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第3話
亡命者のララバイ
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羽田空港の貨物ターミナルは、深夜にもかかわらず、巨大な重機とフォークリフトが行き交う鉄の迷宮だった。
弾痕だらけのセダンを物陰に乗り捨て、俺と厳は身を隠しながら第3ゲートへと急ぐ。
「……湊、これだ。」
厳が指し示したのは、錆びついたコンテナの陰に置かれた、無機質な黒いアタッシュケースだった。
俺がスマホをかざすと、Bluetoothが反応して電子ロックが解ける。中には、真新しい2冊のパスポートと、数種類の偽造ID、そして衛星電話が収められていた。
「『サトシ』に、『スグル』……?」
パスポートを開き、そこに記された名前を読み上げる。
写真には、どこかで見覚えのある――けれど、確かに俺と厳ではない「誰か」の顔が、精巧な合成技術で貼り付けられていた。
『気に入ったかな? 凡庸で、誰の記憶にも残らない、最高の名前だ』
アタッシュケースに仕込まれたスピーカーから、霧島の皮肉げな声が響く。
『今から十分後、その裏にあるコンテナがシンガポール行きの貨物機に積み込まれる。警察も掃除屋も、民間機の乗客リストは血眼で洗っているが、医療物資のコンテナまでは手が回らないはずだ。……達者でな、2人とも…』
通信が切れると同時に、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
空港警察のパトカーが、貨物エリアの入り口を封鎖し始めている。
「湊、行くぞ。……今日から俺たちは、朝霧湊でも久藤厳でもない。」
厳が俺の肩を抱き寄せ、コンクリートの壁を背に移動する。
その時、サーチライトの光が俺たちの足元をかすめた。
「止まれ! 警視庁だ! 手を上げろ!」
掃除屋ではない、本物の法執行機関。
厳は舌打ちをすると、俺をコンテナの影に押し込み、自身は銃をホルスターに収めた。
「厳、何してるの!? 撃たないと……」
「馬鹿を言うな。警察を殺せば、本当にこの国に居場所がなくなる。……湊、お前のスマホで、あいつらの無線をジャミングしろ!」
俺は震える指でコンソールを叩く。空港内の広域Wi-Fiを乗っ取り、警察の通信プロトコルにノイズを流し込む。
「……やった! 混乱してる!」
警察官たちが耳元のインカムを押さえ、顔を見合わせている隙に、俺たちは大型コンテナの隙間を縫うようにして、貨物機の積載リフトへと飛び乗った。
コンテナの中は、精密機器の梱包材で埋め尽くされていた。
狭く、暗い空間。
ガチャン、と音を立ててハッチが閉まり、激しい振動と共にコンテナが機内へと運び込まれていく。
「……出られるんだね。日本から…」
暗闇の中、俺は厳の隣に座り込み、膝を抱えた。
数時間前までいた、あの贅沢なマンション。文庫本を売っていた平凡な日々。
すべてが、遠い前世の出来事のように感じられた。
「……怖気付いたか、サトシ」
厳が俺の新しい名前を呼んだ。
その響きはまだ慣れないけれど、厳の声で呼ばれるだけで、それが俺の真実になるような気がした。
「……ううん、スグルさん。……君と一緒なら、どこへでも行くよ。」
厳が暗闇の中で俺の手を握り、引き寄せた。
梱包材のわずかな隙間から、機体の窓越しに、遠ざかっていく東京の夜景が見えた。
不夜城の光が、小さな点となって消えていく。
俺たちは、死んだのだ。
朝霧湊と久藤厳は、この国の海に沈んだ。
離陸のGが体にのしかかる。
雲を突き抜け、星空に近い場所へ。
目的地は、赤道直下の熱帯。
欲望とマネーが渦巻く、国境なき修羅場、シンガポール。
そこには、俺たちを「掃除」しようとする連中よりも、もっと昏い闇が待っている。
弾痕だらけのセダンを物陰に乗り捨て、俺と厳は身を隠しながら第3ゲートへと急ぐ。
「……湊、これだ。」
厳が指し示したのは、錆びついたコンテナの陰に置かれた、無機質な黒いアタッシュケースだった。
俺がスマホをかざすと、Bluetoothが反応して電子ロックが解ける。中には、真新しい2冊のパスポートと、数種類の偽造ID、そして衛星電話が収められていた。
「『サトシ』に、『スグル』……?」
パスポートを開き、そこに記された名前を読み上げる。
写真には、どこかで見覚えのある――けれど、確かに俺と厳ではない「誰か」の顔が、精巧な合成技術で貼り付けられていた。
『気に入ったかな? 凡庸で、誰の記憶にも残らない、最高の名前だ』
アタッシュケースに仕込まれたスピーカーから、霧島の皮肉げな声が響く。
『今から十分後、その裏にあるコンテナがシンガポール行きの貨物機に積み込まれる。警察も掃除屋も、民間機の乗客リストは血眼で洗っているが、医療物資のコンテナまでは手が回らないはずだ。……達者でな、2人とも…』
通信が切れると同時に、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
空港警察のパトカーが、貨物エリアの入り口を封鎖し始めている。
「湊、行くぞ。……今日から俺たちは、朝霧湊でも久藤厳でもない。」
厳が俺の肩を抱き寄せ、コンクリートの壁を背に移動する。
その時、サーチライトの光が俺たちの足元をかすめた。
「止まれ! 警視庁だ! 手を上げろ!」
掃除屋ではない、本物の法執行機関。
厳は舌打ちをすると、俺をコンテナの影に押し込み、自身は銃をホルスターに収めた。
「厳、何してるの!? 撃たないと……」
「馬鹿を言うな。警察を殺せば、本当にこの国に居場所がなくなる。……湊、お前のスマホで、あいつらの無線をジャミングしろ!」
俺は震える指でコンソールを叩く。空港内の広域Wi-Fiを乗っ取り、警察の通信プロトコルにノイズを流し込む。
「……やった! 混乱してる!」
警察官たちが耳元のインカムを押さえ、顔を見合わせている隙に、俺たちは大型コンテナの隙間を縫うようにして、貨物機の積載リフトへと飛び乗った。
コンテナの中は、精密機器の梱包材で埋め尽くされていた。
狭く、暗い空間。
ガチャン、と音を立ててハッチが閉まり、激しい振動と共にコンテナが機内へと運び込まれていく。
「……出られるんだね。日本から…」
暗闇の中、俺は厳の隣に座り込み、膝を抱えた。
数時間前までいた、あの贅沢なマンション。文庫本を売っていた平凡な日々。
すべてが、遠い前世の出来事のように感じられた。
「……怖気付いたか、サトシ」
厳が俺の新しい名前を呼んだ。
その響きはまだ慣れないけれど、厳の声で呼ばれるだけで、それが俺の真実になるような気がした。
「……ううん、スグルさん。……君と一緒なら、どこへでも行くよ。」
厳が暗闇の中で俺の手を握り、引き寄せた。
梱包材のわずかな隙間から、機体の窓越しに、遠ざかっていく東京の夜景が見えた。
不夜城の光が、小さな点となって消えていく。
俺たちは、死んだのだ。
朝霧湊と久藤厳は、この国の海に沈んだ。
離陸のGが体にのしかかる。
雲を突き抜け、星空に近い場所へ。
目的地は、赤道直下の熱帯。
欲望とマネーが渦巻く、国境なき修羅場、シンガポール。
そこには、俺たちを「掃除」しようとする連中よりも、もっと昏い闇が待っている。
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