王宮家庭教師は、ドールハウスに溺れる

クリヤ

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第19話 レイの恋

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 隣りの家の年の離れた大好きなお兄さん。
 レイにとって、ミゲルはずっと、そういう存在だった。
 10も年が離れているのに、ミゲルはレイとよく遊んでくれた。
 時間があれば、剣の稽古もつけてくれた。
 簡単な魔法は、ほぼミゲルから学んだといってもいい。
 子どもの頃に読んだ本は、ミゲルの書棚にあったものばかり。
 『レイは、本当にミゲルが大好きね』
 周りの大人たちに言われるたびに、レイは『うん!』と大きく頷いた。

 レイが10才になる頃、ミゲルが王宮警備隊員に採用され家を出た。
 寂しいとは思ったが、レイには友だちもいたし家族もいた。
 隣りの家のお兄さんのことは、いつの間にか忘れていた。

 ミゲルの母のジルは、母の友人でもあったから交流は途切れはしなかった。
 けれど、ジルはミゲルのことをあまり話さなくなった。
 今思えば、話せなかったのだろうと分かる。
 王宮警備隊員には守秘義務がある。
 どこに配属されているのか、休みはいつなのか。
 全て王宮の安全に関わることである。
 だから、ほとんど言えることはなかったのだろう。

 「ジルさん、母さんがこれ食べてって……」

 いつものように、母の使いでジルの元を訪れた。
 レイは、15才になっていた。
 勝手知ったる気やすさで、ジルの家の扉をガチャリと開ける。
 レイの目に入ったのは、いつものジルの笑顔ではなく。
 スラリと伸びた筋肉質な男性の背中だった。

 「あれ? もしかしてレイ? 久しぶりだね」

 振り返った背中の主は、すっかりと洗練されたミゲルその人だった。

 「えっと? ミ、ミゲル兄さん?」
 「そうだよ。レイに会うのは、何年ぶりだろう?」
 「……さぁ……」
 「ははっ! もう俺のことなんか覚えてないか?」
 「い、いや。あの、そういうわけじゃ……」
 「実は、少しだけ怪我をしてさ。しばらくは、ここにいるつもり。
  良かったら、また遊んでくれよ」
 「へ、変なのっ! 大人が『遊んでくれ』なんて」
 「そっか? 実家はやることがなくて、ヒマでさぁ」
 「ふ、ふうん。ま、まぁ、時間があったらね」
 「おぅ! また来てくれよ?」

 実は、ミゲルは王宮警備隊の中から選ばれて、辺境警備隊に所属していた。
 辺境警備隊は、他国から越境してくる野盗や魔物を防ぐ防衛の要だった。
 各組織から選ばれた優秀な若者が所属し、数年の間、国境を守る。
 その後は、その経験を活かして、元の組織で出世していくのが常だった。
 この時のミゲルは、任務中に怪我をして、ひと足先に王都に戻っていた。

 「ミゲルくんには、会えた?」

 家に戻ると、レイの母がニヤニヤしながら聞いてきた。

 「知ってたの? ミゲル兄さんが帰って来てるって」
 「まぁね。あたしとジルは、親友だから、こっそり教えてくれたのよ」
 「へ、へぇ……」
 「ミゲルくん、すっごく素敵になってたでしょ?」
 「そ、そうかな? ま、前と変わんない感じじゃない?」
 「ふふ。そうかしら~?」

 母の追求を避けて、レイはさっさと部屋に戻る。
 自分の部屋に戻ると、ふあぁぁぁと大きく息を吐き出した。

 (ビックリした! ビックリした! ビックリした!)
 (あれ? ミゲル兄さんって、あんなにカッコよかったっけ?)
 (何? あの背中の筋肉! 髪も少しだけ長くなって……)
 (ミゲル兄さんって、あんなに綺麗な瞳だった?)

 ミゲルのことを思い返すだけで、心臓がバクバクと音を立てる。
 全身がカッカと燃えるように熱い。
 かいたことのないくらいの汗が、体のあちこちから流れ落ちる。

 (これ、何? オレ、どうしちゃったんだ?)

 その夜は、いつまで経っても眠れず、レイは何度も寝返りを打った。
 腹の奥底に感じる不思議な熱に戸惑いながら。

 翌朝、外から聞こえるカンカンという音に、レイは目を覚ます。
 音の正体を見定めようと、窓を開けて外を見やる。
 レイの部屋の窓からは、隣りの家の庭が見える。

 カンカンという音は、ミゲルが立てる剣の稽古の音だった。
 召喚した魔導剣を使い、敵に見立てた木の棒を打っている。
 裸の上半身に汗が光る。
 左腕に巻かれた包帯が、少しだけ痛々しい。

 「レイも一緒に稽古するか? 前みたいに」

 ミゲルが、突然、口を開く。
 レイに背を向けたままで。
 それはまるで、背中に目がついているかのようだった。

 「な、なんで、オレが見てるって分かったの?」
 「一緒に稽古すれば、分かるようになるさ」

 それから数ヶ月。
 レイとミゲルは、以前のように共に過ごした。
 魔導剣の稽古中に、ミゲルがレイの体を後ろから支えて教えてくれる。
 それだけで、レイの心臓は破裂しそうになった。
 それと同時に、たとえようのない幸福感にも包まれる。

 (あぁ、オレ。兄さんが好きだ……)

 けれど、幸せな時間にも終わりが訪れる。
 ミゲルが、王宮警備隊に戻る日がやって来たのだ。

 「それじゃあな、レイ。遊んでくれて、ありがとう。また、いつか」

 ここで何も言わなければ、きっともう会えない。
 そんな気がした。
 だから、レイはミゲルの背中に抱きついて、こう言った。

 「まだ後ろに誰がいるか分からない。一緒に稽古したのに。
  だから、だから、まだ教えてよ」
 「ははっ! あれは、おまえを引っ張り出すための方便だよ」
 「それでもいい。オレ、兄さんと一緒にいたいんだ」
 「また帰って来るさ」
 「違うっ! 好きなんだっ!」

 レイの勢い込んだ告白に、ミゲルは驚き顔を隠そうとはしなかった。
 震えるレイの手をぎゅっと握ると、優しく、少し嬉しそうに言った。

 「寂しいってことだよな?」
 「違うよ、もう離れたくないってことだよ」
 「だけど……。そうだな、おまえが18になる頃に迎えに来るよ。
  それまで気持ちが変わらなければ、一緒に暮らそう」
 「ホント?」
 「あぁ、約束だ」


 ***

 「それで? それで、ふたりはどうなったんだ?」

 初めて聞くレイの恋の話に、王子は興味津々だった。

 「もちろん、今は、ふたりの家がありますよ。
  仕事柄、あまり帰れてはいないのですが」

 今ではミゲルは、王宮警備隊隊長として王宮内に自分の部屋を持たされている。
 レイも王子の執事として、王宮内に部屋が与えられている。
 けれど、約束の部屋は、今もそのままにしてある。
 休みが合えば、ふたりは、その部屋で過ごすのを楽しみにしている。

 「ですからね、王子。ご自分のお気持ちに真摯に向き合わないと。
  欲しいものは、簡単には手に入れられませんよ?」
 「うん……。分かってる……つもりなんだけれど。
  この足が、どうにも動いてくれないんだ……」
 「まぁ、でも今は。その体が、王子の正直なお気持ちかも知れませんね」
 「なぁ、レイ。ミゲルとふたりで暮らすまでの話も聞きたいなぁ」
 「ふふ。それは、また今度。機会があれば、ですね」

 レイの話を聞いて、王子は心を決めた。

 (そうだ。時間が、かかったっていい。テオを真剣に想う気持ちがあれば)

 大学にテオに会いに行ったことで、王子は自分の気持ちに気づいた。
 テオへの気持ちは、懐かしさなんかではないと。
 現在進行形の恋なんだと。
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