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プロローグ
龍の吐息、愛液の雨
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台北の夜は、騒々しく、そしてどこまでも猥雑だ。
士林夜市から2本ほど路地を入った場所にある、古びたアパートの3階。
窓の外からは、深夜になっても止まないスクーターの排気音と、夜市から漂う八角と臭豆腐の強烈な匂い、そして熱した油の音が混じり合って押し寄せてくる。
部屋は狭かった。湿気を吸って撓んだフローリングに、ダブルベッドが1つ置かれているだけの簡素な隠れ家。
エアコンの室外機が唸りを上げているが、部屋の中の湿度はいっこうに下がらない。
いや、それは気温のせいだけではなかった。
「……厳」
シャワーを浴びたばかりの湊の肌は、上気して桃色に染まっていた。
彼がベッドに横たわる厳の上に、跨るようにして覆いかぶさる。
ネオンの光がブラインドの隙間から差し込み、2人の裸体を縞模様に切り取っていた。
「……あんなに歩いたんだ。疲れているだろう?」
「疲れてるよ。……だから、癒してほしいんだ…」
湊はそう囁くと、厳の唇を塞いだ。
深い、貪るような口づけ。
言葉以上のものを伝えようとするかのように、互いの吐息が混じり合い、部屋の蒸し暑さをさらに加速させる。
湊の手が、厳の広い胸板を這い、無数の古傷を指先でなぞりながら下へと滑り落ちていく。
そして、厳の最も熱い部分に触れた。
「……元気だね、厳。僕のこと、そんなに欲しかった?」
「……愚問だ。お前が俺を、そうさせたんだろう?」
厳はたまらず上半身を起こし、湊の腰を強く引き寄せた。
肌と肌が密着する音。
逃亡生活の緊張感が、この瞬間だけは甘美な熱へと変わっていく。
湊がゆっくりと身を沈め、厳の全てを受け入れようとするかのように、その熱源に唇を寄せた。
湊の献身は、まるで祈りのようだった。
視覚的な情報は遮断され、ただ圧倒的な熱量と、湊が与えてくれる慈愛だけが厳の脳髄を揺さぶる。
厳は無意識に、湊の濡れた髪に指を絡ませた。
引き離すためではない。もっと深く、この愛しい存在を自分に刻み込みたいという本能的な渇望だ。
老いへの不安も、結婚への迷いも、今はすべてこの熱の中に溶けていく。
互いが互いを求め合い、貪り合う。
それは単なる快楽の追求ではなかった。
異国の地で、明日をも知れぬ命を燃やし、「今、ここに生きている」という強烈な生存証明を刻み合っているのだ。
「……愛してる、湊…」
「……うん。僕も愛してる、厳…」
重なり合う吐息。
言葉にすれば陳腐かもしれない。
けれど、この狭いベッドの上で分かち合った温もりだけは、紛れもない真実だった。
窓の外では、いつの間にか雨脚が強まっていた。
亜熱帯のスコールが、台北の街を洗い流していく。
翌朝。
その雨音を切り裂くように、アパートのドアが乱暴に叩かれた。
ドンドンドンッ!!
「……警察か?」
厳が瞬時にシーツを跳ね除け、枕の下のトカレフに手を伸ばす。
湊もまた、昨夜の甘い余韻を振り払い、PCへと飛びついた。
ドアの向こうから聞こえてきたのは、警察の怒号でも、入国管理局の警告でもなかった。
低く、地を這うような中国語。
『――開けろ。黒龍会からの迎えだ』
Formosa Blues。
安息の夜は、たった一夜で終わりを告げた。
新たな修羅場が、ドア1枚隔てた向こう側で口を開けて待っていた。
士林夜市から2本ほど路地を入った場所にある、古びたアパートの3階。
窓の外からは、深夜になっても止まないスクーターの排気音と、夜市から漂う八角と臭豆腐の強烈な匂い、そして熱した油の音が混じり合って押し寄せてくる。
部屋は狭かった。湿気を吸って撓んだフローリングに、ダブルベッドが1つ置かれているだけの簡素な隠れ家。
エアコンの室外機が唸りを上げているが、部屋の中の湿度はいっこうに下がらない。
いや、それは気温のせいだけではなかった。
「……厳」
シャワーを浴びたばかりの湊の肌は、上気して桃色に染まっていた。
彼がベッドに横たわる厳の上に、跨るようにして覆いかぶさる。
ネオンの光がブラインドの隙間から差し込み、2人の裸体を縞模様に切り取っていた。
「……あんなに歩いたんだ。疲れているだろう?」
「疲れてるよ。……だから、癒してほしいんだ…」
湊はそう囁くと、厳の唇を塞いだ。
深い、貪るような口づけ。
言葉以上のものを伝えようとするかのように、互いの吐息が混じり合い、部屋の蒸し暑さをさらに加速させる。
湊の手が、厳の広い胸板を這い、無数の古傷を指先でなぞりながら下へと滑り落ちていく。
そして、厳の最も熱い部分に触れた。
「……元気だね、厳。僕のこと、そんなに欲しかった?」
「……愚問だ。お前が俺を、そうさせたんだろう?」
厳はたまらず上半身を起こし、湊の腰を強く引き寄せた。
肌と肌が密着する音。
逃亡生活の緊張感が、この瞬間だけは甘美な熱へと変わっていく。
湊がゆっくりと身を沈め、厳の全てを受け入れようとするかのように、その熱源に唇を寄せた。
湊の献身は、まるで祈りのようだった。
視覚的な情報は遮断され、ただ圧倒的な熱量と、湊が与えてくれる慈愛だけが厳の脳髄を揺さぶる。
厳は無意識に、湊の濡れた髪に指を絡ませた。
引き離すためではない。もっと深く、この愛しい存在を自分に刻み込みたいという本能的な渇望だ。
老いへの不安も、結婚への迷いも、今はすべてこの熱の中に溶けていく。
互いが互いを求め合い、貪り合う。
それは単なる快楽の追求ではなかった。
異国の地で、明日をも知れぬ命を燃やし、「今、ここに生きている」という強烈な生存証明を刻み合っているのだ。
「……愛してる、湊…」
「……うん。僕も愛してる、厳…」
重なり合う吐息。
言葉にすれば陳腐かもしれない。
けれど、この狭いベッドの上で分かち合った温もりだけは、紛れもない真実だった。
窓の外では、いつの間にか雨脚が強まっていた。
亜熱帯のスコールが、台北の街を洗い流していく。
翌朝。
その雨音を切り裂くように、アパートのドアが乱暴に叩かれた。
ドンドンドンッ!!
「……警察か?」
厳が瞬時にシーツを跳ね除け、枕の下のトカレフに手を伸ばす。
湊もまた、昨夜の甘い余韻を振り払い、PCへと飛びついた。
ドアの向こうから聞こえてきたのは、警察の怒号でも、入国管理局の警告でもなかった。
低く、地を這うような中国語。
『――開けろ。黒龍会からの迎えだ』
Formosa Blues。
安息の夜は、たった一夜で終わりを告げた。
新たな修羅場が、ドア1枚隔てた向こう側で口を開けて待っていた。
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