王宮家庭教師は、ドールハウスに溺れる

クリヤ

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第29話 心に差した魔

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 テオが王宮を訪ねてきた日。
 王子は、口から飛び出そうな心臓を無理やり押し込む。
 平気な風を装ってはいるが、背中は汗で、びっしゃりと濡れていた。
 幸い、顔には出ない。
 生まれた時から、王子としてそう育てられてきたおかげだった。

 「ようこそ、先生。私が、ヴィルヘルムです」

 震えそうになる声を必死にこらえて、優雅に見えるように挨拶をする。
 テオに正面切って会えるのは、何年ぶりだろう。
 昨夜は楽しみのあまり、全身を艶々に磨いた。
 王子専用の薔薇の香油もたっぷりと肌にすり込む。

 「王子……。楽しみなのは分かりますが、やりすぎです」
 「だが、テオに会えるのは、本当に久しぶりだから……」
 「そうでしょうけれど、いつも通りで十分素敵ですから。
  そんなにつけたら、テオ様が香油の匂いに酔ってしまいますよ」

 レイがあきれたように、けれど、ほほえましそうに言う。
 どうにか、いつもの王子に戻すと、寝台にもぐり込む。
 もちろん、ちっとも眠れるわけは無かった。

 久しぶりに至近距離で見るテオに、あの頃の面影を探す。
 身長もだいぶ伸びて、少年の頃の華奢さは無い。
 けれど、灰色と青が混じったような瞳の色。
 その奥に宿る優しげな雰囲気。
 それは、あの頃と少しも変わっていない。

 大人にはなったものの、同年代にしては細い手首。
 ダークブルーのローブがよく似合う、スラリとした首筋。
 頭が揺れずに、スッスッと進む歩きかた。
 照れ笑いをすると、ふせられるまぶた。

 テオを間近にして、王子の中に子どもの頃とは違う感情が湧き上がる。
 フツフツと煮えたぎるような熱い想い。
 今すぐにでも、自分の腕の中に閉じ込めてしまいたい。
 テオの全てを自分だけのものにしたい。

 その欲求をどうにか抑え込む。
 けれど、王宮という自分の領域に入ったテオを外に出す気にはなれない。
 外に出してしまえば、引き戻すのは難しい気がした。
 こっそりとレイに耳打ちをする。
 レイは頷いて、手筈を整えてくれた。
 テオを王宮に閉じ込めてしまうための手筈を。


 *****

 「あの時⁉︎  僕がお菓子に夢中になってた時に?」
 「うん。ふふ。お菓子で口をいっぱいにさせるテオがかわいくて。
  でも、僕は、これでも我慢していたんだよ?」
 「そっか。僕は、あの時はね。お菓子もおいしいし。
  もちろん、王子様が綺麗すぎて……。ボーッとしちゃってた」
 「それで、流されるままに住み込みの家庭教師に?」
 「そう、なんだけど。それでも、それだけじゃないよ」
 「……?」
 「少し話せば、王子様が聡明で勉強熱心なことは分かったし。
  一緒にいたい、って思ってしまったのは確かだったから」
 「あ、ありがとう……。テオ」
 「え? どうして泣いてるの? ヴィル? ヴィー?」


 *****

 テオを王宮に引き留める計画は成功したものの、王子の不安は消えない。
 全てを手に入れなければ、この不安は消えないだろう。
 テオの全てを。

 自分が、子どもの頃に夏の宮殿の薔薇園で会ったヴィーだと明かすべきか?
 そうも思ったが、それは出来ないと思い直す。
 テオは、ヴィーが身分違いの立場だから会えなくなったと思っているはず。
 それなのに、ヴィーが王子だと知ったら。
 ますます、身分に遠慮して距離を置かれてしまう。
 そんな気がした。

 どうすれば、テオの全てを手に入れられるだろうか?
 そんなことばかりを考えているうちに、王子の心に魔が差した。 
 先に、体を手に入れたらどうだろう?
 体を手に入れたら、情に流されてくれるんじゃないのか?

 「学びたいのは、昼だけではないんだ」

 そう言って、訪れた深夜のテオの部屋。
 すっかりとくつろいで、薄い寝巻きに包まれているテオ。
 ローブを脱いだ姿は、思ったよりも細くて。
 その場で抱き潰してしまいたい気持ちを抑えるのが辛い。

 それでも、唇を合わせることを我慢することは出来ない。
 初めて合わせた唇は、媚薬のように王子の全身を熱くした。
 少し合わせただけで、とろけそうになるというのに。
 心の奥からあふれる貪欲な自分の声に抗えない。
 もっと、もっと、もっと。
 そうくり返す自分の心の声を止めたのは、テオの魔法だった。
 感覚遮断魔法を唱えたテオが、王子を止める。
 『傷ついた』
 冗談とも本気とも思える言葉を残して、テオの部屋を出る。
 余裕のあるフリで部屋を出たが、その瞬間からひざがガクガクと震える。

 (危なかった……。これは、思った以上にマズい)
 (唇を合わせるくらい、なんでもないと思っていたのに)
 (テオを虜にさせて、ここから出られなくしたかったのに……)
 (落ちてしまったのは、僕だ……)

 その夜は、当然のように眠れなかった。
 何度も唇の感触とテオの悩ましい表情が、脳裡に浮かんでは消える。
 頬の火照りと唇のしびれが、いつまでも消えない。
 それなのに。
 また、深夜になるとテオの部屋に来てしまう。

 (なんだ、これは? テオの唇には中毒性でもあるのか……?)
 (また触れてしまえば、悶々として眠れなくなるぞ)
 (でも……。何度でも、あの唇に触れたい……)

 次の夜は、テオがぐっすりと眠り込んでいた。
 そっと、その唇に触れる。
 テオが嬉しそうに応えてくれたと思ったのは、気のせいだろうか?
 乱れた寝巻きから、胸の突起がのぞく。
 『食べたい』
 そう思った時には、それを口に含んでいた。

 「……んっ。……ンァ、んんっ! ふぅ、あっ、うっ」

 舌で優しく転がすと、テオの口から甘い声がもれ出す。
 その声は、王子の官能を刺激して、ますます舌が止まらない。

 (あぁ、ダメだ。このまま、手に入れてしまおうか)
 (でも……。そんなことをしたら、やはり嫌われてしまうのか?)
 (それは嫌だ。心が通じ合って、体が通じたら、きっともっと……)

 離れたくない気持ちをグッとこらえて、テオから唇を離す。
 ぷっくりと紅く色づいた突起が、王子を誘うようにも見える。
 突起を見ないようにして、テオの寝巻きを整える。

 「テオ……。早く身も心も僕のものになってくれるのを待っているよ」

 小さくささやくと、最後にテオの唇にキスをする。
 幸せそうな寝顔で、う~んと寝返りを打つテオ。
 王子の深夜の訪問にも、応えてくれている。
 全てを手に出来る日は、きっと近いはず。
 王子は、そう思い込んでいた。
 『テオが、王宮から逃げ出そうとした』
 そう、聞くまでは。
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