始まりと菖蒲

クリヤ

文字の大きさ
8 / 21

(8)転地療養

しおりを挟む
 文箱からあふれ出た手紙をショウタは、大事に持って帰った。
 その手紙を日付順に並べてみる。
 そして、古いほうから読んでいくことにした。

 半月前のものは、普通の手紙。
 今日あったできごとや天気、花の話なんかが書いてある。

 ショウタの手紙が文箱に無かったためだろう。
 次の日からは、毎日、手紙を書いていたようだ。

 はじめは、心配している様子。
 だんだんと戸惑いに変わり。
 
 庭仕事をいつも通りにしているショウタを屋敷の中から見かけた日。
 静かな怒りを込めた丁寧な文章の手紙。

 ついには、諦めたような雰囲気の手紙。
 それなのに、次の日には、思い出し怒りを込めた手紙。

 不思議なもので、日付順に読んでいくうちに、ショウタはお嬢さんと同じ時間を過ごしているかのような気持ちになっていった。
 しばらく距離を置いたというのに、その距離は無かったかのようにさえ思える。
 見たわけでもないのに、お嬢さんの心配顔、怒ってすねたような頰、困り顔で下がるまゆ毛、笑った時に一本の線のようになる目、そんなものが次々にショウタの脳裏に浮かぶ。

 そして、とうとう今日の日付の手紙の順がやってきた。

 …………………………………………………………………………………………………

 ショウタ様

 どうしてあなたが手紙をくださらないのか。
 わたしには考えても分かりません。

 だから、わたしは呪いをかけることにします。
 文箱を開けて、手紙を読まないと不幸になる呪いです。

 でも、これを読んでいるなら大丈夫、不幸にはなりません。

 あなたがくれたツバキは、押し花にしました。
 わたしの分は、本のしおりに。
 あなたの分は、お守り袋に。

 ツバキの花言葉は、『誇り』だそうです。
 庭のお仕事もできて、文箱も作れるあなたにぴったりだと思うわ。

                           アイリ

 …………………………………………………………………………………………………

 訳も伝えずに、手紙を無視していたショウタを責める様子はなかった。
 ただ、少しの寂しさのようなものを感じた。

 お嬢さんの優しさも気持ちも嬉しいと、ショウタは純粋に思えた。
 けれど、身分違い。
 これを飛び越えていいものなのかは、未だ分からずにいた。

 「おはようございます」
 「あっ、はい。おはようございます」
 「少しだけ、お時間よろしいでしょうか?」
 「え? オレですか?」
 「はい。お願い致します」

 次の庭仕事の日、朝早く。
 道具を取りにあの緑色の小屋に向かったショウタをひとりの女性が待っていた。
 
 「わたしは、お嬢様のお世話をさせていただいている者です」
 「はぁ」
 「あなたとの手紙を文箱に届けていたのは、わたしです」
 「ああ、そうでしたか。そりゃ、どうも」
 「今からお話することは、わたしの勝手な振る舞いです」
 「はぁ」
 「お嬢様は、お体が弱いことをご存知ですか?」
 「そうは見えませんねぇ」
 「はい。あなたと会う時は、体調が良い時ですから」
 「そうでしたか」
 「それと、不思議ですが、あなたと会うと少し元気になられるようで」
 「そりゃ、光栄ですねぇ」

 なんだか要領を得ない話を続ける女性だった。
 ショウタは、少し面倒くささを感じ始める。

 「それで、オレになにを言いたいんです?」
 「もう一度、手紙のやり取りをしていただけないでしょうか?」
 「え? お嬢さんとですかい?」
 「お嬢様以外にも、どなたかと手紙のやり取りを?」
 「いやいや、そういう意味じゃねぇですが」
 「では、お願いできますか?」
 「あの……、お嬢さんとオレとじゃ身分が違いますんで」
 「そんなことは、存じております」

 (だったら、察してくれよ)

 「ですからね、あまりお近づきにならねぇほうが」
 「わたしもそう思います。けれど、お嬢様の元気が出るのならば」
 「いや、だけどね」
 「ずっと……」
 「ずっと?」
 「何度もあなたの手紙ばかり読み返しているのです」

 ショウタの知るお嬢さんの姿からは想像できない。

 「このままだと、転地療養になってしまいます」
 「なんですか、そりゃ」
 「お嬢様が遠くへ行ってしまう、ということです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...