王宮家庭教師は、ドールハウスに溺れる

クリヤ

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第21話 目覚め

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 その日、目が覚めてしまったのは、何の加減だったのだろうか?
 テオにも分からない。
 いつも通りの一日を過ごして、幸せに包まれて眠った。
 そうだったはず、とテオは思う。


 ***

 トントン! トントントン!
 いつものように軽快に叩かれるテオの部屋の扉。
 待ちわびた人の到来に、飛び出すテオ。

 「おいで! 今夜は、図書室に行こう!」
 「図書室だなんて、本当にいいんでしょうか?」
 「大丈夫。誰もいないよ、安心していい」

 王子に手を引かれて、王宮の廊下をひた走る。
 北側の日の当たらない区画に、王族専用の図書室はある。
 テオにとって図書室は、長年、慣れ親しんだ場所である。
 テオには、本は生活必需品と言っても過言ではない。
 勉学にも、趣味にも使う本。
 勉強に疲れて休憩する時にも、やっぱり手に取るのは本だった。
 けれど、経済的には、本を好きなだけ買えるわけではない。
 だから、図書室は、テオの救いの場所とも言えた。

 図書室の扉を開けると、大きく息を吸い込む。
 それは、図書室に入る時の習慣になってしまっている行為。

 図書室で感じるのは、いつも同じ匂い。
 少しのホコリ臭さと湿気の匂い。
 それから、紙が出す独特の匂い。
 インクでもあり、枯れ草のようでもあり、土の匂いのようでもある。
 場合によっては、甘い菓子のように感じる時さえある。

 (ん……? なんでだろう? いつもの匂いがしない……?)
 (ここは、王族専用だから? いや、本は本なのに……)

 「どうかしたのかい? テオ?」
 「え? あ、あの。この図書室は本の匂いがしないなぁって」
 「……気のせいじゃないか?」
 「そ、そうですよね。浮かれていて、感覚がおかしいのかも」
 「浮かれているのかい?」
 「ふふ。ヴィルと居られる時は、いつも」
 「かわいいことを言ってくれる」
 「本心ですから」
 「そんなかわいい唇は、誰にも知られないように、ふさいでしまおう」

 王子に唇を重ねられると、テオは王子のことだけに意識が集中してしまう。
 腕をなぞる手のひらの感触。
 背中にまわされる、たくましい腕の筋肉のライン。
 王子の舌が這う場所は、いつだってジンジンと疼く。
 王子の髪の毛一本一本まで、テオの肌は感じたくて仕方がない。

 王子の手のひらが、指が、舌が。
 テオ自身や窪みに伸び始めると、もういけない。

 「……んっ! あぁ……。はぁっ! ンアァ! あっ、あっ」

 自分が出す声も抑えられず、揺れ動く腰も止められない。
 体を制御する力を、全て奪われてしまったかのようにも感じる。

 「かわいい、かわいいよ、テオ」

 王子が耳元で何度もささやく。
 テオの耳の中に、王子の甘い声が液体のように流れ込む。
 耳は水の中にいる時のように、遠くなる。
 そして、王子の甘い吐息と言葉だけを拾う。

 テオの中に何度も出入りする王子自身を感じる。
 押し込まれる時の充足感。
 引き抜かれる時のゾクゾクとした気持ち良さと喪失感。
 相反する感情が、くり返し訪れる。

 パチパチ、キラキラと目の端には火花が散る。
 それが見えたら、テオの意識が幸せのまま、遠ざかっていく合図。
 意識を手放してしまっても、気づけば、自分の部屋にいる。
 爽やかな朝日と愛しい人の腕の重みで、目を覚ます。
 テオの体は、いつもすっかりと綺麗にされていて。
 王子から漂う薔薇の香りに包まれて、幸せな目覚めを迎える。

 ***

 (……ん? まだ暗い……?)

 テオのまぶたが、パチリと開く。
 横向きになっているテオの腰に沿って、王子の腕が巻きついている。
 背中が王子の胸で温められ、ホカホカと幸せな熱を持っている。
 急な喉の渇きを覚えて、そっと寝台を出る。

 サイドテーブルに用意された果実入りの水をゴクリと飲み干す。
 まだ暗い外には、月明かり。
 見上げる空には、あふれんばかりの星が見える。

 (たまには、風を浴びないと……)

 思い返せば、最近は、自然の風を感じたことがない。
 王子と共に夜を過ごすようになってから、すっかり外には出ていない。

 カチャリ。
 音を立てないように気をつけながら、窓を開ける。
 そのまま、外に出る。
 風を浴びたいと思ったが、あいにく今日は無風のようだ。
 それでもテオは、寝巻きをヒラヒラとなびかせて、庭を歩く。
 この庭は、いつだって王子と同じ薔薇の香りが充満している。

 テラスの敷石の上を裸足で歩く。
 よく手入れされているのだろう。
 小石のカケラひとつも、足の裏に感じることはない。

 久しぶりに自分の足で歩く庭は、楽しい。
 元々、散歩に行くのは好きだった。
 風を感じ、川の匂いを嗅いで、木々や花の色に目を奪われる。
 そうしていると、自分の活力が徐々に戻ってくる。

 (今の私なら、どこまででも行けそうだ)

 王子の愛に満たされたテオは、弾むように前に進む。
 今、自分が進んでいる道が、同じだとは気づいていない。
 以前、王宮を出ようとした時に通った道だということに。

 (嘘……。ここって……)

 どこまででも行けそうだと思ったテオの足を止めたのは、壁だった。
 高くて白い壁。

 (また夢を見てる? この壁は、私の思い込みじゃなかったのか?)

 近づいて、壁を触ってみる。
 ザラザラとした感触が、それが夢ではないと教えてくれる。

 (どういう……こと? 王宮に壁なんてないはず……)
 (そういえば、さっきの図書室。本の匂いがしなかった……)
 (トルテを食べた時も、厨房に誰もいないのは、おかしい……)
 (さっきも! いくら手入れをしたからって)
 (庭に小石のひとつも落ちていないなんて、あり得るか?)

 混乱したテオは、気を落ち着かせようと空を見上げる。
 いつものように、美しい満天の星と上弦の月。

 (空は、いつもと変わらない……)
 (って、おかしいだろう! 私は、何をぼんやりしてるんだ?)

 ここに来て、テオは、ようやく気がついた。
 風ひとつ吹かない庭。
 変わらない星の位置と月のかたち。

 (ここは……、ここは、どこなんだ? ヴィルは、本物……?)

 疑い出したら、全てが嘘のように思えてくる。

 (全部、私の夢? いや、妄想なのか? だけど……)

 さっきまで王子と繋がっていた感覚は、今もテオの窪みを疼かせている。
 唇が肌を這う感触だって、今も感じられるというのに!

 頭を抱えて、しゃがみ込んだテオの肩にふわりと布が掛けられる。
 その暖かさに、顔を上げる。

 「気づいてしまったようだね、テオ」

 そこには、泣き笑いのような表情を浮かべた王子が立っていた。
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