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22話

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「今やるって正気?」

 そんな話から2日後、俺は配信部屋でとある計画を言われた。

「ああ。こういうのは早ければ早いほど有利だからな。」

「それは事実だけど……」

「大丈夫。私だから」

「根拠になってないよ!?」

 それは、宮崎さんをVtuberにするというものだった。

「まあお前しかバレてないしな。多分大丈夫だろ」

「それはそうだけれども……」

 事実には間違いないが、その点について正直この世に納得がいかない。

「ちなみにもう完成してあるし、さっき告知ツイも済ませたぞ」

「俺の意見は?」

 計画じゃなかったっけ?もう事後報告じゃん。

「別に宮崎さんがデビューするだけだし問題無いだろ」

「それ言われたら何も言えないけど、そもそも宮崎さんってVtuberになりたかったっけ?歌い手は嫌だって言ってたじゃん」

 自分の歌を聴く程じゃないって言っていたしVtuberになる意味ってあるのか?

「堀村君に言われたのよ。九重ヤイバ以外の歌ってみたを作りたくないかって」

「どういう事?」

「VtuberになってMIX師としての知名度を上げて、色んな人の個人依頼を受けたいのよ」

「別にやろうと思えば今のままでも出来るんじゃない?」

「どんな人か分からない上に名前も『九重ヤイバの友人』ってなってる人にソロの歌ってみたMIXを頼みたい人っている?」

「確かにそうだけど……」

 企業勢では無いけど、企業のアシスタントに依頼するようなものだしな。俺が絡んでいない歌ってみたを出すのは失礼って思うのは事実。

 しかし自身がVtuberとして表に出ていたら依頼をしやすいってことか。

「安心して、斎藤君の歌ってみたが一番だから。何があってもあなたを最優先に動いてあげるから」

 何を思ったのか、宮崎さんは俺の両肩に手を乗せ、慈愛の瞳でこっちを見てきた。

「そういう心配はしてないよ!」

「自分が一番だって自覚しているのね。流石九重ヤイバ」

「そういう意味でもないから!」

「で、樹は何のためにそんなことを?」

 このままだと延々と弄られそうだったので話題を切り替えた。

「そりゃあ勿論VALPEXをフルパで気軽にやれるようにするためだよ。流石に俺らの間に一人呼ぶのは酷だしな」

 それっぽい言い訳でもしてくるのかと思えば、かなり正直に白状した。

 どうやらこいつは俺の出ている大会見ていてフルパ欲が高まったらしい。

「宮崎さんはVALPEX出来るの?」

「分からないけど必死で練習するわよ。VALPEXはVtuberの交流ツールらしいから」

「本当に徹底しているね」

 歌ってみたのMIXを担当する為には何でもしそうだなこの人。

「ってことで隣に部屋を借りたからPCのセットやるぞ」

「隣に借りたの!?」

「そりゃそうだろ。ボイス収録用の部屋を配信用にまた作り替えるわけにはいかないだろ」

「そっちじゃなくて金の問題なんだけど……」

「お前のお陰でアホみたいに稼いでいるからな。最近お前の同人誌も出したし」

「なるほどね……」

 俺は絶対に読まないようにしているが、樹は定期的に俺の同人誌を作っている。

 今回はどうやら1万部くらい売れたらしい。実在する男の同人誌を買うなよお前ら……


 宮崎さん用に購入したパソコンが俺と樹が使っているものを遥かに凌駕する性能であることに驚きながらもセットを済ませた。

「今は6時か。じゃあ俺たちはリビングに退散するぞ」

「は?」

「7時から初配信すんだよ」

「は?」

 報告した当日に配信とかあるか?せめてもっと早く行ってくれよ。

 リビングに向かった俺たちは視聴用のパソコンをテレビに接続し、宮崎さんのチャンネルを開いた。

 その名も『歌音サケビ』だった。

「『歌音サケビ』ってボカロみたいな名前だね」

 今は違うけど、初期のボカロはこんな感じの名前が多かった気がする。

「本人の希望だからな。歌好きですって前面に押し出しているような名前と見た目にしろって」

「なるほどね。確かに歌が好きってことはよく分かるよ」

 歌音サケビはロングの桃髪で夏のセーラー服。ネクタイは黄色でリボンに見えるような結び方をしている。

 どこかで見た有名ボカロの特徴を集めており、見る人が見たら元ネタに気付くだろう。

「色がバラバラな上に明るいからバランス考えるのはかなり苦労したんだぜ」

「お疲れ様」

「7時から配信だからってこっち来たけどめっちゃ暇だな」

 そりゃ一時間後だからな。

「なら評判でも見てみる?」

「そうだな。俺の腕を痛めて産んだ子がどんな風に思われているのか気になるしな」

 ツリッターを開いてみると、『歌音サケビ』がトレンドに入っていた。

「注目はされているみたいだな。だが、」

「賛否両論って感じだね」

 ぐるぐるターバンが手掛けた新たなVtuberが誕生することを歓迎する声はかなり多く、配信が楽しみだというツイートが散見される。

 だが、それと同時に歌音サケビがデビューすることに否定的な声が見られる。

『男性二人組の実質ユニットに女をぶち込むのは駄目でしょ』

『あの空間に女は要らない』

 といったもの。要するに男二人の関係に女が入ることに否定的だという事らしい。

 中には単に炎上させたいだけの奴もいるが、主に俺の本気で惚れているガチ恋勢や、俺とぐるぐるターバンの絡みを好むカップリング厨の怒りだろう。

「思っているよりも多いな」

「そうだね」

 一応俺がアスカやながめのような女性陣とコラボする際も少なからずこういった層は存在する。

 ただそれはごく少数で、普段は気に留めるようなことでもない。寧ろ気にしていたら配信が出来なくなるから。

 だが、今回の数は異常だ。流石にここまで来ると気にせざるを得なくなってくる。

「まさか、配信をまだやっていないから潰せるとか思っているんじゃねえだろうな?」

 ツリッターを見ながら樹は一つの可能性を挙げた。

「流石にそんなことは……」

「それがあり得るのがネットだからな。世には騒げば自分の思い通りに出来るって思い込んでいる救えねえアホが大勢居るんだよ」

 樹は親の仇でも見ているような目で吐き捨てた。

「救えないって……」

「ああ、救いようのないアホだ。金を落としてから言うならまだ救いようがあるが、こういう奴らは絶対に落とさない。いるだけで害悪な存在なんだよ」

 恐らくイラストレーターとして働く上で過去に何かあったのだろう。

「折れたら負けだ。絶対にあいつらに媚びるな。もしお前がそのせいで追い込まれた時は、俺が一生働かなくていいだけの金をやるから。絶対に折れないでくれ」

「大丈夫だよ。九重ヤイバは絶対に折れないから」

 折れたら九重ヤイバじゃないし、これを聞いて折れるのは男ですらない。

「ありがとうな」

「俺はちょっと宮崎さんの様子を見てくる」

 この状況を見たら少なからずショックを受けているはず。心配になって俺は宮崎さんの所へ向かった。
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