかっただけなのかもしれない。
もしそうなら……カンストの俺なら、なんとかできるんじゃないのか?
今から急いでジグガンドさんの後を追いかければ……
そんなふう考え込んでいた俺を、怒鳴り声が現実へと引き戻した。
「シーナ! さっさとしろ!」
「は、はい!」
ラウニさんが、大声で怒鳴っている。
この十日間で、一度も大きな声を出したことのなかったラウニさんが……。
こちらに背を向けているので、顔は見えないのだが……さっきの大きな声とは裏腹に、その背中はいつもより一回り小さく、老け込んでしまったように見えた。
やっぱり平気なはず無いよな……ふたりは幼馴染で、同じ村から出てきたって言ってたから。
ジグガンドさんのことは気がかりだが、ボロボロのPTを放置して、オルガの大穴を探索に行くわけにはいかないだろう。
最低限の準備をしてからにしないと、こっちのPTが帰り道で全滅なんていうことになったら、目も当てられないからな。
そう思った俺は、とりあえず言われたとおりに、倒した2体のオークから、ナイフを使って魔核を取り出した。
いつも通りに、血濡れの魔核を布切れで綺麗にしたあと、腰につけたポーチに突っ込んだ。
作業が終わるころには、マイアさんとエレクさんも、穴から離れてラウニさんの近くに集まっていた。
ゴルテガ君も帰り支度が済んだようだ。
彼は、荷物を一つのリュックにまとめて、そのリュックにマック君を縛り付けている。
そして空いた手でカイヤさんを抱きかかえて、反対の手には大きなこん棒を持っていた。
体が大きいだけあって、力も相当強いみたいだ。
「魔核、回収出来ました」
みんなが集まっている場所に、俺もリュックを背負って近付いていく。
「ああ、それじゃあ撤収するか……俺の魔力はもう殆ど残っていない。できるだけ戦闘は少なくするぞ……いいな、マイア」
「う、うん……わかった」
返事をして、小さく頷いたマイアさんが、ノロノロとPTを先導し始める。
俺は歩き始めたPTを呼び止める。
「あの、ちょっといいですか? 念のため、一度全員に回復魔法をかけたいんですけど」
みんなが足を止め、俺の方へ視線を向けてくる。皆、一様に疲れ切って絶望した眼をしていた。
ずっと秘密にしていた俺の魔法だが、もうみんなには見られてしまったのだ。
今の戦力が欠けた状態のPTで帰路に着くというのなら、最大限に使っていったほうがいいだろう。
「魔法詠唱:エリアハイヒール」
俺が回復魔法を発動させると、俺をを中心に大きな魔法陣が現れ、全員の体に光の粒子が降り注いだ。
これでたぶん、全員回復しただろう。
みんなの怪我は、ポーションや回復魔法で殆ど治っているはずだが、これは念のためだ。
ゲームみたいに、PTメンバーのHPが表示されているわけじゃないんだ、いつも以上に気を使っていかなくては。
「これは……シーナ君、回復魔術が使えるって言ってたけど……これほどまでとはね」
エレクさんが、俺に鋭い視線を向けてくる。
やはり、怪しまれてるな。
「シーナ……あんたが、こんなに凄い魔術が使えるって最初から知ってたら……もっと他にやりようがあったのに……」
マイアさんもこちらを睨みつけてきた。
いつものように"シーナちゃん"とは呼んでくれない。
俺を睨むマイアさんの眼は、まるで敵を見るような険しい眼をしている。
「あんたが最初っからちゃんと戦ってたら、ジグガンドも死なずに済んだんじゃ……」
「やめろ!」
マイアさんのセリフを、ラウニさんが遮る。
「シーナはポーターだ、そういう契約だっただろう。それに……シーナがあの魔術を使わなかったら、俺達は、みんな死んでいたかもしれないんだぞ」
ラウニさんの言葉に、マイアさんとエレクさんはバツが悪そうに下を向く。
「すまないシーナ。お前の魔術は俺でも初めて見るような特殊なものだった……きっと秘密にしていたんだろ? 俺たちを助けるために使ってくれたこと、感謝している」
ラウニさんは、俺に向かって深々と頭を下げた。
「いえ、俺の方こそもっと早く魔法を使っていれば……」
「いや、いい。探索者になるような人間は、人に言えないことの一つや二つあるのは普通のことだ。お前は何も謝るようなことはしていない」
ラウニさんはそう言ってくれるが、俺の気は晴れない。
できればすぐに、ジグガンドさんを助けに行きたい……でも、俺はポーターとして雇われているので、荷物を放り出していくわけには……。
「あにきはポーターだったのか。すごいなぁ……おれもポーターになろうかなぁ」
しかし、そんなやり取りを見ていたゴルテガ君が、俺に話しかけてきた。
キミは全然空気を読まないね。
「ねぇあにき! おれ、まだまだ荷物持てるんだよ! どうだい? おれもポーターになれるかなあ?」
そうかそうか、まだ荷物を持てるのか……丁度良かった。それなら、持ってもらおうかな。
俺は魔法の鞄から、MPを回復するマジックポーションを3本取り出した。
「ラウニさん、これをちょっと飲んでみてくれませんか? MP……えっと、魔力が回復するポーションなんですけど……」
ラウニさんは、渡された青い液体が入った小瓶を見つめる。
「マジックポーション……シーナ君、お金が無いって言ってた割に、高価なアイテムを沢山持ってるんだね」
エレクさんがラウニさんに渡した小瓶をみて、色々とチグハグな俺にツッコミを入れてくる。
お金が無くてこんなバイトをしているのに、持っているものは高価な物ばかりなんだから……怪しいよなぁ。
「アイテムは、迷宮都市に来る前に用意したものなんですよ。ロベリアに来る旅の途中で色々あったせいで、お金は持ってないんですけどね」
「……そうかい」
「えっと……ラウニさん、どうですか?」
ラウニさんは、俺が渡したマジックポーションの蓋を開けて、一気に飲み干した。
「お、おぉ、これは……かなり回復した気がする」
「そうですか、残り2本は帰り道で必要になったら使ってください。あ、ゴルテガ君、この荷物を外に出るまで運んでもらっていいかな? 仕事料はマック君の回復に使ったポーション代と……これでどう?」
俺は背負っていたリュックをゴルテガ君に渡し、一緒にHP回復のポーションを3本渡す。
手持ちの残りはHP回復が1本とMP回復が3本だが、どうせ回復量が少ないこのポーションは、俺自身には必要のないものだ。ここは節約せずに渡しておこう。
リュックとポーションを受け取ったゴルテガ君は、カイアさんを抱き抱えている反対の手で、軽々と持ち上げてみせた。
「うん、大丈夫だよ。このくらい楽勝さぁ!」
「そっか、じゃあよろしく。このポーションは帰り道で怪我したら使ってね」
「うん、ありがとう、あにき!」
「ちょっとちょっと、何してるのよアンタ!」
マイアさんが突っかかってくる。
雇ったポーターが、PTの荷物を他の人間に渡しているのだから、当たり前の反応だろう。
「すいませんが、荷物はゴルテガ君にお願いしたんで、あとはお願いしますね」
「荷物のことを言ってるんじゃないわよ! あんた一体何するつもり!」
マイアさんが怒っているが、説得している時間もない。
必要最低限のことだけ伝えておこう。
「ポーターの給料は、リコットちゃんに渡してください。今日の分は……仕事を放棄するんで、出なくても仕方ないかもしれませんが……」
「シーナ君……もしかして君は……」
エレクさんは俺の考えに気付いたのか、驚いたような顔でこちらを見てきた。
「みなさんはこのまま帰ってください。俺はあの"オルガの大穴"を降りてみます」
俺の発言に、マイアさんは掴みかからんばかりの勢いで怒っている。
「はぁ? 何言ってんのよ! オルガの穴の説明はしてあげたじゃない、落ちたら帰ってこれないっていってるでしょう!」
「でも、オルガは上の階層で見つかったんでしょう? だったら、そこから降りてくればいいじゃないですか」
「何言ってるの、この穴が他の階層につながっているかもしれないなんて、みんな気付いているのよ! でも、どれだけ上の階層なのかわからないんだから、そんなのただの自殺行為よ!」
さっきまでこちらを敵対視していたのに、今は俺の心配をしている。
「大丈夫ですよ。今まで黙ってましたけど、こう見えて俺は結構強いですから。それじゃあ、もう行きます。そちらも気を付けて帰ってくださいね」
「ちょ、ちょっと……」
引き留めようとするマイアさんを振りほどき、俺は魔法の鞄から落下傘(フォーリングアンブレラ)を取り出しながら、オルガの大穴へと歩いていく。
「おい、シーナ!」
そんな俺の背中に、ラウニさんが声をかけてきた。
「本当に大丈夫なのか?」
「ええ、多分ですけど」
そんな俺の返事に、ラウニさんは心苦しそうな表情をした後、俺に頭を下げてきた。
「そうか……ジグガンドを頼む」
きっと、魔法が使えること以外にも、俺に秘密があることをわかっているんだろう。
ラウニさんは、俺のことを引き留めたりすることなく、ジグガンドさんのことを託してきた。
「わかりました。できる限りのことはやってみます」
そう返事をした後、傘を広げてオルガの大穴へと飛び込んだ。
「あにき~、気を付けてな~」
背後からゴルテガ君の見送りの声が聞こえてくる。
異世界最初の事件が、穴に落ちたおっさんの救出劇とは……貴族令嬢とか、冒険者仲間の女の子とかじゃないのが俺らしい。
泣いてなんか、ないんだからね!
迷宮内のすべての階層の中心にある縦穴で、その昔、"オルガレフ=バルテス"という斥候が、探索の為に降りていき、帰ってこなかったという曰くつきの穴である。
オルガの後にも、沢山の探索者や奴隷達が、その闇の中へと飲み込まれていったが、誰一人として帰ってこなかったという……その穴に、ジグガンドさんは落ちていった。
「わ、わた、私を……受け止めた所為で、ジグガンドが、オルガの穴に……あぁああぁぁ!!」
マイアさんは、オルガの大穴の前で泣き続けている。
身に着けた皮の鎧は、オークの攻撃によってボロボロになっているが、破れた服の下からは白い肌が見え隠れしている。
とりあえずは、防御魔法のおかげで怪我はないみたいだ……とは言っても、今はとても元気とは言い難い状態だけど。
「くそっ、ジグガンドの野郎……何やってんだよ……」
エレクさんはそんなマイアさんの隣で、手に持った槍を強く握りしめ、暗く深い穴の中をじっと睨んでいる。
「お、おれ達を助けたせいで、そっちのPTの斧の人が……すまねぇあにき」
ゴルテガ君も、マック君とカイヤさんを両手で抱いたまま俯いている。
ジグガンドさんを失ってしまったせいで、みんな、お通夜みたいな雰囲気だ。
オルガの大穴……やはりここに落ちてしまっては、まず助からないということなのだろう。
そんなゴルテガ君の元へと、フラフラと杖をつきながらラウニさんが歩み寄ってくる。
「若いの……俺たちは、自分でお前らを助けると決めたんだ。だからアイツが死んだのは、お前らのせいじゃない」
そう言って、ゴルテガ君の肩をポンと叩いた。
「マイア、エレク、すぐにここを離れる準備をする。これだけ騒いで、血の匂いも撒き散らしたんだ。いつ他のモンスターが集まってきてもおかしくないからな……シーナ、オークから急いで魔核だけでも回収しておけ」
そう言った後、ラウニさんは、オルガの大穴に背を向けて、壁沿いの荷物をまとめて置いてある場所に向かって歩き出した。
「うぅう……ジグガンド……」
マイアさんは、泣き続けるばかりで、穴の前から動こうとしない。
エレクさんも、そんなマイアさんに寄り添って、立ち尽くしている。
二人とも、とても気落ちしてしまっている。
やっぱり、オルガの大穴に落ちてしまった人は助からないのだろうか?
エレクさんから聞いた話だと、最初にこの穴を調べようとした探索者オルガは、ずっと先の階層で見つかったそうじゃないか……もしかしたら、この穴は下に落ちると、上の階層へと転移するんじゃないのか?
今まで穴に落ちた人が、誰も戻ってこなかったっていうのだって、1~2階層じゃなく、10~20階層くらい先に進んでしまうせいで、モンスターが強すぎて対処できなかっただけなのかもしれない。
もしそうなら……カンストの俺なら、なんとかできるんじゃないのか?
今から急いでジグガンドさんの後を追いかければ……
そんなふう考え込んでいた俺を、怒鳴り声が現実へと引き戻した。
「シーナ! さっさとしろ!」
「は、はい!」
ラウニさんが、大声で怒鳴っている。
この十日間で、一度も大きな声を出したことのなかったラウニさんが……。
こちらに背を向けているので、顔は見えないのだが……さっきの大きな声とは裏腹に、その背中はいつもより一回り小さく、老け込んでしまったように見えた。
やっぱり平気なはず無いよな……ふたりは幼馴染で、同じ村から出てきたって言ってたから。
ジグガンドさんのことは気がかりだが、ボロボロのPTを放置して、オルガの大穴を探索に行くわけにはいかないだろう。
最低限の準備をしてからにしないと、こっちのPTが帰り道で全滅なんていうことになったら、目も当てられないからな。
そう思った俺は、とりあえず言われたとおりに、倒した2体のオークから、ナイフを使って魔核を取り出した。
いつも通りに、血濡れの魔核を布切れで綺麗にしたあと、腰につけたポーチに突っ込んだ。
作業が終わるころには、マイアさんとエレクさんも、穴から離れてラウニさんの近くに集まっていた。
ゴルテガ君も帰り支度が済んだようだ。
彼は、荷物を一つのリュックにまとめて、そのリュックにマック君を縛り付けている。
そして空いた手でカイヤさんを抱きかかえて、反対の手には大きなこん棒を持っていた。
体が大きいだけあって、力も相当強いみたいだ。
「魔核、回収出来ました」
みんなが集まっている場所に、俺もリュックを背負って近付いていく。
「ああ、それじゃあ撤収するか……俺の魔力はもう殆ど残っていない。できるだけ戦闘は少なくするぞ……いいな、マイア」
「う、うん……わかった」
返事をして、小さく頷いたマイアさんが、ノロノロとPTを先導し始める。
俺は歩き始めたPTを呼び止める。
「あの、ちょっといいですか? 念のため、一度全員に回復魔法をかけたいんですけど」
みんなが足を止め、俺の方へ視線を向けてくる。皆、一様に疲れ切って絶望した眼をしていた。
ずっと秘密にしていた俺の魔法だが、もうみんなには見られてしまったのだ。
今の戦力が欠けた状態のPTで帰路に着くというのなら、最大限に使っていったほうがいいだろう。
「魔法詠唱:エリアハイヒール」
俺が回復魔法を発動させると、俺をを中心に大きな魔法陣が現れ、全員の体に光の粒子が降り注いだ。
これでたぶん、全員回復しただろう。
みんなの怪我は、ポーションや回復魔法で殆ど治っているはずだが、これは念のためだ。
ゲームみたいに、PTメンバーのHPが表示されているわけじゃないんだ、いつも以上に気を使っていかなくては。
「これは……シーナ君、回復魔術が使えるって言ってたけど……これほどまでとはね」
エレクさんが、俺に鋭い視線を向けてくる。
やはり、怪しまれてるな。
「シーナ……あんたが、こんなに凄い魔術が使えるって最初から知ってたら……もっと他にやりようがあったのに……」
マイアさんもこちらを睨みつけてきた。
いつものように"シーナちゃん"とは呼んでくれない。
俺を睨むマイアさんの眼は、まるで敵を見るような険しい眼をしている。
「あんたが最初っからちゃんと戦ってたら、ジグガンドも死なずに済んだんじゃ……」
「やめろ!」
マイアさんのセリフを、ラウニさんが遮る。
「シーナはポーターだ、そういう契約だっただろう。それに……シーナがあの魔術を使わなかったら、俺達は、みんな死んでいたかもしれないんだぞ」
ラウニさんの言葉に、マイアさんとエレクさんはバツが悪そうに下を向く。
「すまないシーナ。お前の魔術は俺でも初めて見るような特殊なものだった……きっと秘密にしていたんだろ? 俺たちを助けるために使ってくれたこと、感謝している」
ラウニさんは、俺に向かって深々と頭を下げた。
「いえ、俺の方こそもっと早く魔法を使っていれば……」
「いや、いい。探索者になるような人間は、人に言えないことの一つや二つあるのは普通のことだ。お前は何も謝るようなことはしていない」
ラウニさんはそう言ってくれるが、俺の気は晴れない。
できればすぐに、ジグガンドさんを助けに行きたい……でも、俺はポーターとして雇われているので、荷物を放り出していくわけには……。
「あにきはポーターだったのか。すごいなぁ……おれもポーターになろうかなぁ」
しかし、そんなやり取りを見ていたゴルテガ君が、俺に話しかけてきた。
キミは全然空気を読まないね。
「ねぇあにき! おれ、まだまだ荷物持てるんだよ! どうだい? おれもポーターになれるかなあ?」
そうかそうか、まだ荷物を持てるのか……丁度良かった。それなら、持ってもらおうかな。
俺は魔法の鞄から、MPを回復するマジックポーションを3本取り出した。
「ラウニさん、これをちょっと飲んでみてくれませんか? MP……えっと、魔力が回復するポーションなんですけど……」
ラウニさんは、渡された青い液体が入った小瓶を見つめる。
「マジックポーション……シーナ君、お金が無いって言ってた割に、高価なアイテムを沢山持ってるんだね」
エレクさんがラウニさんに渡した小瓶をみて、色々とチグハグな俺にツッコミを入れてくる。
お金が無くてこんなバイトをしているのに、持っているものは高価な物ばかりなんだから……怪しいよなぁ。
「アイテムは、迷宮都市に来る前に用意したものなんですよ。ロベリアに来る旅の途中で色々あったせいで、お金は持ってないんですけどね」
「……そうかい」
「えっと……ラウニさん、どうですか?」
ラウニさんは、俺が渡したマジックポーションの蓋を開けて、一気に飲み干した。
「お、おぉ、これは……かなり回復した気がする」
「そうですか、残り2本は帰り道で必要になったら使ってください。あ、ゴルテガ君、この荷物を外に出るまで運んでもらっていいかな? 仕事料はマック君の回復に使ったポーション代と……これでどう?」
俺は背負っていたリュックをゴルテガ君に渡し、一緒にHP回復のポーションを3本渡す。
手持ちの残りはHP回復が1本とMP回復が3本だが、どうせ回復量が少ないこのポーションは、俺自身には必要のないものだ。ここは節約せずに渡しておこう。
リュックとポーションを受け取ったゴルテガ君は、カイアさんを抱き抱えている反対の手で、軽々と持ち上げてみせた。
「うん、大丈夫だよ。このくらい楽勝さぁ!」
「そっか、じゃあよろしく。このポーションは帰り道で怪我したら使ってね」
「うん、ありがとう、あにき!」
「ちょっとちょっと、何してるのよアンタ!」
マイアさんが突っかかってくる。
雇ったポーターが、PTの荷物を他の人間に渡しているのだから、当たり前の反応だろう。
「すいませんが、荷物はゴルテガ君にお願いしたんで、あとはお願いしますね」
「荷物のことを言ってるんじゃないわよ! あんた一体何するつもり!」
マイアさんが怒っているが、説得している時間もない。
必要最低限のことだけ伝えておこう。
「ポーターの給料は、リコットちゃんに渡してください。今日の分は……仕事を放棄するんで、出なくても仕方ないかもしれませんが……」
「シーナ君……もしかして君は……」
エレクさんは俺の考えに気付いたのか、驚いたような顔でこちらを見てきた。
「みなさんはこのまま帰ってください。俺はあの"オルガの大穴"を降りてみます」
俺の発言に、マイアさんは掴みかからんばかりの勢いで怒っている。
「はぁ? 何言ってんのよ! オルガの穴の説明はしてあげたじゃない、落ちたら帰ってこれないっていってるでしょう!」
「でも、オルガは上の階層で見つかったんでしょう? だったら、そこから降りてくればいいじゃないですか」
「何言ってるの、この穴が他の階層につながっているかもしれないなんて、みんな気付いているのよ! でも、どれだけ上の階層なのかわからないんだから、そんなのただの自殺行為よ!」
さっきまでこちらを敵対視していたのに、今は俺の心配をしている。
「大丈夫ですよ。今まで黙ってましたけど、こう見えて俺は結構強いですから。それじゃあ、もう行きます。そちらも気を付けて帰ってくださいね」
「ちょ、ちょっと……」
引き留めようとするマイアさんを振りほどき、俺は魔法の鞄から落下傘(フォーリングアンブレラ)を取り出しながら、オルガの大穴へと歩いていく。
「おい、シーナ!」
そんな俺の背中に、ラウニさんが声をかけてきた。
「本当に大丈夫なのか?」
「ええ、多分ですけど」
そんな俺の返事に、ラウニさんは心苦しそうな表情をした後、俺に頭を下げてきた。
「そうか……ジグガンドを頼む」
きっと、魔法が使えること以外にも、俺に秘密があることをわかっているんだろう。
ラウニさんは、俺のことを引き留めたりすることなく、ジグガンドさんのことを託してきた。
「わかりました。できる限りのことはやってみます」
そう返事をした後、傘を広げてオルガの大穴へと飛び込んだ。
「あにき~、気を付けてな~」
背後からゴルテガ君の見送りの声が聞こえてくる。
異世界最初の事件が、穴に落ちたおっさんの救出劇とは……貴族令嬢とか、冒険者仲間の女の子とかじゃないのが俺らしい。
泣いてなんか、ないんだからね!
0
あなたにおすすめの小説
魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした
たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。
死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる