轟腕のシスター・マリア

月狂 紫乃/月狂 四郎

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 ――ルミニス大聖堂。

 聖痕の儀が行われる場所であり、毎年新たな大聖女が生まれる場所。大聖堂の中は毎年恒例の聖痕の儀を見届けるためにやってきた人々で埋め尽くされていた。

「会場の皆様方、大変お待たせしました。間もなく聖痕の儀が始まりますので静粛にお待ち下さい」

 会場にアナウンスが流れると、観客たちはざわつきはじめる。これから新たな大聖女が生まれるというのに、静粛に待とうと思う人間などいない。

 聖堂の扉が開く。両開きの扉から光が差し込み、大聖堂に輝く道が出来上がる。

「うわあ、綺麗!」
「まるで天使みたいだべや」
「あれが次の大聖女様? かわいすぎ!」

 人々がざわめくなか、大聖堂の入口に立つのは聖衣のローブ身にまとったマリア・クオッドナインだった。

「なんて美しさだ」
「このような人こそが、大聖女になる人なのだな」
「全身が輝いている。何もかもが違う……!」

 マリアはたっぷりと間を持たせて、大聖堂の奥にある祭壇を見据える。

『フッフッフ、もっと褒めるがいいですわ』

 凛とした表情を保ったまま、マリアは絶対に聞かせられない心の声を展開する。

『これからわたくしが聖遺物に触ると、いまだかつて無い奇蹟が起きますの。その瞬間に国民の皆様は大聖女誕生の興奮でおかしくなりますの。わたくしが長いこと思い描いていた、最高の晴れ舞台ですわ』

 俗物そのものでしかない承認欲求にまみれながら、マリアは花嫁のごとく裾の長い白いローブを引きずっていく。花道を歩いて行く最中で親友のミリーが視界に入る。頑張ってとばかりに拳を握るミリーに、目だけで「分かりましたわ」と返した。

 花道の先には祭壇があり、その傍にはハンネマン学園長が微笑みを携えて待っていた。

 ただ祭壇の前まで歩いただけで、大聖堂の中では異常な興奮と歓声が上がる。もはや誰も静粛にこの時を迎えようなどとは思っていない。

「皆様、お待たせいたしました」

 マリアが祭壇の前に立つと、ハンネマン学園長が観衆に向かって口を開く。

「これよりこの場所で、聖痕の儀を執り行います」

 たったそれだけの言葉で、大聖堂は歓喜の声で埋め尽くされる。

「この儀式を知らない方のために説明をしますと、聖痕の儀では歴史に名だたる聖人たちの聖遺物を、ここエテルナ・ルクス学園で最も優秀だった生徒が触れることになります。そうすると聖遺物の力で、その生徒には世界を救うだけのスキルが授けられるという秘蹟が起こるといったものです」

 誰もが知っていることではあるだけに、焦らされた観客たちは待ちきれないといった風に頷いている。

「これからその秘蹟を授かるのは、マリア・クオッドナインです。我が校、自慢の生徒です」

 万雷の拍手が響く。マリアは荘厳な雰囲気を保ったまま、大聖堂に詰めかけた人々に一礼する。また観客たちが熱狂に湧く。

『フーッフッフ、もっと褒めろ、もっと褒めろですわ』

 恭しく俯きながら、マリアは必死にニヤけそうなのを抑えていた。この会場で、大聖女誕生の待っていない者など誰一人いない。人生でこれだけの歓声を浴びる日はもう来ないだろう。

「それではマリア、聖遺物に触れて下さい。皆様、よく見ていて下さい。これからマリアが聖遺物に触れると、その手の甲に聖痕と呼ばれる紋章が浮かび上がるはずです。どれだけ魔力の無い者でも、この聖痕は浮かび上がります。生まれ持っての魔力が弱ければ、せいぜいネズミが退治出来るぐらいの奇蹟しか起こせないかもしれませんが」

 いかにも真面目そうな学園長のジョークに観客たちがどっと沸く。エテルナ・ルクス学園の厳しい競争に勝ち抜いた聖女がそのような結果に終わることなどありえない。だからこその笑いだった。

 祭壇にあったのは、大聖女アンジェラ・ゴソウが使用したと言われる杖だった。世界樹から作られたと言われる杖は、長き時を経ても生命力に満ち溢れたように見えた。杖の存在に皆が気付くと、その見事さにため息が漏れる。

 ハンネマン学園長が目配せで聖遺物に触れるよう促す。マリアは聖遺物へと手を伸ばしていく。

 ――今にとんでもない奇蹟が起きる。起きるに違いない。

 誰もがそのような思いを胸に抱きつつ、聖遺物に触れるマリアの姿を見守った。

 マリアが杖に触れると、学園長の言った通りに白魚のような手に聖痕と呼ばれる紋章が浮かび上がった。

「「「おおお!」」」

 観客たちが声を上げる。淡いライトグリーンの光がマリアの全身を包み込んだ。その光はしばらく辺りを照らすと、ふっと消え去った。

 ――沈黙。

「で、秘蹟は?」

 誰かの声が響くと、観客たちはその瞬間を見逃すまいとマリアをじっと見守る。だが、待てども待てども奇蹟が起こる兆候は現れなかった。

「あ、詰んだわね、これ」

 ハンネマン学園長がボソッと漏らす。

「へ?」

 聞き逃すはずのない独り言に、マリアの顔が真っ白になっていく。

「もしかして、資質が何も無かったんじゃね?」

 誰かの声を皮切りにざわめきが起きはじめ、それはみるみる大きくなっていく。

「ちょ……嘘でしょ? そんなことあるの?」
「ネズミを退治する魔力すら得られないってどういうことよ」
「これ、教会の黒歴史かもwwwww」
「顔もかわいいしさ、頭もいいからそこですべての運を使い切ったんじゃないか?」
「うっわwwwww聖痕の儀で魔力発動しないとかwwwww黒歴史過ぎる」
「逆にこんな事件を見れたんだからメシウマじゃないか、何言ってんだよ」
「オーマイガッド、って神に見捨てられたのかwwwwww」

 あちこちから巻き起こる嘲笑と蔑んだ目。修道女でもある同級生たちは死にそうな顔になっている。

 誰の目から見ても、聖痕の儀が失敗に終わったのは明らかだった。学園長の言っていたように、どんな者でも魔力は持っているものであり、それに応じて聖遺物は奇蹟を起こすはずだった。

「嘘ですわ……」

 マリアは呆然と立ち尽くす。大聖堂の中に、あちこちから不謹慎な笑い声や嘲笑が響いている。

「学園長、これは……」
「……詰んだわ」

 ハンネマン学園長は決してマリアに目を合わせようとはしなかった。それが答えのすべてだった。

「いやああああああああああああ!!」

 叫び声を上げたマリアは、頭を抱えたまま大聖堂から走り去る。

「あ、ちょっとマリア、待ちなさいって!」

 ミリーがその後を追いかける。その光景に、観客たちはさらに爆笑した。

 主役の逃亡した大聖堂は異様な光景となっていた。騒ぐ観客たちに葬式のような雰囲気となった教会関係者たち。そのコントラストは過去にあった聖痕の儀では決して見られないものであった。

 のちに轟腕のシスター・マリアと呼ばれた聖女が、世間一般の人々に初めてその姿を見られた瞬間であった。
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