雨鴉(あめがらす)の隠れ家 Season4

遊羽(ゆう)

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プロローグ

龍の吐息、愛液の雨

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台北の夜は、騒々しく、そしてどこまでも猥雑だ。
士林夜市シーリンイエシーから2本ほど路地を入った場所にある、古びたアパートの3階。
窓の外からは、深夜になっても止まないスクーターの排気音と、夜市から漂う八角スターアニス臭豆腐しゅうどうふの強烈な匂い、そして熱した油の音が混じり合って押し寄せてくる。

部屋は狭かった。湿気を吸ってたわんだフローリングに、ダブルベッドが1つ置かれているだけの簡素な隠れ家。
エアコンの室外機が唸りを上げているが、部屋の中の湿度はいっこうに下がらない。

いや、それは気温のせいだけではなかった。

「……厳」

シャワーを浴びたばかりの湊の肌は、上気して桃色に染まっていた。
彼がベッドに横たわる厳の上に、またがるようにして覆いかぶさる。

ネオンの光がブラインドの隙間から差し込み、2人の裸体を縞模様に切り取っていた。

「……あんなに歩いたんだ。疲れているだろう?」
「疲れてるよ。……だから、癒してほしいんだ…」

湊はそうささやくと、厳の唇をふさいだ。
深い、むさぼるような口づけ。
言葉以上のものを伝えようとするかのように、互いの吐息が混じり合い、部屋の蒸し暑さをさらに加速させる。

湊の手が、厳の広い胸板をい、無数の古傷を指先でなぞりながら下へと滑り落ちていく。
そして、厳の最も熱い部分に触れた。

「……元気だね、厳。僕のこと、そんなに欲しかった?」
「……愚問ぐもんだ。お前が俺を、そうさせたんだろう?」

厳はたまらず上半身を起こし、湊の腰を強く引き寄せた。
肌と肌が密着する音。
逃亡生活の緊張感が、この瞬間だけは甘美かんびな熱へと変わっていく。

湊がゆっくりと身を沈め、厳の全てを受け入れようとするかのように、その熱源に唇を寄せた。

湊の献身は、まるで祈りのようだった。
視覚的な情報は遮断され、ただ圧倒的な熱量と、湊が与えてくれる慈愛じあいだけが厳の脳髄のうずいを揺さぶる。
厳は無意識に、湊の濡れた髪に指を絡ませた。

引き離すためではない。もっと深く、この愛しい存在を自分に刻み込みたいという本能的な渇望かつぼうだ。

老いへの不安も、結婚への迷いも、今はすべてこの熱の中に溶けていく。
互いが互いを求め合い、むさぼり合う。

それは単なる快楽の追求ではなかった。
異国の地で、明日をも知れぬ命を燃やし、「今、ここに生きている」という強烈な生存証明を刻み合っているのだ。

「……愛してる、湊…」
「……うん。僕も愛してる、厳…」

重なり合う吐息。
言葉にすれば陳腐ちんぷかもしれない。
けれど、この狭いベッドの上で分かち合った温もりだけは、紛れもない真実だった。

窓の外では、いつの間にか雨脚が強まっていた。
亜熱帯のスコールが、台北の街を洗い流していく。



翌朝。
その雨音を切り裂くように、アパートのドアが乱暴に叩かれた。



ドンドンドンッ!!



「……警察か?」

厳が瞬時にシーツを跳ね除け、枕の下のトカレフに手を伸ばす。
湊もまた、昨夜の甘い余韻を振り払い、PCへと飛びついた。

ドアの向こうから聞こえてきたのは、警察の怒号でも、入国管理局の警告でもなかった。
低く、地をうような中国語マンダリン

『――開けろ。黒龍会ヘイロンフイからの迎えだ』

Formosa Blues。

安息の夜は、たった一夜で終わりを告げた。
新たな修羅場が、ドア1枚隔てた向こう側で口を開けて待っていた。
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