黒い翼に誓う

Sisera

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第一章

第7話 心酔

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第七話  心酔


    部下から話を聞き、走り出してから数十分後
例の追跡対象がいる東街区に着いた。

「この旧倉庫街に残党が、先程部下が見ただけでも十数人はいたらしいです」
「つまり中にはそれ以上の人数がいる可能性が高い」
「気を引き締めていきますよ」

「……はいっ」

古くなってもう使われていない倉庫の入口付近に近づく。
いや、使われていない、は違うな。
今も残党達が蔓延っているのだから。


***




───多くの数の残党を切り伏せていき、もう刃向かってくる奴も少なくなってきた。

確かに強いが、まだ私達の方が強い。

そろそろ終わりか、と思い周りを見渡す。
すると、物陰に隠れ銃でこちらを狙っている者が見えた。

「!!」

    その銃口は明らかに私達を狙っていた。
いや、正しくは“私”を。

少し位置が遠い。刀で切り伏せようとしても、今からではもう間に合わないだろう。
引き金を引かれてしまえば終わりだ。

まあ、避ければ済む話だ。
私は避ける体勢を取ろうとする。

──が、私は気づいてしまった。

私が避けた先には匡がいる。

そう、私が避けた先、私のちょうど後ろには
匡が奴らと闘っているのだった。

……私が避ければ匡は撃たれる。


どうすべきか。

声を掛ける?
──あいつが弾丸を避けられるかは分からない。

弾丸を弾く?
──やったことは無い。失敗すればあいつに当たる可能性もある。もちろん私にも。


………。

何故私はここまで考えている……?


嗚呼……そうか、

私は、また“人”を失うことを恐れているのか。



バァンッ!

発砲音が古びた倉庫内に響く。
ついに、引き金が引かれ弾丸が空気に触れた。
もう時間は無い。


はあ、

「……この借りは大きいですよ、匡」

香鳥は少し口角をあげた。


───その瞬間香鳥に赤い花が咲いた。


***


───は、


俺は何が起こったか理解できなかった。

あの瞬間、突如発砲音が聴こえ、まさか潜んでいる奴がいたのか?と、俺は急いで音のした方向を振り返った。

──振り返ったその時、怖いくらい綺麗に赤く染まる香鳥様を目にした。


香鳥様が撃たれた……?
……いや、違う。

庇われたんだ、俺は。

止まりそうな思考で、真実に気づく。


    その瞬間、俺の心の中でドス黒い感情が酷く渦巻いたのを感じた。


─────は?


何で

なんで

なんでッ  なんでッ!!



今にも衝動のまま動きそうな俺を何とか抑え、香鳥様を撃った奴を叩きのめす。

動けそうだった残党共も1人残らず制圧した。
この場で立っているのは俺だけだ。


「香鳥様ッ!!!」


転びそうになりながらも俺は急いで駆け寄った。


……ヒュー……ヒュー………

「!!」

微かに息はあるが、今にも消えそうだ。
顔色も悪く、いつも肌白い顔がさらに白くなっている。
俺は、最悪な事態を考え呼吸を忘れそうなほど恐くなった。


「香鳥さまッ!!嫌ですよッ!」
「俺をっ、置いて行かないでください!!」


手に触れる。
先程まであったあの温かさはもうそこには無かった。あるのは、氷のように冷たい手と段々と弱くなっていく脈だけ。

「俺ッ!まだ、あんたに伝えたいことが…っ!」

もうどうしたらいいか分からない。
俺の呼吸が乱れていく。
今、俺の顔は酷く歪んでいるだろう。

回らない頭で、俺に出来そうな止血をする。

なんで?
どうして?

そればかりが頭に出てくる。
疑問符が頭の中を覆い尽くしそうだ。

「……俺じゃ、俺じゃダメなのか………?」

声を枯らし、涙が溢れながらも呟く。


「早くッ!救護班を!!」

絶対助ける。どんな代償を払ってでも。
───また、俺の横で貴方が生きてくれるなら。



***


あれから、3日。

3日も経った。

    それだけの日が経っても香鳥様が目覚める気配は無い。銃弾は抜いたし、傷も塞いだ。
香鳥様も何とか致命傷は、避けていたようだった。

だけど、それでも一向に目を閉じたまま。

俺は変わらず、静かに寝ている香鳥様の横で香鳥様を見続けていた。


…………、

あの場で、俺は庇われた。
主を護るべき存在なのに。
護られたということは俺は弱いということ。
信頼されていないということ。

その事実に、ドス黒い感情が渦巻き続ける。


──香鳥様が頼るのは俺だけであって欲しい。


──香鳥様の一番は俺でありたい。



感情が溢れていく。

もはや、この想いが何か俺にも分からない。


……俺は、どうしたかったんだ?

    匡は、少し震えた手で自分の首元にある黒く光るチョーカーを撫でる。


──護りたかった。

俺が壊れたとしても。

──好きだった。

あの日手を差し伸べてくれた時から。

──渡したくなかった。

他の誰にも。



………俺は、香鳥様にこの想いを伝えたかったのか?


いいや、違うな。

この想いを伝えるとか、この想いが叶うとかそんなのどうだってよかった。


ただ、香鳥様がいてくれれば、それで……。




───そうか。




────おれは、


俺は香鳥様《あんた》が傍にいてくれさえすれば、それで…良かったんだ……。


匡は、

気づいた

気づいてしまった。


    自身の奥底で渦巻くドス黒い感情に蓋をして、恋なんて綺麗な名で呼んでいたが、それはもう執着と呼んでいい程のものであった。


ははっ、


もはや笑うしかない。

愛する人を傷つけられ、失いかけてこの気持ちに気づくなんて。

その感情は、
「愛」と呼ぶにはあまりにも重く、
「恋」と呼ぶにはあまりにも歪んでいるものだったが、本人は気づかない。


──ねえ、香鳥様

「もう一度、もう一度その目を開いて、また俺をその目に映して下さいよ……。」
「そしたら俺は今度こそ、この身全てを、貴方に捧げる」


香鳥様の元へと近寄る。
……嗚呼、やっぱりどんな時でも貴方は綺麗ですね。天使のようだ。


    匡はそっと、香鳥の頬にかかっている美しい深緑の髪を指先で退かす。そして、少し身を乗り出す。

    顎を優しく掬い、顔を近づける。
長く綺麗な睫毛は、相も変わらず、動く様子はなかった。

そっと唇を重ねる。

そして、すぐ離した。ただそれだけ。


────愛してますよ。香鳥様。



ずうっと。





──それから2日後、香鳥は再び瞼を開いた。


***



……最近、犬《匡》の様子がおかしい。



あの事件から、約一週間後。
私は、何となくそう感じた。

撃たれたあと、長いこと目覚めなかったらしい私は5日後に目を開いた。
……これも、聞いた話だが。

    おかしいと感じたところは多くあるが、特に前よりも明らかに距離が近い。

    ……いや前も、他の人と比べて近かったが。
それにしても近いのである。

   前は、私の三歩後ろら辺をカルガモの様に歩いており、“着いて来ている”と言うのが正しい表現だった。

   だが、今はどうだ。
私のほぼ真横を引っ付くように歩いている。
    それでも、多少後ろを歩いているのは匡なりの配慮なのだろうか。

    目を合わせようとしているのか、前よりも目が合う頻度が多く、時間が長い。

    私は、その目の奥に何か黒い感情が渦巻いているような気が少しした。
     まあ、私の気の所為でしょうが。

「香鳥様っ!!」

    以前と変わらず笑顔で私の名を呼ぶ所。
そこは変わらない。

……いや、前よりも更に笑っているか?

細かい所は分からないですね。


    何故そこまで変化しているのか、私には分からない、理解できない。

    前と変わらず指示に従っているし、忠実である。以前と多少変わったが、大きく変わってはいない。基盤は変化していない。


    …………今は特に困っていることは無いし、まあ、大丈夫か。


***


    香鳥様が目覚めてくれて本当に良かった。
俺、本当に心配してたんですよ。
もう貴方に逢えないんじゃないかって。

    貴方が生きていないと俺は生きる意味が無いんです。

    俺、二度とあんな思いはしたくないです。

    だから、俺は強くなりますからね。
──貴方を全てから護る為に。


    出来ることなら俺をずっと見ていて欲しい。
そして俺も、貴方の傍で貴方をずっと見ていたい。

    最初に頼られるのはいつも俺でありたい。
俺以外を頼らないで欲しい。


   これが、尊敬と恋なのかなぁ。






    ──普通に考えればこれは尊敬でも恋でも、一般的に“愛”と呼ぶものでも無い。


    だが齢18の青年はそれを、恋だと、愛だと疑わない。
    実際はそんな純粋な感情では無くなっているのに。

───それ程までに匡は、線勾 香鳥という男に“心酔”しているのだった。
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