春になったら君に会いたい

松下柚子

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桜舞う秋

11月30日

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朝ベッドで目が覚めて、スマホのアラームを止める。画面に表示されている日付は11月30日。いよいよ明日になったら、暦の上では冬になる。まだ冬の寒さというほど気温は下がっていないが、俺の体はなぜか暦に忠実だ。日付関係なく寒さによって眠ってしまうのであれば、もっと生活が不便になっていただろうから、不幸中の幸いともいえるだろう。

毎年この日から入院生活が始まる。それは今年も例外では無い。慣れたもので、持っていく物や部屋の掃除など事前準備で手間取ることはなかった。

「冬、支度できた? あと1時間もしたら出るけど」
 
母さんが俺の部屋を覗きに来た。歩いて行ける距離ではあるが、今日は車で病院に向かう。とっくに準備を終わらせて本を読んでいたくらいなので、出発はいつでも構わなかった。

「あら、もう準備が終わってるんだったら早めに出よっか。たまにはちょっとドライブでもする?」
「ああ、そうしようかな」

俺の様子を見てのお誘いに、本を閉じて同意する。今日は天気もいいし、しばらくは出かけられなくなるわけだから、せっかくなら外に出ていたい。本当は散歩などの方がいいのかもしれないが、このタイミングでの体の負担は減らしておきたかった。

それからすぐに荷物を持って家を出た。ここから先、4ヶ月近くこの家には母さん一人になる。しっかりしている人だが、何かに巻き込まれないとも限らない。俺は心の中で母さんの安全を祈った。俺が眠っている間に、何かが起こってしまうのがいちばん怖かった。
 
親子二人でのドライブは静かだった。母さんはそんなに口数が多い方ではないし、俺も一人でしゃべり続けるタイプではない。だが、これはこれで心地よく感じた。ちなみに、ここに父さんがいたら、父さんがずっとしゃべり続ける流れになる。

「どこか寄りたいところある?」

20分ほど車を走らせてから、母さんがそう聞いてきた。残り時間を考えると遠くに行くことはできない。叔母さんへは今年最後のバイトのときに挨拶をしたし、正晴は夕方ごろ病院に寄ると言っていたので、今会っておくべき人もいなかった。

「んー、特には……」

窓の外を眺めながら答えると、ふと一軒の店が目に入る。こじんまりとした花屋だった。その店はそのまま通り過ぎてしまったが、花屋に寄って花を買うのもいいなと思った。せっかくならのぞみに贈りたい。

「ここら辺でいい花屋知ってる?」
「花? それなら駅の向こう側に、たまに買いに行くお店あるけど」

母さんは不思議そうな顔をしつつも答えてくれる。花を見るのは好きだが、花屋に行くことはめったにない。なので、この情報はありがたかった。駅の周辺なら、ここから行ってもそんなにはかからない。そこへ向かってほしいと言うまでもなく、車はそちらの方向へ進み始めた。

10分もしないで目的の花屋に到着した。駐車場がないので、俺一人で店に入る。どうやって買えばいいのかもよく分からず、とりあえず店内を物色していると、後ろに気配を感じた。

「何かお探しですか?」

いつの間に現れたのか、シンプルな装いのスタッフから声を掛けられる。雰囲気からしてここの店長なのだろう。見舞いの花を探していると伝えると、さらにいろいろ質問された。

「色とか大きさとかのイメージはありますか」
「あんまり大きすぎない感じので。色は可愛らしいやつだと」
「なるほど、じゃあ全体的に小さめな花の方がいいですかね。最近はプリザーブドフラワーも人気が高いんですけど、生花とどちらがいいとかってあります?」
「見舞いのときは生花の方がいいとかってあるんですか」
「うーん、生花がいいって言われたりもするんですけどね。ただやっぱり手入れが手間になってしまったりもするので、プリザーブドフラワーを選ばれる方も多いです。正直、好みの問題ですね」

テンポよく会話が進んでいく。のぞみならどちらでも喜んでくれそうだ。だが、だからこそ迷ってしまう。頭を悩ませていると、夏にデートしたときのことを思い出した。たしか彼女が好きな花はジニアだった。

「あの、ジニアってありますか。生花でもプリザーブドフラワーでも」
「それなら、こちらなんていかがでしょう。ジニアとかすみ草のプリザーブドフラワーを使ったリースなんです。ケースに入れたまま置いておけるので壊す心配もないですし、派手すぎなくて可愛らしい雰囲気かなと思うのですが」

実物を見せてもらうと確かに可愛らしく、のぞみに似合いそうだなと思った。透明のケースに入っているが、そんなにかさばるサイズでもないので、病室に置いておいても邪魔にはならないだろう。ほかにピンとくるものもなかったので、最終的にこれを買うことにした。

車に戻るころには、結構時間がおしていた。花を選ぶのにこんなに時間がかかるとは誤算である。もうそろそろ病院に向かわなくてはいけない。見慣れた景色を進む中、段々と気持ちが落ちてきた。もちろん元から明るい心持ちではなかったが、毎年のことだからとそこまで悲観していない自分がいた。だが、実際に病院が近くなるとさすがに気が重くなる。これから3ヶ月もの間、俺は眠り続ける。クリスマスも年末年始もバレンタインもすべてすっ飛ばして、3月にやっと目覚めるのだ。その間に何があろうと俺が起きることはない。

非情にも病院へはすぐに着いた。手続きも驚くほどスムーズで、自分の病室に案内されるまで待たされることはほぼなかった。病院側としても毎年恒例となっているからだろう。あとはいくつか検査をすれば入院にあたって必要なことは終わる。検査までは少し時間が空くとのことだったので、この時間を使ってのぞみのところに行くことにした。

「冬くん!」

俺の姿を見た彼女は、嬉しそうな声をあげた。それから俺の持っているものに気づいて目を輝かせる。
 
「たまには花でもと思って。プリザーブドフラワーってやつ」
「わー、ありがとう! 冬くん私の趣味分かってるね」
「前にジニアを気に入ってたみたいだから、ジニアが入ってるのにしてもらったんだよ」

ベッド脇のテーブルに置くと、のぞみは興味津々な様子でケースを撫でた。淡い色の花がのぞみの雰囲気と合う。実はそこそこ値が張ったのだが、いい買い物だったようだ。落ち気味だった気持ちも、少しだけ盛り返す。

「冬くん今日から入院なんだよね?」
「ああ。いつ寝ちゃうか分かんないからな。日付変わってすぐに眠気がくるかもしれないし」
「そっか。じゃあ私、夜中にこっそり冬くんの部屋行っちゃおっかなー」

いたずらっぽい表情も相まって、ちょっと試すような言い方だ。のぞみの体のことを考えたら、そんなことはさせられない。それにもしバレたら面倒なことになるのは目に見えていた。ただ、夜にこっそりしゃべったりしたら楽しそうだ、なんて純粋な気持ちも湧いてしまう。悩んだ俺は、あえてノーコメントで誤魔化した。

のぞみの病室から戻ってきた後は、検査やら何やらでバタバタした。夕方に顔を出してくれた正晴とは少し話せたが、ゆっくりできるほどの時間は取れなかった。そのうちに夜になる。病院で迎える夜は久々で、慣れているはずなのに慣れない感じもした。
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