王宮家庭教師は、ドールハウスに溺れる

クリヤ

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第18話 無自覚の恋

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 「もう会いに行かれてもいいんじゃないですか?」

 そんなレイの言葉に勇気づけられて、王子は大学の構内へと足を踏み入れていた。
 本当は、もっと早く会いたかった。
 時間が経つことに、怖れさえ抱いていた。
 今や、夏の宮殿で過ごした日々は遠い。
 子どもの頃の思い出など、日々に追われる中で忘れ去られてもおかしくはない。
 けれど、奨学金の闇を知ってしまった王子に、それは出来なかった。

 王国では、『王=国』である。
 すなわち、王族であり王位継承権第1位の王子も『国』と同義である。
 その王子が知らなかったとはいえ、テオの将来を潰すところだった。
 テオだけではない。
 優秀な国民の将来を潰すところだったのだ。
 正確には、予科校の校長のように、すでに潰された者もいる。
 その罪悪感は、消えない。
 いや、むしろ、自国のあり方を知らなかったでは済まない地位に王子はいた。
 真面目すぎると言われるかも知れない。
 けれど、統治者の地位にいる責任とは、そういうものである。
 それくらいの覚悟が無ければ、人の上になど立ってはならぬ。
 それが、この国の王族たちに施される教育であった。

 もちろん、王族といってもピンからキリまでいる。
 いとこたちのように、同じ教育を受けても、理解出来ない者もいる。
 けれど、王子は、かくありたくは無かった。
 王になる者として、民に認められてこそ、愛する者を手に入れられる。
 そう、考えていた。

 レイは、王子にとって最も身近な民のひとりである。
 いつだってレイは、民の視点から王子に助言をくれる。
 そのレイが、王子の働きを認めてくれた今なら。
 数年がかりの奨学金の法改正を成し遂げて、今なら会いに行ける。
 テオに胸を張って会いに行くことが許される。
 ようやく、そう思えたのだった。

 「魔道学部の基幹講義は、だいたい、この校舎のようですね」
 「う、うん……」
 「大丈夫ですよ? テオ様の時間割りは、把握済みですから」
 「うん」
 「緊張されてます?」
 「まぁ、そうかも知れない。テオは、私を覚えているだろうか?」
 「子どもの頃の思い出を忘れていないにしても……。
  すぐに、今の王子と結びつくかは微妙なところでしょうね」
 「えっ? じゃ、じゃあ、どうすれば?」
 「どうって、挨拶をして、お話をされては?」
 「しかし、テオは私の身分を正確には知らないはず」
 「ええ。ですから、それも含めて打ち明けたらどうです?」
 「だが、テオは受け入れてくれるだろうか? もし……」
 「王子! どうしたのです? いつもの王子と違いすぎますよ?」
 「ははっ! 私は、テオのこととなるとダメなんだ……。
  なぜなのか、自分でも分からない。
  ただひたすらに、嫌われるのが怖くてたまらないんだ」
 「大丈夫ですよ。あなたほどのかたを嫌うなんて。
  その肌も瞳も髪も。誰が敵うというのでしょう?」

 いつもなら心強く思えるレイの励ましも、今の王子には効かない。
 絶対に、失敗したくない。
 その強い想いが、王子を弱くしていた。

 「あ、王子! 来ましたよ、あれがテオ様です」
 「ど、どこだ?」
 「あそこのダークブルーのローブのかたです」

 レイが指し示した方向には、数年ぶりに見るテオの姿があった。
 予科校の頃と身長も細身な体つきも、あまり変わっていない。
 同じ学部らしき数人と話しながら歩いている。
 笑みを浮かべてはいるが、どこかよそよそしい雰囲気。
 瞳には、少しだけ暗い影が落ちている。

 テオの憂いを含んだような瞳を目にした途端。
 王子の体は、ピクリとも動かなくなってしまった。
 心臓は、全速力で駆けた後のように、ドクドクとうるさいほどに騒ぐ。

 「王子? 声を掛けられるなら、今ですよ?
  次の講義が始まってしまいますから」
 「う、うん……」

 王子がためらいを見せている間に、テオは教室へと入ってしまう。
 レイの困惑顔に、王子は大きなため息で応えた。

 「すまない、レイ。ダメだった……」
 「いえ、私は構いませんが。どうなさったのです?」
 「なんと言えばいいのか……。テ、テオの姿を見たら、急に……」
 「急に?」
 「ぜ、全身が熱くなって、体が……こ、硬直したようになって。
  汗が、け、毛穴という毛穴から、ふ、噴き出したようで……」


 ***

 しどろもどろになりながら説明する王子に、レイは驚きを隠せない。
 レイが目にする、いつもの王子は、大人びていて物怖じしない。
 王族たちの前でも、議員たちの前でも、堂々とした態度を崩さない。
 かといって、冷たい態度ということではない。
 ユーモアを交えながらも、自分の主義主張は通していく。
 そんな人だった。

 今、目の前で、顔を真っ赤にして焦る王子は、年相応の若者だった。
 自分が恋に落ちていることに、気づいていない。
 どうして体が動かないのか、本当に分からないようだ。
 ただの幼な友だちのためにしては、頑張りすぎている。
 今まで、そんなことにも気づいていなかったのだろう。

 「王子、息を吸うのを忘れていますよ?」
 「ふぅ? あ、あぁ! もう大丈夫だ……。
  この講義が終わったら、今度こそ」

 (おそらく無理だと思いますけどね……)

 レイは、王子の中に10年ほど前の自分の姿を見る。
 きっと、あの頃の自分も、こんな風に見えたに違いない。

 ひとまず、構内のカフェテリアに移動する。
 レイが運んできたお茶をひとくち啜ると、王子はため息をつく。

 「レイ……。私は、どうしてしまったんだろう?」
 「王子。少しだけ、私の話をしてもよろしいですか?」
 「ん? もちろん構わないが、急にどうしたんだ?」
 「今の王子の違和感の原因が分かるかも知れません」
 「なにっ? それは、ぜひ聞きたい。聞かせてくれないか?」

 自らもお茶を口にすると、レイは、ゆっくりと口を開いた。
 レイの口からこぼれ落ちる物語に、王子は魅入られるように聞き入った。
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