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第1話
硝子の城
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地上200メートル。都心を睥睨するタワーマンションの最上階。
それが、久藤厳と俺――朝霧湊の、新たな「隠れ家」だった。
以前のマンションとは比較にならないほど堅牢なセキュリティ。直通エレベーターには指紋と虹彩認証が必要で、エントランスには常に屈強な組員が2人、警備会社を装って張り付いている。
ここは愛の巣というよりは、要塞だ。
朝、俺は淹れたてのコーヒーの香りに包まれていた。
キッチンからリビングに目を向けると、巨大な窓辺に厳が立っていた。以前よりもひと回り厚みを増した背中が、仕立ての良いスーツの生地を張り詰めさせている。
「……ああ、分かった。引き続き監視を続けろ。」
厳が短く告げて電話を切る。その声の低さは、ここが戦場であることを思い出させる。
「厳、コーヒー入ったよ。」
俺が声をかけると、厳が振り返った。その目つきは鋭いままだが、俺を認めると、ふっと柔らかい色を帯びる。
「すまん。朝から騒々しくてな。」
「別に。……霧島のこと?」
俺がカップを差し出しながら尋ねる。あの日以来、俺はもう目を逸らさない。自分たちが置かれている状況から逃げないと決めたからだ。
以前の「私」なら、不安で泣きそうな顔をしていただろう。だが今の「俺」は、この状況を厳と共に飲み込む覚悟ができている。
「ああ。ネズミのように逃げ回っているようだ。だが、奴の背後には『関西』がいる。」
関西の本家。久藤組の上部組織であり、日本の裏社会を牛耳る巨大な影。
厳が俺を選んだことは、その本家への明確な反逆を意味していた。
「昨夜、本家から『使者』が来た。」
厳がコーヒーを1口飲み、静かに告げる。
「使者?」
「ああ。『1週間以内に身辺を整理し、大阪の本家へ出頭しろ』とな。」
身辺整理。それは遠回しに「湊を始末しろ」という意味だ。出頭すれば、厳もただでは済まないだろう。破門か、あるいは死か。
「……で、断ったんでしょ?」
「当然だ。俺の組(シマ)と、俺の選んだ相手に指図はさせん。」
厳がカップを置き、俺の腰を引き寄せた。
その腕の力強さは変わらない。だが、その奥にある焦燥感のようなものを、俺は敏感に感じ取っていた。厳は、自分1人で全てを背負い込もうとしている。
「厳。俺にもできることがあるなら言ってよ。」
俺が厳の厚い胸板に手を当てて言うと、厳は少し驚いたように目を丸くし、やがて低く笑った。
「……随分と、男の顔をするようになったな。」
「誰かさんの影響だよ。もう、ただ守られて震えてるだけのガキじゃない。」
俺が真っ直ぐに見つめ返すと、厳の瞳に昏い情欲の炎と、信頼の色が灯った。
「そうか。なら、ついて来い。」
厳はソファのクッションの下から、重厚な金属の塊を取り出した。
小型の拳銃だ。黒く、冷たく光っている。
「……使い方は教えてあるな?」
「うん。」
「今日から片時も離すな。俺以外の人間がこの部屋に入ってきたら、迷わず撃て。」
厳が銃把を俺に向ける。
俺はその冷たい鉄塊を受け取り、掌に感じる重みを噛み締めた。
これは人を殺める道具だ。だが同時に、厳の背中を守るための唯一の牙でもある。
「分かった。……預かるよ。」
俺は銃を腰のホルスターに収め、ジャケットを羽織った。
「行くぞ、湊。」
「うん。」
厳が歩き出し、俺はその隣に並ぶ。
これから向かうのは、本家の手先が潜む埠頭の倉庫だ。
硝子の城を出て、雨の降りしきる戦場へ。
俺たちの「狩り」の時間が始まろうとしていた。
それが、久藤厳と俺――朝霧湊の、新たな「隠れ家」だった。
以前のマンションとは比較にならないほど堅牢なセキュリティ。直通エレベーターには指紋と虹彩認証が必要で、エントランスには常に屈強な組員が2人、警備会社を装って張り付いている。
ここは愛の巣というよりは、要塞だ。
朝、俺は淹れたてのコーヒーの香りに包まれていた。
キッチンからリビングに目を向けると、巨大な窓辺に厳が立っていた。以前よりもひと回り厚みを増した背中が、仕立ての良いスーツの生地を張り詰めさせている。
「……ああ、分かった。引き続き監視を続けろ。」
厳が短く告げて電話を切る。その声の低さは、ここが戦場であることを思い出させる。
「厳、コーヒー入ったよ。」
俺が声をかけると、厳が振り返った。その目つきは鋭いままだが、俺を認めると、ふっと柔らかい色を帯びる。
「すまん。朝から騒々しくてな。」
「別に。……霧島のこと?」
俺がカップを差し出しながら尋ねる。あの日以来、俺はもう目を逸らさない。自分たちが置かれている状況から逃げないと決めたからだ。
以前の「私」なら、不安で泣きそうな顔をしていただろう。だが今の「俺」は、この状況を厳と共に飲み込む覚悟ができている。
「ああ。ネズミのように逃げ回っているようだ。だが、奴の背後には『関西』がいる。」
関西の本家。久藤組の上部組織であり、日本の裏社会を牛耳る巨大な影。
厳が俺を選んだことは、その本家への明確な反逆を意味していた。
「昨夜、本家から『使者』が来た。」
厳がコーヒーを1口飲み、静かに告げる。
「使者?」
「ああ。『1週間以内に身辺を整理し、大阪の本家へ出頭しろ』とな。」
身辺整理。それは遠回しに「湊を始末しろ」という意味だ。出頭すれば、厳もただでは済まないだろう。破門か、あるいは死か。
「……で、断ったんでしょ?」
「当然だ。俺の組(シマ)と、俺の選んだ相手に指図はさせん。」
厳がカップを置き、俺の腰を引き寄せた。
その腕の力強さは変わらない。だが、その奥にある焦燥感のようなものを、俺は敏感に感じ取っていた。厳は、自分1人で全てを背負い込もうとしている。
「厳。俺にもできることがあるなら言ってよ。」
俺が厳の厚い胸板に手を当てて言うと、厳は少し驚いたように目を丸くし、やがて低く笑った。
「……随分と、男の顔をするようになったな。」
「誰かさんの影響だよ。もう、ただ守られて震えてるだけのガキじゃない。」
俺が真っ直ぐに見つめ返すと、厳の瞳に昏い情欲の炎と、信頼の色が灯った。
「そうか。なら、ついて来い。」
厳はソファのクッションの下から、重厚な金属の塊を取り出した。
小型の拳銃だ。黒く、冷たく光っている。
「……使い方は教えてあるな?」
「うん。」
「今日から片時も離すな。俺以外の人間がこの部屋に入ってきたら、迷わず撃て。」
厳が銃把を俺に向ける。
俺はその冷たい鉄塊を受け取り、掌に感じる重みを噛み締めた。
これは人を殺める道具だ。だが同時に、厳の背中を守るための唯一の牙でもある。
「分かった。……預かるよ。」
俺は銃を腰のホルスターに収め、ジャケットを羽織った。
「行くぞ、湊。」
「うん。」
厳が歩き出し、俺はその隣に並ぶ。
これから向かうのは、本家の手先が潜む埠頭の倉庫だ。
硝子の城を出て、雨の降りしきる戦場へ。
俺たちの「狩り」の時間が始まろうとしていた。
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