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1話

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「嘘だろおい……」

 俺、斎藤一真は今、友人に無理やり勧められて大人気Vtuberの水晶ながめの配信を見ている最中だった。

 今日の料理。実際にカメラでカレーを作るところを撮影していた。手元しか見せないとはいえVtuberが実写ってのは如何なものだろうかとか思う所は少しあるが、問題はそこではない。

 映像に映っている調理器具とキッチンの配置。それはどう考えても幼馴染の羽柴葵の家に間違いが無かった。

『とりあえず玉ねぎを切ろうかな。うう……目に染みる……』

 極めつけはその声。普段話す時そのままの声なのだ。正直友人100人に聞けば100人がそうだと答えそうなくらいに一致している。

「あいつ知ってて俺に勧めたのかな……」

 ひとまず明日学校で問い詰めるか。



「一真、マジで良かったよなああの配信!マジで可愛かった。やっぱり天使だよ」

 学校に着くなり、俺に話しかけてきたのは堀村樹。俺に水晶ながめの配信を見ろと勧めてきた張本人だ。

 一般的な高校生と比べて筋肉質な体を持つこの男は、一見Vtuber等のオタクに興味の無いスポーツマンに見えるが、実態は小学生から漫画やラノベ、アニメやゲーム等のオタク文化にどっぷりと浸かった重度のオタクだ。

 最初話した時にいきなり深夜アニメの話をしてきた時には流石に面食らったのを覚えている。

「なあ樹さん。最初から分かっていてこの人を勧めたよな?」

 俺は水晶ながめの感想会に突入する前に問い詰めた。

「分かっていて?ああ。水晶ながめの魅力は世界一だからな!」

「そういうことじゃなくて。分かるでしょ?」

「どういうことだ?」

 こいつ本当に分かっていないっぽいな。

 まあ疑ってかからなければそんなものなのかね。

「分かんないなら良いよ」

「じゃあ昨日の配信の話ししようぜ」

「分かった」

 それから水晶ながめの感想会となった。とは言っても樹が殆ど話していたけれど。

 そんなことをしていると葵が学校にやってきた。

「おはよ~」

 いつも通り自分の席にカバンを置いてから既に集まっていた友達の元へ行って仲良く話していた。

「でな、って聞いているか?」

「ああ、良かったよな」



「やっぱり声が良いと思うんだよ」

 樹が水晶ながめの感想を話している最中、葵の様子をチラチラと見てみる。

 葵は友人と仲良く話しており、こちらの様子は気にしていないように見えるが、よく見ると水晶ながめという名前が出るたびにぴくぴく反応してはこちらをちらっと見ていた。

 100%黒確定だな。

「水晶ながめって確か16歳だっけ」

 ここで俺はちょっと仕掛けてみようと思う。

「そうだな」

「ってことは同い年だしもしかしたらどこかで会ったことがあるかもな」

 と葵にも聞こえそうな声量で言ってみる。

 こちらの方は一切見ていないけれど、顔を真っ赤にしている。葵が焦っている証拠だ。

「そう考えると夢あるな~」

 今思えばこれだけガバガバでよく配信していることバレなかったな。

 チャンネル登録者数は50万人を超え、配信歴は約1年。そろそろオタクとか関係ない一般人にも目に入ってきそうなものだけれど。

「あ、そういえば」

 唐突に樹は真面目な顔になり、小声で話してきた。

「どうした?」

「今度の服の件なんだけれど」

「ああ、それか。樹の好きなように描いてくれれば良いけど」

 実はこの樹という男、凄腕イラストレーターなのだ。いわゆる神絵師と呼ばれる類の人類で、中二あたりからぐるぐるターバンという名義で企業の依頼を受けて立派に働いているらしい。

 そんな樹は『Vtuber九重ヤイバ』として活動する俺の肉体を作ってくれている。

 いや、勝手に作ったというのが正しいか。

 丁度一年前、唐突に九重ヤイバになってくれと頼まれたのだ。

 曰くVtuberにハマったから自分もなりたいんだけれど、慣れないことだから怖い。だから一真がVtuberになって様子を見たいとのこと。

 という体のいい人柱というものだ。

 当然断ろうと思ったのだが、提示された交換条件の一つがあまりにも魅力的すぎたのだ。

 それはゲーミングパソコンのプレゼント。それも30万以上もするハイスペックな物をだ。

 ゲームが大好きな俺にとって、それはあまりにも魅力的だった。それを聞いた俺は即決で九重ヤイバになる事を受け入れた。

 他には樹による手厚いサポートが受けられるといった条項も色々並べ立ててあったが、配信者に積極的になりたいわけでもない俺にそんなものはどうでも良かった。


 そして今回の話というのは登録者数が10万人を超えた記念に新衣装を作ろうというもの。

「なら好きに書くぞ」

「それでいい」

 しかし完全な素人の俺は絵の事はよく分からないので、樹に丸投げすることにした。



「何女子の方ばっかり見てんだよ」

 バレーの授業中、樹にそう声を掛けられた。

「いや、別に見ていないけれど」

「自分では気づいてないみたいだけど結構な頻度で見てたぞ。なんだ?好きな奴でも出来たのか?」

「そんなわけじゃない。気のせいだよ気のせい」

 昨日の事が頭をよぎってしまい、つい葵の方ばかり見ていたらしい。気を付けないと。

「まあ、気持ちは分かる。羽柴さんだろ?いやあ見ていて和むもんなあ。他の奴らも結構見てるし」

「マジか」

 咄嗟に周囲を見たが確かに葵の方を向いている男子は多かった。

「運動神経は悪いんだけど一生懸命に取り組んでいるのが良いよな。それに美人だし」

「美人か。確かにそうだな」

 幼馴染だからあまり顔や見た目に対して思うことは無いのだけれど、よく見ればちゃんと美人だ。

「幼馴染だってうかうかしていると他の奴らに出し抜かれるぞ?」

「うっさい!それに今は無理だろうが」

「ああ、それもそうだった」

 樹は今気づきましたみたいな体で謝る。

 あまり意識していたわけではないのだが、九重ヤイバはかなり女性ファンが多いのだ。視聴者身バレないように徹底してはいるものの、彼女が居るとばれてしまったときのリスクは計り知れない。

 せめて今勢いがある最中の恋愛は控えておくという方針になっている。

 それなのにこいつはよ……

「まあ大丈夫だとは思うけどな」

 葵は事務所的にアイドルVtuberだから恐らく恋愛NGが出ているだろうし。

「何でだ?あんなに美人で明るい子なんてすぐに彼氏できるのは明白だぞ?」

「ちょっとな」
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