春になったら君に会いたい

松下柚子

文字の大きさ
23 / 40
告げる秋

等身大の言葉

しおりを挟む
どうにか準備を終わらせて開店すると、店内はすぐにお客さんで賑わった。小さいカフェなのでそれほどお客さんの人数が多いわけではないが、スタッフも少ないので仕事は多い。

開店から一時間ほどして、ようやく少し落ち着いた。店内には何組かのお客さんがいるが、追加のオーダーやトラブルなどの心配はなさそうだ。俺たちは揃って裏に行って、ふぅと息をついた。
 
「あー、疲れたぁ」
「日曜、人多すぎじゃね」
「繁盛する分にはいいんだけどさあ。なんでか最近疲れるのが早くって」
「歳だろ」
「うるさいガキ」
 
客に聞こえないようにひそひそと話す。まだ一時間しか経っていないというのに、全員の顔から疲れが滲み出ていた。
 
「あー、そういえばさっき冬との話が途中だったね」
 
三人で水分補給をしていると、叔母さんが思い出したように言ってきた。その言葉に浅沼くんが反応する。面倒なことになりそうな予感だ。
 
「何の話してたんすか?」
「それがねぇ、まさかまさかの冬の恋のお話なのよ」
 
それを聞いた瞬間、彼はバッと俺の方を向いた。あまりにも速すぎて一歩後退してしまう。その顔に浮かんでいるのは明らかに驚きだ。
 
「えっ、冬くん恋してんの!? マジで? やばい、超びっくりなんだけど」
 
俺がひいているのにも構わずに、浅沼くんはどんどん近づいてくる。俺は逃げ場を失って壁に寄りかかった。やはり面倒なことになってしまった。おしゃべり好きでノリのいい彼のことである。根掘り葉掘り聞き出そうとするに違いない。
 
「まあ、一応は……」
 
恥ずかしいので目を逸らして答える。そうでもしなきゃ、浅沼くんの圧に潰されてしまいそうだ。
 
「うわー、どうしよ! なんか初々しいというか可愛いというか、とりあえずやばい!」
「なんだよそれ。てか、そんなに驚く話でもねえだろ」
「いやいや、俺今ひっくり返りそうなほど驚いてるよ! だってあの冬くんだよ!?」
「どの俺だよ!」
「はいはーい、アンタら声がでかい。お客さんに聞こえちゃうでしょ」
 
叔母さんの言葉で、ついつい声が大きくなってしまっていたことに気づく。確かにこの声量はまずい。本当はこの機に乗じて話を打ち切りたかったが、浅沼くんの目は俺をしっかり捉えたままだ。
 
「で、告白とかしたりするの?」
 
浅沼くんは声を抑えて俺に尋ねた。
 
「そのつもりだけど……」
「マジで? すごいじゃん! いつするつもりなの?」
「……今日」
「うぇ!?」
 
不思議な声が響いた。俺はしぃーっと人差し指を口に当てる。彼は基本静かにするということが苦手なのだ。
 
「え、ちょ、ちょっと聞いてもいい? 冬くんの好きな子って……俺、じゃないよね?」
「……は?」
「あー、それならごめん! 俺彼女いるから冬くんの気持ちは受け取れない」
 
とんでもない勘違い発言をされて絶句する。冗談なのは分かっているが、申し訳なさげな顔にイラッとした。俺は無言で浅沼くんの肩を殴る。彼は予期せぬダメージに呻いた。
 
「うぅ、だからごめんて。フラれたからって殴らなくても」
「今すぐ黙んねえともう一発殴るからな」
「ごめんなさい」
「俺の好きな子は女の子だから。仮に恋愛対象が男だとしても浅沼くんは絶対ないわ」
「ひどい!」
 
ショックを受けた顔をしているのを見て、心の中で笑いが漏れる。冗談は彼なりのエールなのかもしれない。まあ、十中八九アホなだけなのだろうが。
 
「で、今日のいつすんの? てか、冬くん何時上がり?」
 
浅沼くんはヘラっとした笑顔に戻って聞いてきた。
 
「十三時。告白はその後な」
「お! 俺と一緒だ! じゃあ、午後に待ち合わせなんだ?」
 
俺はこくんと頷く。そのとき、ホールからお客さんの呼ぶ声が聞こえた。追加のオーダーのようだ。待たせるわけにはいかないのですぐに注文を聞きに行く。そこで話は一旦途切れた。

数時間後、やっとバイトが終わった俺は、浅沼くんと一緒に店を出た。病院と浅沼くんの家は同じ方向なので、必然的に二人で並んで歩き出す。
 
「秋になったのにまだあっついよね」
 
来ているTシャツの首元をパタパタと動かしながら、浅沼くんが言う。額には少し汗が滲んでいるようだ。 俺は確かになぁとのんびり頷いて、手で顔を扇いだ。目に見える景色は秋色へ一直線なのに、暑くなったり寒くなったり気温は変動が激しい。
 
「あーあ、早く冬にならないかなー。冬くんもそう思わない?」
 
浅沼くんは暑さに辟易したという感じで聞いてきた。その何気ない言葉に俺は心臓をぎゅっと掴まれる。
 
冬なんて来てほしくない。眠ってしまう冬なんて。のぞみとだってもう長くはいられないのに。
 
それが本心だ。そう叫びたかった。でも言えるわけがない。彼は俺の事情を知らずに言っているのだ。だから仕方がない。悪意がないのに責めるわけにはいかない。しかしそれでも、辛いものは辛かった。何も聞かなかったかのようにやり過ごせるほど俺は強くないのだから。
 
「俺は夏の方が好きだから……」
 
適当なことを言って誤魔化す以外に、俺にできることはなかった。こんな体嫌だと改めて感じた。誰の前でもほとんど言ったことはないけれど、ずっとずっとそう思っていた。なんの気なしのささいな発言にすら勝手に傷ついてしまう。そんなのもう懲り懲りだ。
 
「冬くん?」
 
考えながらつい下を向いてしまった俺に、浅沼くんの不思議そうな声が投げられる。それにハッとして顔を上げた。
 
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
 
なんでもないように笑ってみせると、彼は少し釈然としない顔をしたが、すぐににこっと笑い返してきた。
 
「わかる! 暑いとぼーっとしちゃうよね。俺なんてこないだ講義中にぼーっとしてて、気づいたら終了のチャイム鳴ってたもん! ノート真っ白!」
 
ああ、これは気を遣ってくれたんだな。そう思った。俺の周りには優しい人が多いことに今更ながら気づく。自分は周りをよく見てる方だと思っていたが、案外見えていなかったらしい。
 
「ははっ、浅沼くんって意外と優しいのな」
 
思ったことを素直に口に出す。本人は無意識だったようで、分かりやすく動揺した。
 
「えっ、え、今の話の流れからどうしてそうなった!?」
「あー。分かんねえなら別にいいや」
「えー、そう言われると逆に気になるんだけど」
 
俺の言葉に少しムッとした表情の彼は、同い年くらいにしか感じられなかった。みんなから愛される人というのは、彼のような人なのだろう。
 
「じゃあ、自分で考えてみてよ」
 
俺は意地悪心が働いて、そう言って笑った。えー、とぼやきながらも浅沼くんは真剣な顔をして考えている。時々聞こえてくる唸り声が少しおかしい。
 
「あ! そういえばさ!」
 
そんな声とともに彼が勢いよく顔を上げたのは、それから数分後のことである。あまりにも勢いがよかったのでつい仰け反ってしまった。
 
「な、何?」
「このあと告白するんだったよね!」
 
その話かと納得すると同時に、忘れかけていたことが頭に蘇ってきた。緊張復活。実をいえば、のぞみに伝える言葉すらまだしっかりと決まっていない。バイトが終わったら直行すると約束したので、ゆっくり考えている余裕はなかった。だからといって告白を延期なんかしたら男が廃る。 
 
「なんて告白するの?」
 
悪意の欠片もなさそうな笑顔の質問に、俺は低く呻いた。
 
「う、それはまだしっかりと決まってなくて……」
「え!? だってこのあと相手の女の子のところ行くんだよね? 考えてる時間なくない?」
 
浅沼くんの正論がここまで胸に刺さったのは初めてだ。というか、彼がそんなまともなことを言っているのを聞くの自体初めてな気がする。
 
「やっぱそうだよな。それは分かってるんだけど……。俺こういうの慣れてねえから、どう言うのが正解なのか分かんなくて」
 
尻すぼみになっていくのが自分の言葉ながら情けない。不慣れなのは仕方ないが、もっと対処のしようがあったんじゃないかと後悔する。のぞみのことを大切に思っているなら尚更だ。
 
「冬くんは考えすぎじゃん?」
 
軽い感じでそう言われて、俺は咄嗟に浅沼くんを見上げた。少し高い位置にある顔は優しく微笑んでいる。
 
「思ったことを言うだけで十分でしょ、そんなの。かっこつけたり、形式ばったりしなくてもさ。むしろ等身大の言葉の方がすーっと入ってきやすいと思うよ。正解なんて、そんなもんないない!」
 
大きな身振り手振りをつけながらの彼の言葉に、驚きと感動が入り交じった。心が一気に楽になる。難しく考える必要などなかったのだ。のぞみのことが好き。のぞみのことが大切。それ以上も以下もない。ただそれを伝えればいいだけで。
 
「ありがとう。なんか、うん、すげー安心した」
 
驚きの醒めないまま言うと、浅沼くんはぐっと親指を立てていたずらに笑った。 
 
「いいっていいって! 冬くんは冬くんのやりたいようにやりなよ」

彼の優しさに軽くうるっときて、慌てて笑い返す。知らず知らずのうちに涙腺が随分と緩くなっていたみたいだ。言われた通り、どうにか自分なりに頑張ってみようと思った。
 
「あ、じゃあ俺こっちだから」
 
しばらく歩いて分かれ道に差し掛かったところで浅沼くんが言った。そういえばそうだったなと思い出して俺は手を振る。
 
「ファイトだよ、冬くん!」
 
そう言ってウィンクをすると、タタタッと彼は走って行ってしまう。元気だなと思いつつも、その姿に元気づけられている自分がいることに気づいた。
 
「よしっ! ファイトだ、俺」
 
グッと右手を強く握って呟くと、やる気がみなぎるような気がして、俺もついつい走り出していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。 佐倉ここ。 玩具メーカーで働く24歳のOL。 鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。 完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。 【完結】ありがとうございました‼

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

処理中です...