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プロローグ
境界線を越える夜
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雨はまだ、降り止まない。
倉庫街を後にした黒塗りのセダンは、水しぶきを上げて首都高速を疾走していた。
後部座席には、久藤厳と朝霧湊が並んで座っている。
湊は窓ガラスに額を押し付け、流れる夜景をぼんやりと眺めていた。煌めく東京のネオン。いつもと変わらない景色のはずなのに、それはまるで異国の風景のように遠く感じられた。
「……怖じ気づいたか?」
沈黙を破ったのは、隣に座る厳だった。
その声には、湊を試すような響きが含まれている。
湊はゆっくりと視線を戻した。厳のスーツには、先ほどの乱闘で付着した誰かの血が、どす黒い染みとなってこびりついている。
以前の湊なら、その血を見ただけで震え上がっていただろう。けれど今は、不思議と恐怖はなかった。
その血は、厳が自分を守るために流させたものだからだ。
「ううん。……ただ、考えてただけ。」
「何をだ?」
「明日から、もう『あやめ古書店』の店番はできないんだなって。」
湊が小さく笑うと、厳は眉間の皺を深くした。
「……後悔しているなら、今ここで降りろ。金なら一生遊んで暮らせるだけやる。名前を変えて、どこか知らない土地へ行けば――」
「嫌だ。」
湊は厳の言葉を遮った。
そして、厳の無骨な手を、自分の両手で包み込むように握りしめる。
その手は熱く、そして微かに震えていた。この最強の男でさえ、湊を巻き込むことに迷いを感じているのだ。
「俺はもう選んだよ。厳が地獄に行くなら、俺が先導してあげる」
「……ハッ。口だけは達者になったな。」
厳が口の端を吊り上げ、凶悪で、けれどどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
彼は空いている方の手で湊の顎を掬い上げると、深海のような瞳で湊を射抜いた。
「いいか、湊。ここから先は、俺の背中に隠れているだけじゃ済まない。」
「分かってる。」
「血を見ることもある。裏切られることもある。……それでも、俺の手を離さないと言えるか?」
それは、愛の言葉というよりは、共犯者としての「血の契約」だった。
湊は真っ直ぐに厳を見つめ返し、はっきりと答えた。
「離さない。……たとえ、世界中が敵に回っても。」
厳の瞳が揺らぐ。
次の瞬間、噛みつくような激しいキスが湊の唇を塞いだ。血と硝煙、そして雨の匂いが混じり合う、危険な味。
車は料金所を通過し、都心の摩天楼へと滑り込んでいく。
バックミラーに映る自分の顔は、もう「気弱な書店員」の顔ではなかった。
雨に濡れた鴉は、もう震えない。
嵐の中を飛ぶ覚悟を決めたのだ。
行き先は、地上200メートルの要塞――「硝子の城」。
二人だけの、そして世界への反逆のための、新しい戦争が始まろうとしていた。
倉庫街を後にした黒塗りのセダンは、水しぶきを上げて首都高速を疾走していた。
後部座席には、久藤厳と朝霧湊が並んで座っている。
湊は窓ガラスに額を押し付け、流れる夜景をぼんやりと眺めていた。煌めく東京のネオン。いつもと変わらない景色のはずなのに、それはまるで異国の風景のように遠く感じられた。
「……怖じ気づいたか?」
沈黙を破ったのは、隣に座る厳だった。
その声には、湊を試すような響きが含まれている。
湊はゆっくりと視線を戻した。厳のスーツには、先ほどの乱闘で付着した誰かの血が、どす黒い染みとなってこびりついている。
以前の湊なら、その血を見ただけで震え上がっていただろう。けれど今は、不思議と恐怖はなかった。
その血は、厳が自分を守るために流させたものだからだ。
「ううん。……ただ、考えてただけ。」
「何をだ?」
「明日から、もう『あやめ古書店』の店番はできないんだなって。」
湊が小さく笑うと、厳は眉間の皺を深くした。
「……後悔しているなら、今ここで降りろ。金なら一生遊んで暮らせるだけやる。名前を変えて、どこか知らない土地へ行けば――」
「嫌だ。」
湊は厳の言葉を遮った。
そして、厳の無骨な手を、自分の両手で包み込むように握りしめる。
その手は熱く、そして微かに震えていた。この最強の男でさえ、湊を巻き込むことに迷いを感じているのだ。
「俺はもう選んだよ。厳が地獄に行くなら、俺が先導してあげる」
「……ハッ。口だけは達者になったな。」
厳が口の端を吊り上げ、凶悪で、けれどどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
彼は空いている方の手で湊の顎を掬い上げると、深海のような瞳で湊を射抜いた。
「いいか、湊。ここから先は、俺の背中に隠れているだけじゃ済まない。」
「分かってる。」
「血を見ることもある。裏切られることもある。……それでも、俺の手を離さないと言えるか?」
それは、愛の言葉というよりは、共犯者としての「血の契約」だった。
湊は真っ直ぐに厳を見つめ返し、はっきりと答えた。
「離さない。……たとえ、世界中が敵に回っても。」
厳の瞳が揺らぐ。
次の瞬間、噛みつくような激しいキスが湊の唇を塞いだ。血と硝煙、そして雨の匂いが混じり合う、危険な味。
車は料金所を通過し、都心の摩天楼へと滑り込んでいく。
バックミラーに映る自分の顔は、もう「気弱な書店員」の顔ではなかった。
雨に濡れた鴉は、もう震えない。
嵐の中を飛ぶ覚悟を決めたのだ。
行き先は、地上200メートルの要塞――「硝子の城」。
二人だけの、そして世界への反逆のための、新しい戦争が始まろうとしていた。
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