雨鴉(あめがらす)の隠れ家 Season2

遊羽(ゆう)

文字の大きさ
4 / 13
第3話

蜘蛛の糸

しおりを挟む
埠頭ふとうでの襲撃から数時間後。
俺たちは「硝子の城」へ戻っていた。
シャワーを浴びて硝煙しょうえんの匂いを洗い流しても、体の奥底でくすぶる興奮は消えていなかった。


リビングのソファで、厳がウイスキーのグラスを傾けている。俺はその隣に座り、スマートフォンを手に取った。
画面には、ニュース速報の文字。『港湾こうわん地区の倉庫で爆発火災、暴力団同士の抗争か』。
世界は俺たちが起こした火種ひだねに気づき始めている。

「……派手にやりすぎたかな?」
「ハッ。本家への挨拶だ。これくらいで丁度いい。」

厳は不敵に笑い、氷をカランと鳴らした。
その余裕に、俺も少しだけ安堵あんどする。この男がいれば大丈夫だ。そう思った矢先だった。


ブーッ、ブーッ。


俺の手の中で、スマホが短く振動した。
非通知設定の着信。
背筋に冷たいものが走る。俺は厳と顔を見合わせた。厳が顎で「出ろ」と合図する。

『……もしもし。』
『よう、湊くん。久しぶりだねぇ。』

スピーカーから聞こえてきたのは、粘りつくような声。
霧島だった。
『霧島……! 生きてたのか?』
『死んだと思ったか? 残念、俺はしぶといんだよ。……それより、素晴らしいショーだったな、さっきの爆発は。』

霧島の声は笑っていた。だが、その笑い声の裏に、底知れぬ悪意が潜んでいるのを俺は感じ取った。

『だがなぁ、少し暴れすぎだ。おかげで関係ない人間まで巻き込んじまってる。』
『どういう意味だ』
『URLを送った。開いてみな?』

通話がつながったまま、メッセージアプリにリンクが届く。
嫌な予感がした。指先が震えそうになるのをこらえて、俺はそのリンクをタップした。
動画が再生される。
映し出された映像を見た瞬間、俺の思考は真っ白に染まった。

『あ……っ、嘘だろ……?』

そこは、見慣れた場所だった。
古ぼけた木造の建物。壁一面の本棚。
俺が勤めていた「あやめ古書店」だ。
だが、その店内は無惨に荒らされていた。本は床に撒き散らされ、棚は倒され、そして――。
画面の中央、椅子に縛り付けられている小柄な老女。
店のオーナーであるうめさんだ。
口にはガムテープ、目隠しをされ、恐怖で小さく震えている。そのこめかみには、黒い銃口が突きつけられていた。

『どうだ?懐かしい場所だろう』

 霧島の声が響く。

『やめろ……! 梅さんは関係ないだろ! 俺たちの問題だ!』

俺は叫んだ。
梅さんは、身寄りのない俺を雇ってくれた恩人だ。ヤクザとの関係なんて何も知らない、ただの善良な一般人だ。
それが、俺のせいで。俺が厳を選んだせいで。

『関係ない?甘いな。お前の大切なものは、全て俺たちのターゲットだ。』

横から厳の手が伸び、俺からスマホを奪い取った。
厳の表情は、先ほどまでの余裕が消え失せ、凍りつくような殺気を放っている。

『……霧島。その婆さんに指1本でも触れてみろ。テメェの五体ごたい、バラバラにして東京湾に沈めるぞ。』
『怖い怖い。だが親父、立場が分かってますか?』

霧島が嘲笑あざわらう。

『取引だ。1時間以内に、湊くん1人をよこせ。場所は追って連絡する。』
『ふざけるな!』
『断れば、この店ごと婆さんを燃やす。……灰になるまでな?』
『貴様ッ……!』
『選択肢はないぞ。……チッ、チッ、チッ。時間は刻々と過ぎている。』


プツリ。


通話が切れた。
画面の中では、まだ梅さんが震えている映像がループしている。
俺はソファから立ち上がろうとした。

「行かなきゃ……!梅さんが殺される!」
「待て!」

厳が俺の腕を掴み、強引に引き留める。

「離してよ厳! 俺のせいなんだ……俺がここに来たから、梅さんが……!」
「落ち着け!これは罠だ!」

厳が俺の肩を掴み、激しく揺さぶる。

「お前1人で行ってどうする。お前が捕まれば、それこそ終わりだ。俺への切り札に使われるだけだぞ!」
「じゃあどうするんだよ! 見殺しにするのか!?あんなに良くしてくれた人を……俺たちの都合で殺させるなんて、できないよ!」

涙が溢れてくる。
俺は「修羅の道を行く」と覚悟を決めたつもりだった。自分の命も、厳の命も懸けるつもりだった。
でも、無関係な人の命まで背負える覚悟なんて、まだできていなかったんだ。
厳は苦渋の表情で俺を見つめ、やがて太い腕で俺を抱きしめた。

「……行かせん。お前を死なせるわけにはいかない。」
「厳……っ」
「策はある。……だが、危険な賭けになる。」

 厳が俺を離し、スマホを取り出した。その目は、冷徹な「組長」の目に戻っていた。

「俺の手勢てぜいを総動員して、逆探知と目撃情報から場所を割り出す。1時間あれば間に合うかもしれん」
「でも、もし間に合わなかったら……?」
「その時は――」

厳が一瞬、言葉を詰まらせた。
その沈黙が、事態の深刻さを物語っていた。
敵は、俺たちを分断しようとしている。俺が良心に耐えきれず、1人で飛び出すのを待っているのだ。
部屋の空気が重くよどむ。
俺の腰にある拳銃が、急になまりのように重く感じられた。


これが戦争。


敵は俺の肉体ではなく、心を壊しに来ている。
俺は拳を握りしめ、震える声で言った。

「……厳。お願いだ、助けて。俺の命ならいくらでも張るから……だから、梅さんだけは……!」

 厳は俺の涙を親指で乱暴に拭うと、低い声で告げた。

「ああ。……俺のおとこを泣かせた代償、霧島には高く払わせてやる。」

蜘蛛の糸のような卑劣ひれつな罠。
からめ取られそうになる俺たちを、見えない悪意が嘲笑あざわらっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 【花言葉】 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです! 【異世界短編】単発ネタ殴り書き随時掲載。 ◻︎お付きくんは反社ボスから逃げ出したい!:お馬鹿主人公くんと傲慢ボス

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

処理中です...