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第1話 しがみつ鬼
(5)惨劇の断ち切り
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今では、どす黒く染まった紫色の繭玉。
そこから伸びる一本の糸。
糸と呼ぶには太すぎるそれを目掛けて、巳之吉が飛ぶ。
ドンッ! ザックリ。
ほとんど突き刺すようにして、どうにか鋏を食い込ませる。
力を込めて、鋏を握るものの、縄のような糸は切れない。
端から、パラパラと糸がほつれてくるだけ。
「ほれ、もっと力を込めて断ち切らんかっ!」
鼓舞するような龍の声が、巳之吉の耳に届く。
「わ、分かってらいっ! だけどよぉ、こいつは硬ぇぜぇ!」
「弱音を吐くな。そのようなことで、人の魂を救えるものか」
「くっそう! 勝手なこと、言いやがって!
少しは、手を貸してくれてもいいだろうがよっ!
あぁ、指が痺れてきやがった!」
「素直に助けて欲しいと言えぬものかのぅ。やれやれ。
この糸に囚われた哀れな男に免じて、手を貸すとするか。
とはいえ、今の我には、手は無いんだがのぅ。はっはっは!」
「阿呆なこと言って笑ってねぇで、さっさとしてくれぃ!」
「全く……。これだから、坊っちゃん育ちは……」
龍の声は、呆れたような溜め息をつきながらも、巳之吉に従う。
ピシャーン! ビリビリッ!
糸切り鋏に、雷が走る。
青白い光が、辺りを照らす。
その衝撃に、縄のようにぎゅっと詰まっていた糸が、僅かに解れる。
「よっしゃ! 来た! これは、切れるぜ。ありがとよ、黒助!」
「誰が黒助か。勝手に我を名づけるでない」
「だってよ、おまえ。聞いても『名なぞ無い』とか言うからよぅ!」
「いいから、早ぅ切らぬか」
「おうっ!」
巳之吉は、両手で鋏の持ち手を握り直す。
そして、全身の力を込めて、ぎゅぎゅぎゅいっと刃を閉じる。
ザッ、ザッ、ザッ、ザクリ。バチンッ!
とうとう糸が断ち切れる。
と同時に、人の悲鳴のような、怨みの声のようなものが辺りに響き渡る。
キェェェェェ!
あぁぁぁーーー!
ヴヴ、ヴヴヴェェェーーー!
それらは、やがて、どこかに吸い込まれでもしたように消えていく。
あまりの騒がしい音に、手のひらで耳をふさぐ巳之吉。
音が止むと、ハッとしたように、辺りをキョロキョロと見回す。
すぐに巳之吉の目が、桔梗を探し当てる。
桔梗は、音も無く刀を鞘に納めると、巳之吉のほうへと歩いてくる。
腰に指した刀は、またいつの間にか篠笛へと変わっていく。
先ほどまで、亡霊らしきものたちに立ち向かっていた桔梗。
苦戦を強いられているように見えていたが、表情に変化は無い。
傷ひとつ無い様子の桔梗の姿に、巳之吉は胸を撫でおろす。
「桔梗! おめぇ、だいじょぶだったかい?」
「ええ、少し危ないところでしたが、その前に糸が切れたようで」
「あのお化けみたいなやつらは?」
「糸に絡みついていた染みの欠片でしょう。
糸が切られて、己らが消えることに抗っていたのかと」
「そうか……。やつらは、やつらなりに、この世に未練があらぁな」
「はい。それでも仕方ありませぬ。
どちらかを救えば、どちらかは消える定め」
「うん……。まぁ、そうだな……」
桔梗の言葉に、巳之吉は、すっきりとはしない表情を浮かべる。
それも刹那のことで、すぐに顔を上げて、キリリとした目を見せる。
「さて、これで、あの惨劇は起こってねぇことになった。
だがよ、それも今だけのことよ。次の糸を追わなけりゃ」
「そうです。あの惨劇の因を取り除くまで、糸は切り続けなければ」
「そうと決まりゃあ、追うとしようぜ」
切られた糸は、大人しくしているようにも見えた。
ところが、しばらくすると、うねうねと動き始める。
紫色に見えていた糸が解れて、赤色と青色の二本の糸に分かれる。
二本の糸は、付かず離れずの距離を保ったまま。
ぐるぐると二重の螺旋状になって空中に浮かび、どこかへ進んでいく。
それは、二匹の蝶が戯れる様子にも似ていた。
幻想的にも見える、その糸を追い、巳之吉と桔梗は走る。
ふたりの周りには、相変わらず、濃い霧のようなものが立ち込めている。
本来であれば、糸を見ることも叶わない濃い霧の中である。
しかし、ふたりは、迷うこと無く、糸を追いかけることが出来る。
二本の糸は、どちらもボウッとした光を発している。
蛍のそれにも似た光は、ふたりを導くようにも誘うようにも見える。
あるいは。
『捕まえてごらん』と、からかうようにも見える。
兎にも角にも、ふたりは糸を追いかける。
糸が呼ぶ、その先でふたりが見たものは、再びの紫色の繭。
赤色と青色の糸がしっかりと絡み合って、紫色の繭玉を作っている。
「ありゃあ、あすこが本命に違ぇねぇ」
「ええ。あれは、なかなかに見ない色ですね」
「あの長屋にいた兄さんのホントの苦しみの因は、ここか」
「そうでしょう。あれは、もはや、黒と呼んでいいものか……」
そこから伸びる一本の糸。
糸と呼ぶには太すぎるそれを目掛けて、巳之吉が飛ぶ。
ドンッ! ザックリ。
ほとんど突き刺すようにして、どうにか鋏を食い込ませる。
力を込めて、鋏を握るものの、縄のような糸は切れない。
端から、パラパラと糸がほつれてくるだけ。
「ほれ、もっと力を込めて断ち切らんかっ!」
鼓舞するような龍の声が、巳之吉の耳に届く。
「わ、分かってらいっ! だけどよぉ、こいつは硬ぇぜぇ!」
「弱音を吐くな。そのようなことで、人の魂を救えるものか」
「くっそう! 勝手なこと、言いやがって!
少しは、手を貸してくれてもいいだろうがよっ!
あぁ、指が痺れてきやがった!」
「素直に助けて欲しいと言えぬものかのぅ。やれやれ。
この糸に囚われた哀れな男に免じて、手を貸すとするか。
とはいえ、今の我には、手は無いんだがのぅ。はっはっは!」
「阿呆なこと言って笑ってねぇで、さっさとしてくれぃ!」
「全く……。これだから、坊っちゃん育ちは……」
龍の声は、呆れたような溜め息をつきながらも、巳之吉に従う。
ピシャーン! ビリビリッ!
糸切り鋏に、雷が走る。
青白い光が、辺りを照らす。
その衝撃に、縄のようにぎゅっと詰まっていた糸が、僅かに解れる。
「よっしゃ! 来た! これは、切れるぜ。ありがとよ、黒助!」
「誰が黒助か。勝手に我を名づけるでない」
「だってよ、おまえ。聞いても『名なぞ無い』とか言うからよぅ!」
「いいから、早ぅ切らぬか」
「おうっ!」
巳之吉は、両手で鋏の持ち手を握り直す。
そして、全身の力を込めて、ぎゅぎゅぎゅいっと刃を閉じる。
ザッ、ザッ、ザッ、ザクリ。バチンッ!
とうとう糸が断ち切れる。
と同時に、人の悲鳴のような、怨みの声のようなものが辺りに響き渡る。
キェェェェェ!
あぁぁぁーーー!
ヴヴ、ヴヴヴェェェーーー!
それらは、やがて、どこかに吸い込まれでもしたように消えていく。
あまりの騒がしい音に、手のひらで耳をふさぐ巳之吉。
音が止むと、ハッとしたように、辺りをキョロキョロと見回す。
すぐに巳之吉の目が、桔梗を探し当てる。
桔梗は、音も無く刀を鞘に納めると、巳之吉のほうへと歩いてくる。
腰に指した刀は、またいつの間にか篠笛へと変わっていく。
先ほどまで、亡霊らしきものたちに立ち向かっていた桔梗。
苦戦を強いられているように見えていたが、表情に変化は無い。
傷ひとつ無い様子の桔梗の姿に、巳之吉は胸を撫でおろす。
「桔梗! おめぇ、だいじょぶだったかい?」
「ええ、少し危ないところでしたが、その前に糸が切れたようで」
「あのお化けみたいなやつらは?」
「糸に絡みついていた染みの欠片でしょう。
糸が切られて、己らが消えることに抗っていたのかと」
「そうか……。やつらは、やつらなりに、この世に未練があらぁな」
「はい。それでも仕方ありませぬ。
どちらかを救えば、どちらかは消える定め」
「うん……。まぁ、そうだな……」
桔梗の言葉に、巳之吉は、すっきりとはしない表情を浮かべる。
それも刹那のことで、すぐに顔を上げて、キリリとした目を見せる。
「さて、これで、あの惨劇は起こってねぇことになった。
だがよ、それも今だけのことよ。次の糸を追わなけりゃ」
「そうです。あの惨劇の因を取り除くまで、糸は切り続けなければ」
「そうと決まりゃあ、追うとしようぜ」
切られた糸は、大人しくしているようにも見えた。
ところが、しばらくすると、うねうねと動き始める。
紫色に見えていた糸が解れて、赤色と青色の二本の糸に分かれる。
二本の糸は、付かず離れずの距離を保ったまま。
ぐるぐると二重の螺旋状になって空中に浮かび、どこかへ進んでいく。
それは、二匹の蝶が戯れる様子にも似ていた。
幻想的にも見える、その糸を追い、巳之吉と桔梗は走る。
ふたりの周りには、相変わらず、濃い霧のようなものが立ち込めている。
本来であれば、糸を見ることも叶わない濃い霧の中である。
しかし、ふたりは、迷うこと無く、糸を追いかけることが出来る。
二本の糸は、どちらもボウッとした光を発している。
蛍のそれにも似た光は、ふたりを導くようにも誘うようにも見える。
あるいは。
『捕まえてごらん』と、からかうようにも見える。
兎にも角にも、ふたりは糸を追いかける。
糸が呼ぶ、その先でふたりが見たものは、再びの紫色の繭。
赤色と青色の糸がしっかりと絡み合って、紫色の繭玉を作っている。
「ありゃあ、あすこが本命に違ぇねぇ」
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