春になったら君に会いたい

松下柚子

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告げる秋

告白

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病院に着くと、息を整えてから院内に足を踏み入れた。心臓が高鳴っているのは、走ってきたせいなのか、それとも緊張しているからなのか。受付に寄ってから、目的の部屋へと向かう。いつもの道を、いつものように、いつものペースで。平常を装うので精一杯だ。
 
病室の前で一度大きく息を吸い、柄にもなく慎重にノックなんてしてからドアをゆっくりと開けた。中の人がこっちを向いたのと同時に、そのこげ茶の髪がサラリと揺れる。
 
「冬くん!」
 
彼女は俺を認識してすぐにそう声を上げた。幸せそうに微笑む顔が可愛くて、なんだかちょっとこそばゆい。俺一人がその笑顔を独占していると思うと特に。
 
「約束通りバイトから直行ー」
 
冗談みたいに言ってみせて、照れ隠しをする。まあ、のぞみにはバレバレなのだろうが。ひとまず俺は定位置であるパイプ椅子に座った。それから、ふぅと重く息を吐く。さて、今から告白だ。この高揚っぷりのままではろくに会話もできないし、なにより心臓がもたない。俺の心身への負担を考えれば早めに伝える方がよいだろう。俺は心の中で正晴や浅沼くんの応援を思い出し、覚悟を決めて口を開いた。
 
「なぁ、のぞみ」
「ねぇ、冬くん」
 
二人の声が綺麗に重なった。お互いの、相手に向けた視線がぶつかる。のぞみも、のぞみの瞳に映る俺も驚いた顔をしていた。
 
「あ、ごめんね! 冬くん先どうぞ」
 
すぐに笑ってそう言ったのは、もちろんのぞみの方。こういうときの対応は彼女に叶わない。俺かっこ悪いなぁと少し落ち込みつつ、言葉に甘えさせてもらうことにした。

「のぞみに伝えたいことがあるんだけど、聞いてくれるか?」
 
俺は真剣に、のぞみの目をしっかり見て尋ねた。何かを感じ取ったのか、こくりと頷いた彼女の顔も真剣そのものだ。静かになった病室に、俺の心音だけが響いている。
 
「俺はのぞみのことが好きだ」
 
そんな空間にありったけの思いを込めた言葉を落とした。飾りのない、単純で、まっすぐな思い。口に出してみれば一瞬で、本当に言えたのか自分でも分からなくなる。のぞみは最初びっくりしたように固まり、それからぽろぽろと涙を流し始めた。彼女の泣き顔を正面から見たのは初めてだ。

「えっ、あ、ごめんな。急にこんなこと……」
 
俺はぎょっとして謝る。言わない方がよかったんじゃないか、なんて今更な後悔が胸の端を突いた。だってそうだろう。俺はのぞみを泣かせたいわけじゃないのに。だが、のぞみは首を大きく横に振った。
 
「違うの! 冬くんが謝らないで。嫌だったとかじゃなくて、その……ただ嬉しくて」
 
流れ続ける涙をぐしぐし拭いながら言う。その姿はとても可愛くて愛おしい。嬉しい、たったその一言だけで報われた気がした。俺のやったことは間違ってなかったのだと。これでよかったのだと。そんなことを証明しようとするのは馬鹿らしいが、そう強く感じる。
 
俺は涙を拭う彼女の手をそっと頬から離させ、代わりにその透明な滴を掬いあげた。柔らかい頬と温かい涙の感触が、これが現実だと語っている。初めて感じるほどの強い愛情に、ついもっと触れたくなる。しかし、俺の理性は結構厳しく、それを許してはくれなかった。それに、これ以上のぞみを驚かせるわけにもいかない。このことを正晴に伝えたら、またピュアだと笑われそうだが、そんなこと今はどうでもよかった。

「あのね、冬くん」
 
そんなに経たない内にのぞみは泣き止むと、俺の手をきゅっと握って言った。その瞳はまだ潤んだままだったが、強い意思も感じさせる。握られた手からは彼女の熱が伝わってきて、俺の熱と混ざっていく。それが不思議で、嬉しくて、恥ずかしいはずなのに、さっきよりも落ち着いているのはなぜなのだろうか。のぞみは少し照れつつ微笑んだ。

「……私も好きだよ、冬くんのこと」
 
その瞬間、俺の体はボンッと音をたてて爆発した。嬉しいとか恥ずかしいとかを、あっさり飛び越えていってしまう。なんだこれ。なんだこの気持ちは。のぞみが泣いてしまったのも分かる。胸が熱くて、体も熱くて、頭は働かなくて。ああもう、駄目だ。勝手に目元がじわりと滲んでくる。だが、さすがにここで俺が泣くのはダサすぎるだろう。気づかれないようにゆっくりと唾を飲み込んで、なんとか涙を止めた。
 
「私ね、実は初恋なんだ」
 
動揺している俺を見抜いてか、さらに追い打ちをかけるようにのぞみは言う。多分計算済みなのだろう。分かってて俺を追い詰めてる。それでも、好きな人からされるのなら別に構わないと思った。
 
「ずっと漫画とか小説とかの恋に憧れてた。でも現実は漫画みたいにいかないって分かってたから、恋なんてできないって決めつけてたの。だって私には友達すらいないんだもん」
 
のぞみは自虐的にそう言ってから、ぱっと表情を明るくした。
 
「でも、冬くんと出会った! 最初は不思議な子だなって思ってただけだったけど、優しくて楽しくて。いつの間にか冬くんが来るのを心待ちにしてる自分がいた。これが恋なんだって、根拠はないけど確信したの」
 
いつもよりまっすぐで綺麗な瞳がキラキラと輝く。俺がのぞみと初めて会ったとき、彼女の瞳はここまで美しくはなかった。俺との出会いが、俺と過ごした期間が、彼女を変えたのだと思った。自惚れなのは百も承知だ。だが、それでも嬉しいという気持ちは止まらない。ただただ嬉しくて、たまらなく愛おしかった。
 
「だから今、私すっごい幸せ。恋って思ってた以上に素敵なことなんだね」
「……同感」
 
素敵なんて思ってても言えねーな、などと考えながら同意を示す。照れゆえに声が小さくなったのは仕方のないことだ。のぞみは俺の反応にか少し笑って、それから思い出したように、握りっぱなしだった俺の手を解放した。安心したような寂しいような感覚がちょこんと顔を出したが、それは無視しておく。

「そういえば、のぞみはさっき何を言おうとしてたんだ?」
 
そのまま無視ついでに話の転換を図った。この糖度の高すぎる空間は、甘いものが好きな俺でもキャパオーバーだ。糖分の摂りすぎは体に悪い。 
 
「さっき被っちゃったときのやつ?」
「そう、それ」
「実は一つ朗報があってね」
 
あっさり転換されてくれた彼女は、愉快そうな表情をする。いたずらっ子のような笑み。いつもよりも小悪魔度一割増しだ。
 
「なんと! 一時退院の許可がおりましたー!」
 
内容よりも先に、彼女がパチパチと手を叩く音が頭に響いた。いや、まじかよ。
 
「というわけで、二回目のデート決行しましょう!」
 
満足気な顔で突き出されたピースを、俺は驚いて見つめるしかなかった。 
 
「え、いや、まじか」
 
少し間を置いて、心の声をそのまま口に出す。もちろん、のぞみとまたデートができるのは嬉しいことだ。だが、余命の少ない彼女に一時退院の許可がおりたことには驚きを隠せない。
 
「このタイミングで許可おりるとは私も思ってなかったんだけどね。まあ最後の思い出にってことかな」
 
のぞみは俺の考えていることを理解してか、そう答えた。さらりと言ってのけられた「最後」という言葉が胸に刺さる。もう本当に時間がないのだ。思い合うことはできても俺達は自由になれるわけじゃない。もう少しで別れが来て、こうやって話すことも叶わなくなる。あとたった一回。きっとすぐに終わってしまう。楽しい思い出が別れを辛くするかもしれない。でも、それでも。またデートができる、そのことは純粋に嬉しかった。
 
「どこに行きたい?」
 
胸にグッと来てしまったものを押さえ込んで、微笑んで尋ねた。それを聞いてのぞみも微笑む。だが、すぐには口を開かなかった。
 
「のぞみ? どうした?」
 
不思議に思って声を掛ければ、窓辺に置かれている花を一瞥して、ちょっと笑みを崩した。困ったような、悲しそうな、曖昧な表情になる。 
 
「……あのね、一応行きたい場所はあるんだけど」
 
言いにくいところなのか、行きにくいところなのか、のぞみの言葉が詰まる。エスコートして、と言っていた前回とは大違いである。それも当然、「最後」だからなのだろう。
 
「どこでもいいよ。連れていく」
 
自然とそんな言葉が出た。最後だからこそ、行きたいところに行かなくてはならないと思った。のぞみは、俯きかけていた顔をパッと上げて、それから嬉しそうに頷いた。

「私ね、冬くんのおすすめの桜スポットに行きたい」
 
その瞬間、どくんと大きく俺の心臓が鳴った。これは流石に予想してなかったのだ。今は秋。紅葉が街を彩る季節である。そんな今、桜を見たいというのだろうか。どこにでも連れていくという言葉が、なんの制限もされないものではないと、のぞみは分かっているはずなのに。世界に制限をかけられている彼女が、その制限を無視できるはずがない。彼女はきっと、そうやって今まで生きてきたはずだ。それはもちろん俺も同じだった。
 
明らかに動揺した俺に向かって、のぞみはクスッと笑う。そして、俺の頭を軽くチョップした。
 
「なんだー、その深刻そうな顔は! 私は桜が見たいなんて言ってないぞー!」
 
彼女は変な口調でそう言った。それを聞いて我に返る。確かに思い返せば、桜スポットに行きたいとは言っていたが、桜を見たいとは言っていなかった気がする。だが、桜の咲いていない桜スポットを見て、何の意味があるのか。
 
「……もちろん連れてくのはいいけど……なんつーか、えーと、なんで?」
 
何が聞きたいのか、いまいち分からない質問をしてしまった。しかし、のぞみは多分分かってくれるのだろう。彼女はとても聡いから。でもそれでいて、発言は意外と子供っぽかったりもする。
 
「生きてるうちに場所を確認しておけば、天国から綺麗な桜を見られるでしょ?」
 
彼女の発言は子どもっぽくて、でも俺に対しては少し残酷だ。
 
「そ、れは、」
「それにね、重要なのは桜が咲いてるかどうかじゃないの。冬くんが私に大切な場所を教えてくれるってこと、それが私にとっては嬉しいことなんだよ」
 
そう言ったのぞみの目は、いつもより真剣だった。心の底からの言葉なのだろうと分かる。
 
「分かった。じゃあ、俺のおすすめ桜スポットに決定で。実を言うと正晴にすら教えたことないんだけどな」
 
その真剣さに答えないわけにはいかない。のぞみにとって、そこに行くことがどれだけの価値を持つのか俺には分からないが、きっとすごく大切に思ってくれているのだろう。
 
「ふふ、私、正晴くんに勝っちゃうんだ。今度会ったら自慢しとこ」
 
いたずらに笑う彼女は、やはり愛おしくて、早く一時退院の日が来ればいいと思った。早く一緒に桜スポットに行きたい。そこで、ふと気づいたようにのぞみは付け足した。
 
「あ、でもね、今回の一時退院は二日だけなの。だから、冬くんといられるのは一日目のお昼過ぎぐらいまでかな」
 
高まっていた気持ちが、急に現実に引き戻される。仕方がない。こればっかりはどうにもならない。もっと長くなればいいなんて、のぞみが一番思っていることだろう。俺は、そうかと頷くに留めた。
 
その後は二人で色々な話をして、計画を立て、俺は病室を後にした。来るときのドキドキ感は薄れて、代わりにデートへの期待感が高まっている。シフトの調整しなきゃなとか、着るもの用意しないとなとか、考えることはたくさんあったが、それを考えることすら楽しく感じられた。
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