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第3話
蜘蛛の糸
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埠頭での襲撃から数時間後。
俺たちは「硝子の城」へ戻っていた。
シャワーを浴びて硝煙の匂いを洗い流しても、体の奥底で燻る興奮は消えていなかった。
リビングのソファで、厳がウイスキーのグラスを傾けている。俺はその隣に座り、スマートフォンを手に取った。
画面には、ニュース速報の文字。『港湾地区の倉庫で爆発火災、暴力団同士の抗争か』。
世界は俺たちが起こした火種に気づき始めている。
「……派手にやりすぎたかな?」
「ハッ。本家への挨拶だ。これくらいで丁度いい。」
厳は不敵に笑い、氷をカランと鳴らした。
その余裕に、俺も少しだけ安堵する。この男がいれば大丈夫だ。そう思った矢先だった。
ブーッ、ブーッ。
俺の手の中で、スマホが短く振動した。
非通知設定の着信。
背筋に冷たいものが走る。俺は厳と顔を見合わせた。厳が顎で「出ろ」と合図する。
『……もしもし。』
『よう、湊くん。久しぶりだねぇ。』
スピーカーから聞こえてきたのは、粘りつくような声。
霧島だった。
『霧島……! 生きてたのか?』
『死んだと思ったか? 残念、俺はしぶといんだよ。……それより、素晴らしいショーだったな、さっきの爆発は。』
霧島の声は笑っていた。だが、その笑い声の裏に、底知れぬ悪意が潜んでいるのを俺は感じ取った。
『だがなぁ、少し暴れすぎだ。おかげで関係ない人間まで巻き込んじまってる。』
『どういう意味だ』
『URLを送った。開いてみな?』
通話がつながったまま、メッセージアプリにリンクが届く。
嫌な予感がした。指先が震えそうになるのを堪えて、俺はそのリンクをタップした。
動画が再生される。
映し出された映像を見た瞬間、俺の思考は真っ白に染まった。
『あ……っ、嘘だろ……?』
そこは、見慣れた場所だった。
古ぼけた木造の建物。壁一面の本棚。
俺が勤めていた「あやめ古書店」だ。
だが、その店内は無惨に荒らされていた。本は床に撒き散らされ、棚は倒され、そして――。
画面の中央、椅子に縛り付けられている小柄な老女。
店のオーナーである梅さんだ。
口にはガムテープ、目隠しをされ、恐怖で小さく震えている。そのこめかみには、黒い銃口が突きつけられていた。
『どうだ?懐かしい場所だろう』
霧島の声が響く。
『やめろ……! 梅さんは関係ないだろ! 俺たちの問題だ!』
俺は叫んだ。
梅さんは、身寄りのない俺を雇ってくれた恩人だ。ヤクザとの関係なんて何も知らない、ただの善良な一般人だ。
それが、俺のせいで。俺が厳を選んだせいで。
『関係ない?甘いな。お前の大切なものは、全て俺たちのターゲットだ。』
横から厳の手が伸び、俺からスマホを奪い取った。
厳の表情は、先ほどまでの余裕が消え失せ、凍りつくような殺気を放っている。
『……霧島。その婆さんに指1本でも触れてみろ。テメェの五体、バラバラにして東京湾に沈めるぞ。』
『怖い怖い。だが親父、立場が分かってますか?』
霧島が嘲笑う。
『取引だ。1時間以内に、湊くん1人をよこせ。場所は追って連絡する。』
『ふざけるな!』
『断れば、この店ごと婆さんを燃やす。……灰になるまでな?』
『貴様ッ……!』
『選択肢はないぞ。……チッ、チッ、チッ。時間は刻々と過ぎている。』
プツリ。
通話が切れた。
画面の中では、まだ梅さんが震えている映像がループしている。
俺はソファから立ち上がろうとした。
「行かなきゃ……!梅さんが殺される!」
「待て!」
厳が俺の腕を掴み、強引に引き留める。
「離してよ厳! 俺のせいなんだ……俺がここに来たから、梅さんが……!」
「落ち着け!これは罠だ!」
厳が俺の肩を掴み、激しく揺さぶる。
「お前1人で行ってどうする。お前が捕まれば、それこそ終わりだ。俺への切り札に使われるだけだぞ!」
「じゃあどうするんだよ! 見殺しにするのか!?あんなに良くしてくれた人を……俺たちの都合で殺させるなんて、できないよ!」
涙が溢れてくる。
俺は「修羅の道を行く」と覚悟を決めたつもりだった。自分の命も、厳の命も懸けるつもりだった。
でも、無関係な人の命まで背負える覚悟なんて、まだできていなかったんだ。
厳は苦渋の表情で俺を見つめ、やがて太い腕で俺を抱きしめた。
「……行かせん。お前を死なせるわけにはいかない。」
「厳……っ」
「策はある。……だが、危険な賭けになる。」
厳が俺を離し、スマホを取り出した。その目は、冷徹な「組長」の目に戻っていた。
「俺の手勢を総動員して、逆探知と目撃情報から場所を割り出す。1時間あれば間に合うかもしれん」
「でも、もし間に合わなかったら……?」
「その時は――」
厳が一瞬、言葉を詰まらせた。
その沈黙が、事態の深刻さを物語っていた。
敵は、俺たちを分断しようとしている。俺が良心に耐えきれず、1人で飛び出すのを待っているのだ。
部屋の空気が重く澱む。
俺の腰にある拳銃が、急に鉛のように重く感じられた。
これが戦争。
敵は俺の肉体ではなく、心を壊しに来ている。
俺は拳を握りしめ、震える声で言った。
「……厳。お願いだ、助けて。俺の命ならいくらでも張るから……だから、梅さんだけは……!」
厳は俺の涙を親指で乱暴に拭うと、低い声で告げた。
「ああ。……俺の女を泣かせた代償、霧島には高く払わせてやる。」
蜘蛛の糸のような卑劣な罠。
絡め取られそうになる俺たちを、見えない悪意が嘲笑っていた。
俺たちは「硝子の城」へ戻っていた。
シャワーを浴びて硝煙の匂いを洗い流しても、体の奥底で燻る興奮は消えていなかった。
リビングのソファで、厳がウイスキーのグラスを傾けている。俺はその隣に座り、スマートフォンを手に取った。
画面には、ニュース速報の文字。『港湾地区の倉庫で爆発火災、暴力団同士の抗争か』。
世界は俺たちが起こした火種に気づき始めている。
「……派手にやりすぎたかな?」
「ハッ。本家への挨拶だ。これくらいで丁度いい。」
厳は不敵に笑い、氷をカランと鳴らした。
その余裕に、俺も少しだけ安堵する。この男がいれば大丈夫だ。そう思った矢先だった。
ブーッ、ブーッ。
俺の手の中で、スマホが短く振動した。
非通知設定の着信。
背筋に冷たいものが走る。俺は厳と顔を見合わせた。厳が顎で「出ろ」と合図する。
『……もしもし。』
『よう、湊くん。久しぶりだねぇ。』
スピーカーから聞こえてきたのは、粘りつくような声。
霧島だった。
『霧島……! 生きてたのか?』
『死んだと思ったか? 残念、俺はしぶといんだよ。……それより、素晴らしいショーだったな、さっきの爆発は。』
霧島の声は笑っていた。だが、その笑い声の裏に、底知れぬ悪意が潜んでいるのを俺は感じ取った。
『だがなぁ、少し暴れすぎだ。おかげで関係ない人間まで巻き込んじまってる。』
『どういう意味だ』
『URLを送った。開いてみな?』
通話がつながったまま、メッセージアプリにリンクが届く。
嫌な予感がした。指先が震えそうになるのを堪えて、俺はそのリンクをタップした。
動画が再生される。
映し出された映像を見た瞬間、俺の思考は真っ白に染まった。
『あ……っ、嘘だろ……?』
そこは、見慣れた場所だった。
古ぼけた木造の建物。壁一面の本棚。
俺が勤めていた「あやめ古書店」だ。
だが、その店内は無惨に荒らされていた。本は床に撒き散らされ、棚は倒され、そして――。
画面の中央、椅子に縛り付けられている小柄な老女。
店のオーナーである梅さんだ。
口にはガムテープ、目隠しをされ、恐怖で小さく震えている。そのこめかみには、黒い銃口が突きつけられていた。
『どうだ?懐かしい場所だろう』
霧島の声が響く。
『やめろ……! 梅さんは関係ないだろ! 俺たちの問題だ!』
俺は叫んだ。
梅さんは、身寄りのない俺を雇ってくれた恩人だ。ヤクザとの関係なんて何も知らない、ただの善良な一般人だ。
それが、俺のせいで。俺が厳を選んだせいで。
『関係ない?甘いな。お前の大切なものは、全て俺たちのターゲットだ。』
横から厳の手が伸び、俺からスマホを奪い取った。
厳の表情は、先ほどまでの余裕が消え失せ、凍りつくような殺気を放っている。
『……霧島。その婆さんに指1本でも触れてみろ。テメェの五体、バラバラにして東京湾に沈めるぞ。』
『怖い怖い。だが親父、立場が分かってますか?』
霧島が嘲笑う。
『取引だ。1時間以内に、湊くん1人をよこせ。場所は追って連絡する。』
『ふざけるな!』
『断れば、この店ごと婆さんを燃やす。……灰になるまでな?』
『貴様ッ……!』
『選択肢はないぞ。……チッ、チッ、チッ。時間は刻々と過ぎている。』
プツリ。
通話が切れた。
画面の中では、まだ梅さんが震えている映像がループしている。
俺はソファから立ち上がろうとした。
「行かなきゃ……!梅さんが殺される!」
「待て!」
厳が俺の腕を掴み、強引に引き留める。
「離してよ厳! 俺のせいなんだ……俺がここに来たから、梅さんが……!」
「落ち着け!これは罠だ!」
厳が俺の肩を掴み、激しく揺さぶる。
「お前1人で行ってどうする。お前が捕まれば、それこそ終わりだ。俺への切り札に使われるだけだぞ!」
「じゃあどうするんだよ! 見殺しにするのか!?あんなに良くしてくれた人を……俺たちの都合で殺させるなんて、できないよ!」
涙が溢れてくる。
俺は「修羅の道を行く」と覚悟を決めたつもりだった。自分の命も、厳の命も懸けるつもりだった。
でも、無関係な人の命まで背負える覚悟なんて、まだできていなかったんだ。
厳は苦渋の表情で俺を見つめ、やがて太い腕で俺を抱きしめた。
「……行かせん。お前を死なせるわけにはいかない。」
「厳……っ」
「策はある。……だが、危険な賭けになる。」
厳が俺を離し、スマホを取り出した。その目は、冷徹な「組長」の目に戻っていた。
「俺の手勢を総動員して、逆探知と目撃情報から場所を割り出す。1時間あれば間に合うかもしれん」
「でも、もし間に合わなかったら……?」
「その時は――」
厳が一瞬、言葉を詰まらせた。
その沈黙が、事態の深刻さを物語っていた。
敵は、俺たちを分断しようとしている。俺が良心に耐えきれず、1人で飛び出すのを待っているのだ。
部屋の空気が重く澱む。
俺の腰にある拳銃が、急に鉛のように重く感じられた。
これが戦争。
敵は俺の肉体ではなく、心を壊しに来ている。
俺は拳を握りしめ、震える声で言った。
「……厳。お願いだ、助けて。俺の命ならいくらでも張るから……だから、梅さんだけは……!」
厳は俺の涙を親指で乱暴に拭うと、低い声で告げた。
「ああ。……俺の女を泣かせた代償、霧島には高く払わせてやる。」
蜘蛛の糸のような卑劣な罠。
絡め取られそうになる俺たちを、見えない悪意が嘲笑っていた。
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