春になったら君に会いたい

松下柚子

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告げる秋

落ち着かない朝

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日曜日の朝、俺はバイト先の喫茶店にいた。八時半から十三時までの四時間半が今日の勤務時間である。

「はよーございます」
「ああ、おはよう、冬」

挨拶を返してくれたのは店長である叔母さんだ。基本サバサバしており、その感じが話しやすいと客からも店員からも好かれている。俺はスタッフ用の更衣室に入り、自分のロッカーに荷物を放った。ロッカーはガンと重い音を立てる。なんだか朝から落ち着かなくて、一つ一つの動作が雑になっている気がする。ここに来るまでに歩いてるときでさえも、走り出すのを抑えていたくらいだ。

もちろん理由はのぞみのことだ。告白すると決めたはいいものの、告白なんてしたこともされたこともないため、正直どうしたらいいか分からない。そのせいか、緊張やら興奮やらいろいろなものが混ざってじっとしていられないのだ。パパッと制服に着替えてロッカーを思いきり閉める。再びガンと重い音をたてたロッカーを見て、少し落ち着こうと思った。

「冬、テーブル拭きお願い」
「ん、了解」

更衣室を出ると、叔母さんに布巾を渡された。一つ一つのテーブルを丁寧に拭いて回る。開店まであと三十分。せめてお客さんが来るまでにはいつも通りに戻らなくてはならない。とりあえず無心になろう。心を無にしてテーブル拭きをしていれば自然と落ち着くだろう。そう思っていたのだが。

「……冬、アンタなんか今日変じゃない? 妙にウキウキしてるっていうか、落ち着きがないっていうか」

叔母さんには速攻でバレてしまった。週の半分くらいは会っているだけあって、俺の異変に気づくのが早い。

「うっ、やっぱわかるか?」

テーブルから顔を上げて叔母さんの方を振り向くと、彼女は大きく頷いた。

「今にも走り出しそうな雰囲気だもん。何をそんなに浮かれてんのよ」
「まあそれはいろいろと」
「えろえろ? まったく、思春期の男の子は手がつけられないわぁ」
「はぁ!? 勝手なこと言ってんじゃねぇ!」
「あはは、顔真っ赤にしちゃってかーわいー。アンタのお母さんもそうだったけど、アンタもピュアだよねー」

大きな声で笑う姿には豪快という言葉が似合う。母さんと姉妹だというのに、性格が全く似ていない。俺の体質のことも受け入れて働かせてくれる優しい人ではあるが、こういうノリはちょっと苦手だ。どことなく正晴と似ている感じがする。

「で、いろいろって何よ? 体のことでなんかあったりした?」

からかったあとに真面目に聞いてくる感じもちょっと似ている。なんて、そんなことを考えていたら少し頭が冷えてきた。

「別にそういうのじゃねーよ。強いていえば……人間関係?」

ゆっくりとテーブルを端から端まで拭きながら答える。恋愛ごととはいえ人間関係には違いない。
 
「なんで疑問形なのよ。えー、人間関係、人間関係……。あ、もしかして好きな子でもできた?」
「っは!?」
「ていうか、告白しようとしてたり?」
「……あぁそうだよ!」

怖いほどに当ててきやがる。隠したいわけではないけど、こうもバレバレだと少し癪だ。とはいえ嘘をつくのも嫌なので、俺は諦めて認めた。顔が赤くなったのが自分でもわかる。叔母さんは自分の推理が当たったことに驚いたのか少しキョトンとしたが、すぐに大口を開けて笑い出した。
 
「あっはっは! まさか冬からそんなことを聞ける日が来るなんて! 驚きすぎて一瞬フリーズしちゃったじゃない」
 
女性にしては低めな笑い声が店内に響く。他の店員がまだ来ていなくてよかったと思った。来ていたらそいつも一緒になって笑っていただろう。 
 
「いやー、冬も成長したねぇ。叔母ちゃん叔母ちゃん、ってまとわりついてきた頃が懐かしいよ」
「その嘘くさい泣き真似やめろ。そもそも叔母さんと話すようになったのは中学入ってからだろうが」
 
目元を拭う仕草をした叔母さんを、次のテーブルに移りながら睨む。俺の睨みなんてこの人に効くわけがないけれど。
 
「まあ細かいことは気にしないで」
 
案の定そう雑に流された。ここで追及してもどうせスルーされるのがオチなので、これ以上は言わないでおく。
 
「で、告白って、相手はどんな子なのよ?」
 
仕切り直しというように聞かれたその質問に、俺は少し考え込んだ。どんな子かと改めて聞かれると答えにくい。
 
「……小柄で可愛くてよく笑う子、かな」
 
照れながら答えると、叔母さんはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていた。俺はそれに顔をしかめる。
 
「なんだよ、その気持ち悪いニヤニヤは。そっちが聞いてきたんだろ!」 
「あー、ごめんごめん! もう可愛くってさー」
「可愛い言うな。ていうか、別に俺がどんな子好きだろうが叔母さんには関係ねえだろ」
 
ふんと顔を逸らす。これ以上は本当に恥ずかしい。そもそも俺は恋バナが苦手なのだ。人の話を聞く分にはいいが、自分のそういう話はあまりしたくない。単純に恥ずかしいからだ。だが、叔母さんみたいなタイプは、照れているとむしろ絡みたくなるらしい。
 
「えー、そんなことないよ。甥っ子の恋は応援しなくちゃいけないもん」
 
そう言いつつ顔のニヤニヤは治まっていない。これ絶対楽しんでるだろ。
 
「いや別にそういうの大丈夫だから」
「それはどうかな? 私はアンタより三十年も長く生きてるんだよ。そんな経験豊富な人が応援するって言ってるんだから、むしろ感謝すべきなんじゃない?」
「そんなこと言うなら、まずは自分の結婚相手を見つけろよ」
 
俺は反撃と言わんばかりに、独身彼氏なしの叔母さんに冷たく言葉を放った。すぐに叔母さんの顔が引き攣る。
 
「うっ、それは一番言われたくないことなのに……。ま、まあでも私が冬くらいのときはめちゃくちゃモテてたし? 彼氏だってたくさんいたし?」
「そんな分かりやすい嘘つくなよ。ていうか、彼氏たくさんとか最低だからな」
「あ、確かに。って、嘘じゃな……」
 
カランカラン。言い合っていたところで店のドアが開く音がした。俺たちは反射的に顔をそっちへ向ける。
 
「おはようございまーす」
 
そう言いながら眠そうに欠伸をして店内に入ってきたのは、大学生バイトの浅沼くんだ。明るめの茶髪に大きなピアスといかにもチャラい。正晴とは違うタイプのイケメンである。
 
「あれっ、まだ準備終わってないんすか!? もう開店十分前ですけど」
 
浅沼くんが驚いたように言う。いつもなら開店の十分前には準備を終わらせて、お客さんを待つだけになっている。言い合いに夢中になっていたせいで、二人とも時間を確認するのを忘れていたのだ。
 
「やばいやばい! 浅沼くん、申し訳ないけどすぐ着替えて食器の準備して! 冬はテーブル拭き終わったら調味料の準備!」
「はーい」
「了解」
 
慌てた叔母さんの声に俺たちは一緒に返事をして、各々動き出した。 
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