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第2話
狩りの時間
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夜の港湾地区。重油と潮の匂いが混じり合う埠頭に、1台の黒い車がエンジンをかけたまま停まっていた。
フロントガラスを叩く雨粒が、街灯の光を乱反射させている。
運転席には厳。そして助手席には俺――朝霧 湊が座っている。
目の前にあるのは、広大な敷地を持つ貿易会社の倉庫だ。表向きは輸入雑貨の保管場所だが、実際は今回の騒動の黒幕である「関西本家」が、東京進出の足がかりとして武器や現金を隠している拠点だ。
「……ここが、本家の心臓部?」
「ああ。心臓のひとつだ。ここを潰せば、奴らも痛みを感じるだろう。」
厳がサイドブレーキを引き、懐から愛用の拳銃を取り出した。カシャリ、とスライドを引く金属音が、冷たく車内に響く。その手つきは優雅でさえあった。
「ここで待ってろ」
「……1人で行く気?」
「掃除だ。すぐに終わる。」
厳は表情1つ変えずに言った。
以前の俺なら、「行かないで」と泣いてすがっていただろう。「警察に通報しよう」なんて寝言を言っていたかもしれない。
でも、今の俺は違う。俺は腰のホルスターに触れ、硬い感触を確かめた。
「分かった。エンジンはかけたままにしておくね。」
俺が静かに答えると、厳は少し意外そうな顔をして、それからニヤリと口角を上げた。
「いい度胸だ。……見てろ、俺の喧嘩のやり方を。」
厳が車を降りる。雨に濡れるのも構わず、堂々と正面ゲートへと歩いていく。
その背中は、以前よりも遥かに大きく、そして恐ろしく見えた。
まるで、夜そのものを纏っているかのような威圧感。
俺はダッシュボードに置かれた予備のマガジンに視線を落とした。
手は震えていない。心臓の鼓動も、不思議と落ち着いていた。
厳が地獄を行くなら、俺もそこについていく。そう決めた夜から、俺の中で何かが死に、新しい何かが生まれたんだ。
――ドォン!!
突然、腹に響くような爆発音が轟き、倉庫の鉄扉が吹き飛んだ。
厳が仕掛けておいた爆薬だ。
黒煙が巻き上がる中、サイレンの音と怒号が飛び交う。
「何だ!? 敵襲か!!」
「撃て! 殺せ!!」
倉庫の中から、武装した男たちが次々と飛び出してくる。
俺はワイパーが雨を払う一瞬の隙間から、その光景を見つめていた。目を逸らさない。これが俺の愛した人の生きる世界だから。
厳は速かった。
飛び出してきた男の腕を瞬時に捻り上げ、そのまま人間の盾にして敵の銃弾を防ぐ。
男が悲鳴を上げる間もなく、厳の銃が火を吹いた。
タン、タン、タン。
正確無比な射撃。無駄がない。慈悲もない。次々と敵が崩れ落ちていく。
それは「戦い」と呼ぶにはあまりに一方的だった。
厳は止まらない。飛んでくる銃弾を最小限の動きで躱し、懐に入り込み、骨を砕き、命を刈り取る。
まるで舞踏だ。死と暴力のワルツ。
あれが「鬼の久藤」の本性。俺の知らない、もうひとつの顔。
「……強いな、やっぱり。」
独り言が漏れる。
恐怖よりも、畏敬の念が湧き上がっていた。
数分もしないうちに、銃声は止んだ。硝煙と雨の匂いだけが残る。
倉庫の中から、生き残った数人の男たちが這うようにして逃げ出してくる。戦意など微塵も残っていない。恐怖に顔を歪め、ただ命乞いをするような目だ。
その後ろから、厳がゆっくりと姿を現した。
スーツは返り血で汚れ、雨水が滴っている。だが、彼自身は傷ひとつ負っていないように見えた。
厳は逃げる男たちの背中に向かって、冷徹な、地獄の底から響くような声で告げた。
「本家に伝えろ。『戦争がしたいなら、相手になってやる。だが、次はタマ(命)の取り合いだ』とな。」
男たちは悲鳴を上げながら闇夜に消えていく。
厳は足元に転がる看板――関西本家の代紋が入ったもの――を、高価な革靴で踏み砕いた。
パキリ、と乾いた音が、宣戦布告の完了を告げた。
厳が車へと戻ってくる。
ドアが開き、鉄と火薬、そして濃厚な血の匂いが車内に充満した。
「終わったぞ。」
シートに沈み込んだ厳が、ふぅと息を吐く。
その横顔には、まだ興奮の余韻である殺気が漂っていた。
俺はハンカチを取り出し、厳の頬に飛んだ血をそっと拭った。
「おかえり。……怪我は?」
「あるわけがない。」
厳は俺の手首を掴み、その掌に頬を擦り付けた。
熱い。人を殺めてきた直後の肌は、火傷しそうなほど熱を帯びている。
俺はその熱を感じながら、厳を見つめ返した。
「すごい音だったね。……怖くなかったって言えば嘘になるけど...」
「なら、なぜ見ていた?」
「厳から目を離したくなかったからだよ。」
俺の言葉に、厳が目を見開き、やがて喉の奥で低く笑った。
「……お前も大概、狂ってきたな。」
「誰のせいだと思ってるのさ?」
厳がアクセルを踏み込む。
タイヤが空転し、車が急発進する。バックミラーの中で、燃え上がる倉庫が小さくなっていく。
「これで宣戦布告は済んだ。本家も本腰を入れて殺しに来るぞ。……もう後戻りはできん。」
「望むところだよ。」
俺はシートに深く体を預け、厳の横顔を見つめた。
ここにいるのは、ただの恋人同士じゃない。修羅の道を往く共犯者だ。
「厳、お腹空いたね。」
「……ハッ。これだけの事をしておいて、よく言う。」
厳の表情が、いつもの穏やかなものに戻る。
「仕事の後の飯は美味いぞ。何が食いたい?」
「そうだね……。美味しいお肉が食べたいかな?」
雨は激しさを増していたが、俺たちの視界はクリアだった。
どんな敵が来ようとも、この男がいれば、そして俺が隣にいれば、負ける気はしなかった。
フロントガラスを叩く雨粒が、街灯の光を乱反射させている。
運転席には厳。そして助手席には俺――朝霧 湊が座っている。
目の前にあるのは、広大な敷地を持つ貿易会社の倉庫だ。表向きは輸入雑貨の保管場所だが、実際は今回の騒動の黒幕である「関西本家」が、東京進出の足がかりとして武器や現金を隠している拠点だ。
「……ここが、本家の心臓部?」
「ああ。心臓のひとつだ。ここを潰せば、奴らも痛みを感じるだろう。」
厳がサイドブレーキを引き、懐から愛用の拳銃を取り出した。カシャリ、とスライドを引く金属音が、冷たく車内に響く。その手つきは優雅でさえあった。
「ここで待ってろ」
「……1人で行く気?」
「掃除だ。すぐに終わる。」
厳は表情1つ変えずに言った。
以前の俺なら、「行かないで」と泣いてすがっていただろう。「警察に通報しよう」なんて寝言を言っていたかもしれない。
でも、今の俺は違う。俺は腰のホルスターに触れ、硬い感触を確かめた。
「分かった。エンジンはかけたままにしておくね。」
俺が静かに答えると、厳は少し意外そうな顔をして、それからニヤリと口角を上げた。
「いい度胸だ。……見てろ、俺の喧嘩のやり方を。」
厳が車を降りる。雨に濡れるのも構わず、堂々と正面ゲートへと歩いていく。
その背中は、以前よりも遥かに大きく、そして恐ろしく見えた。
まるで、夜そのものを纏っているかのような威圧感。
俺はダッシュボードに置かれた予備のマガジンに視線を落とした。
手は震えていない。心臓の鼓動も、不思議と落ち着いていた。
厳が地獄を行くなら、俺もそこについていく。そう決めた夜から、俺の中で何かが死に、新しい何かが生まれたんだ。
――ドォン!!
突然、腹に響くような爆発音が轟き、倉庫の鉄扉が吹き飛んだ。
厳が仕掛けておいた爆薬だ。
黒煙が巻き上がる中、サイレンの音と怒号が飛び交う。
「何だ!? 敵襲か!!」
「撃て! 殺せ!!」
倉庫の中から、武装した男たちが次々と飛び出してくる。
俺はワイパーが雨を払う一瞬の隙間から、その光景を見つめていた。目を逸らさない。これが俺の愛した人の生きる世界だから。
厳は速かった。
飛び出してきた男の腕を瞬時に捻り上げ、そのまま人間の盾にして敵の銃弾を防ぐ。
男が悲鳴を上げる間もなく、厳の銃が火を吹いた。
タン、タン、タン。
正確無比な射撃。無駄がない。慈悲もない。次々と敵が崩れ落ちていく。
それは「戦い」と呼ぶにはあまりに一方的だった。
厳は止まらない。飛んでくる銃弾を最小限の動きで躱し、懐に入り込み、骨を砕き、命を刈り取る。
まるで舞踏だ。死と暴力のワルツ。
あれが「鬼の久藤」の本性。俺の知らない、もうひとつの顔。
「……強いな、やっぱり。」
独り言が漏れる。
恐怖よりも、畏敬の念が湧き上がっていた。
数分もしないうちに、銃声は止んだ。硝煙と雨の匂いだけが残る。
倉庫の中から、生き残った数人の男たちが這うようにして逃げ出してくる。戦意など微塵も残っていない。恐怖に顔を歪め、ただ命乞いをするような目だ。
その後ろから、厳がゆっくりと姿を現した。
スーツは返り血で汚れ、雨水が滴っている。だが、彼自身は傷ひとつ負っていないように見えた。
厳は逃げる男たちの背中に向かって、冷徹な、地獄の底から響くような声で告げた。
「本家に伝えろ。『戦争がしたいなら、相手になってやる。だが、次はタマ(命)の取り合いだ』とな。」
男たちは悲鳴を上げながら闇夜に消えていく。
厳は足元に転がる看板――関西本家の代紋が入ったもの――を、高価な革靴で踏み砕いた。
パキリ、と乾いた音が、宣戦布告の完了を告げた。
厳が車へと戻ってくる。
ドアが開き、鉄と火薬、そして濃厚な血の匂いが車内に充満した。
「終わったぞ。」
シートに沈み込んだ厳が、ふぅと息を吐く。
その横顔には、まだ興奮の余韻である殺気が漂っていた。
俺はハンカチを取り出し、厳の頬に飛んだ血をそっと拭った。
「おかえり。……怪我は?」
「あるわけがない。」
厳は俺の手首を掴み、その掌に頬を擦り付けた。
熱い。人を殺めてきた直後の肌は、火傷しそうなほど熱を帯びている。
俺はその熱を感じながら、厳を見つめ返した。
「すごい音だったね。……怖くなかったって言えば嘘になるけど...」
「なら、なぜ見ていた?」
「厳から目を離したくなかったからだよ。」
俺の言葉に、厳が目を見開き、やがて喉の奥で低く笑った。
「……お前も大概、狂ってきたな。」
「誰のせいだと思ってるのさ?」
厳がアクセルを踏み込む。
タイヤが空転し、車が急発進する。バックミラーの中で、燃え上がる倉庫が小さくなっていく。
「これで宣戦布告は済んだ。本家も本腰を入れて殺しに来るぞ。……もう後戻りはできん。」
「望むところだよ。」
俺はシートに深く体を預け、厳の横顔を見つめた。
ここにいるのは、ただの恋人同士じゃない。修羅の道を往く共犯者だ。
「厳、お腹空いたね。」
「……ハッ。これだけの事をしておいて、よく言う。」
厳の表情が、いつもの穏やかなものに戻る。
「仕事の後の飯は美味いぞ。何が食いたい?」
「そうだね……。美味しいお肉が食べたいかな?」
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