魅了なんて、オレには効かない

クリヤ

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第1章 王都脱出

(2)従者ティム

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 「王子とグリュン=ラント姫との婚約は破棄とする。
  姫には、王都からの追放を命じる。これは、王命である!」

 やけにリアルな声が聞こえる。

 (いいゲームは、モブ役の声優さんまでいい声だ)
 (ん? なんだ?)

 一瞬、画面が白くぼやけて見えなくなる。
 画面を注視していたオレは、違和感を覚えて顔をあげる。

 その瞬間に狭いオレの部屋は、謁見の間へと変わる。
 高い天井。
 美しく敷き詰められた大理石。
 玉座へと続く赤いビロードのカーペット。

 あぐらをかいてポータブルゲーム機を見つめていたはずのオレ。
 いつの間にか、片膝をついて謁見の間の隅に控えている。
 顔はうつむいているが、これは画面を見てるのと同じ。

 (はぁ? なんだ、これ?)

 周りを見渡すために顔をあげようとする。

 「これっ! 顔をあげるでない。不敬であるぞ」

 隣りのオッサンに小突かれて、慌てて頭をさげる。

 (痛ぇよ、オッサン。思いっきり、ひじ当てやがって!)
 (っていうか、今ってどういう状況?)
 (夢? こんなリアルな?)

 オレがごちゃごちゃと頭の中で考えているうちに。
 誰かがもめているような声が聞こえる。

「父上、お待ちください。なぜ、婚約破棄など?」
「なにを言っている、王子よ。おまえの望みであろう?」

 (この声……。まぢで⁉︎)

 ガバッと頭をあげる。
 今度は早すぎて、隣りのオッサンの制止は間に合わない。
 
 (やっぱり! まぢか~~~!)

 玉座に向かって、イケボで抗議していたのはオレの推し。
 ルートヴィッヒ王子。

 (やべぇ! イケメンすぎるじゃん!)

 ぼうっと眺めていたいオレの気持ちを無視するように。
 隣りのオッサンの太い毛むくじゃらの腕が、オレの頭を押さえつける。

 「ティム、おまえ、どういうつもりだ。殺されたいのか?」

 (ティム? ティムって誰だよ? え? どういうこと?)


 *****

 オレはどうやら、迷い込んでしまったようだ。
 さっきまで自分がプレイしていたゲーム。
 『魅了なんて、オレには効かない』の世界に。

 このゲーム。
 設定は、よくある異世界令嬢ものの乙女ゲー。
 ヒロインと悪役令嬢、そして断罪。
 そういう舞台を使いながらも。
 ストーリーは、まったく違う。

 このゲームのジャンルは、実は『異世界BL』。
 イケメン王子が、攻略対象たちと友情や愛情を育みつつ。
 最終的には、唯一の愛を見つける物語。

 だから、当然。
 ヒロインも悪役令嬢も。
 なんなら、すべての女性がモブ。
 顔さえ、ほとんど描かれない。

 プレイヤーは、このイケメン王子になりきって。
 攻略対象のイケメンたちとの恋を楽しむ。
 BLの世界を外から眺めるのではなく、中に沈んで萌える。
 それが売りのゲーム。

 オレは、このゲームに、どハマりして。
 というより、ルートヴィッヒ王子に、どハマりして。
 一周目を早々にクリアした。
 二周目に突入し始めたところで、飛ばされて来たようだ。

 だけど、様子がおかしい。
 この最初の断罪シーンは、平和なもののはず。

 王子の父である国王は、穏やかで理解があり、息子に甘い。
 国民は、みな、のびのびと暮らしていて。
 豊かで幸せな国として描かれている。
 隣りのオッサンのように、怯えたやつなんかは、いない。

 婚約破棄も、婚約者の令嬢は悪役なんかじゃなくて。
 王子の指向を知った父王が、令嬢に頭をさげて破棄してもらう。
 ところが。
 息子のためにした一方的な婚約破棄が、王の地位を揺るがす。

 連邦国家である、この国。
 各ラントの領主の過半数の同意が王権の維持には、必要だった。
 王子は、自分のために失った父王の信用を取り戻すため。
 とか言いながら。
 各ラントのイケメンたちとの恋のために。
 王都を旅立つのだった……みたいなストーリー。

 敵として王子の前に立ちはだかるのは、ヒロイン。
 ある理由から、どうしても王子を手に入れたいヒロイン。
 自国の金色の魔女に『魅了魔法』を伝授してもらう。
 王子の行く先々で、あらゆる手を使って魅了しようとする。

 が、そこは『BLの世界』。
 魔女の『魅了魔法』は、『BLの世界の住人』には効かない。
 とうとう、ヒロインは、王子の命を奪うことを考え出す。

 と、まぁ。
 色々と設定はあるのだが、話のメインは恋バナ。
 暗い要素は、あまり出てこない。
 都合がいいと言われれば、その通りだが。
 それを分かったうえで、キュンキュンしてるので問題ないのだ。


 *****

 そうこうするうちに、王子が目の前で倒れる。
 近くにいた金色のドレスの女性が、何かしたようだ。

 「マズい! まさか、ここで手を出すとはっ!」

 隣りのオッサンが、カッコいいセリフを吐く。

 (っていうか、このオッサン、誰なんだ?)

 ゲームには出てこないオッサン。
 そして、そもそもオレ。
 オレは、誰なんだ?
 ゲームのキャラには、ティムなんていない。

 「ティム、おまえが王子をお助けするんだ」
 「は? へ? オレが? なんで?」
 「おまえまで、おかしな魔法にでもかかったか?」
 「は?」
 「おまえは、王子が生まれた時からの幼なじみで従者じゃないか」
 「え、そうなの?」
 「本当に大丈夫か?」
 「いや、オレは……」

 わけが分からずに、オロオロするオレ。

 「しっかりしろぃ!」

 隣りのオッサンがそう言って、デッカい手のひらでオレの背中を叩く。

 バシン!
 その瞬間に、ティムの記憶が嵐のあとの濁流のように。
 オレの頭の中に流れ込んでくる。

 王子と木のぼりをするオレ。
 ともに剣を習うオレ。
 城の厨房から、おやつを盗んで分け合う王子とオレ。
 馬で遠乗りをする王子とオレ。
 王子の私室で勉強中にふれあう手と手。
 熱いくちづけを交わす王子とオレ⁉︎

 (これ、オレ、王子のこと、愛しちゃってるじゃん!)

 隣りのオッサンは、ティムの父親で近衛隊長。
 ティム本人は、王子の直属扱いになっていた。

 「あ! 父さん」
 「目が覚めたか、ティム。王子を頼んだぞ」
 「は、はい。すぐに出ます」

 (王子を殺させるものか!)

 ティムの記憶が流れ込んでから、オレとティムとの境目があいまいだ。
 だけど、どちらも王子ラブなのは間違いない。
 オレは、怪しげな連中のあとを追った。


 *****

 この城の中の人たちは、大半が魅了魔法にかけられていた。
 王子が引きずられているというのに、誰も手を出さない。

 怪しげな連中は、全員が金の仮面をつけていて不自然だ。
 それなのに、とがめる者がいない。

 (おい、引きずんなよ! イケメンがケガするだろうがっ!)

 本筋とは関係ない怒りに支配されつつ、王子の行方をうかがう。

 地下牢に幽閉されることは、ティムにとって想定済みだったようだ。
 あらかじめ用意してあったアイテムバッグを身につける。

 気を失った王子が服を脱がされ、獄衣に着替えさせられる。
 ゴクリ。
 そのあられも無い姿に、ときめきが隠せない。
 この感情は、ティムなのか? それとも、オレ?

 やがて、牢の前には誰もいなくなる。
 魅了魔法さえ使っておけば、見張りなど不要なのだろう。
 オレは、スルリと牢に入り込んで王子に近づく。

 「王子、王子! どうかお目覚めください!」

 優しく声をかけて、体を揺する。

 「ティム? わたしは……? うっ、痛い」

 王子のイケボが、こんな間近で。
 胸がドクンと鳴る。
 傷ついたイケメン。
 悩ましげな声。
 艶やかな肌。
 獄衣からのぞく美しい鎖骨。
 オレは、自分のときめきが悟られないように。
 冷静さを装って、口を開く。

 「王子、今すぐ、わたしとともに、ここを出てください」
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