代書屋ヒイラギと花言葉

クリヤ

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第2話 恋と薫衣草

(7)代書屋の仕組み

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 ヒイラギは、カオルの言葉を一言一句違えることなく、代書してくれた。
 できれば自分で書いた手紙を出したい、とカオルはヒイラギに頼んだ。
 「それは、残念ながらできないんですよ。
  代書屋が書いた文書だけが、時や場所を選ばずに届けられるので」
 そう言われると諦めるしかなかったが、レイに信用してもらえるか心配だった。
 「でも、安心してください。代書をしているところを見れば、分かりますよ」
 何が分かるのか? と思ったカオルだったが、書き出した手紙を見てすぐに分かった。
 その筆跡は、確かに中学生の頃のカオルのものだった。

 「ひとつ、お知らせしなくてはならないことがあります」
 代書し終わったヒイラギが、なぜだか申し訳なさそうにカオルに言う。
 「……なんですか?」
 嫌なことか困ったことかな? 不安を覚えながら、聞くカオル。
 「この代書された文書を相手のかたが受け取る時期ですが……。
  相手が読む心の準備が整った時とか読む必要がある時に届くようなんです。
  ですから、今のレイさんが受け取るかは分かりません」
 (なんだ、そんなことかぁ)
 カオルは、ホッとした顔を隠さずに言った。
 「大丈夫です。僕だって、今すぐレイに会いに行けるわけじゃないですし。
  レイに届くってだけで、奇跡みたいなものだから」
 「そうですか。それなら、良かったです」
 「あのぅ……」
 安堵した表情のヒイラギに対して、今度はカオルが照れくさそうにしながら問う。
 「レイからの返事なんかは、届いたりしませんか?」
 「……どうでしょう? 返事は届くこともありますが……」
 「たまに確かめに来てもいいですか?」
 「おそらく、それは難しいと思います」

 ヒイラギがさらに、この不思議な代書屋の仕組みを教えてくれた。
 代書屋を見つけられるのは、代書を必要としている人だけだということ。
 その人にだけ分かるかたちで、代書屋へ導かれるということ。

 「だから、あなたが読むべき返事が届くなら、その時はきっと分かります。
  反対に、それまでは、この代書屋を探しても見つけることはできないでしょう」
 ここへの道は知ってるから、来られそうだけど……?
 カオルは不思議に思ったが、とりあえず頷いていた。

 「お茶をもう一杯、いかがです?」
 話も代書も終わって、ヒイラギがティポットを持ち上げながら言った。
 そこで、カオルはハッとして、急に焦りを感じた。
 「あ、あの! 今、何時ですか? 僕、僕は戻らないと……」
 レイとの長い話をして、代書もしてもらって、いったい何時間が経ったんだろう?
 きっとパパが心配している!
 過去の話をして、すっかり過去のカオルに戻っていた意識が、現在の自分へと戻る。
 青ざめて慌てるカオルを見ても、ヒイラギは落ち着いた態度を崩さなかった。
 「大丈夫だと思いますよ」
 そんな呑気なことを言っている場合じゃない、とカオルはバタバタと立ち上がる。
 この国では、子どもをひとりで歩かせたりすると、親が虐待を疑われる。
 カオルは、禁止されるほど小さくはないけれど、夜になってしまえば話は別だ。
 通報されたりしたら、パパが大変なことになる!
 「と、とにかく、戻ります。ありがとうございました。
  また、きてみます。それじゃあ」
 代書屋のドアを開けながら、カオルがそれだけ言って外へ飛び出す。
 閉まりゆくドアの向こう側で、ヒイラギが何か言っていたようだった。
 その時のカオルには、聞き取ることはできなかった。

 「ラヴィ? どうしたんだい? こんなところで」
 一目散に走って路地裏の細い道を抜ける。
 路面電車の走る大きな通りに出ると、パパの声がして振り返る。
 「パパを迎えにきてくれたの? ごめんごめん。少し遅くなったね」
 少し? そんなはずは……。
 辺りを見回すと、広場に面した市庁舎の大時計が目に入る。
 時計が指し示している時刻は、少年が本屋を出てから5分ほどしか経っていなかった。
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