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第一章
第11話 取引と決闘
しおりを挟む東京湾沿い。
夜の港近くにある古い倉庫街――その最奥に、表向きは“資材会社”と名乗る建物が一つ。
しかし迅は言っていた。
「ここが、日本で最も“使える”武器屋です」
香鳥はその言葉に眉をわずかに動かすだけで、沈黙のまま敷地へ足を踏み入れた。
匡は後ろに控え、警戒しつつ周囲を見渡す。
車列の影や屋根のあたりに複数の視線――見張りがいる。
建物の奥へ通されると、そこには異様な空気があった。
日本的な静けさではない。
血の匂いが沈殿した、“本物”の闇の匂い。
そしてその中心に座っていたのは――
長い白髪をゆるく結い、和装にも近い黒の細身の服をまとった青年。
顔立ちは女のように美しいが、瞳は氷のように鋭い。
一結――日本ヤクザの若。
その隣に控えるようにして立つ巨体が一人。
筋肉で影になり、天井のライトが背に隠れるほどの背丈。
龍斗――若の護衛。
無言で立っているだけで威圧感が異常。
一結はゆっくり扇子を閉じ、品のある仕草で香鳥を見た。
「――遠路はるばる。
他国の“頭領”が来るなど、我々も光栄です」
声は柔らかいが、奥に刺のある礼。
香鳥は堂々と一歩前に出て、落ち着いた声で応じた。
「そちらが“確かな質”を持つと私の部下が進言した。
こちらとしても、有意義な取引をさせて頂きたい」
互いに微笑みを浮かべながら、目はまったく笑っていない。
その背後――
護衛同士の殺気が、一瞬で爆ぜた。
龍斗が微かに体勢を変える。
それだけで空気が震え、床の埃が揺れるほど。
匡は反射的に半歩前に出て、視線を合わせた。
「……睨むなよ。潰すぞ。
でかいだけの的」
低く、鋭い声。
対して龍斗は鼻を鳴らし、口元だけ動かした。
「ちっちぇえくせに、噛みつく気か。
若に近づくなら……折るぞ。」
その瞬間、
匡と龍斗の間に目に見えない圧力が生まれ、
室内の温度が数度下がったような緊張が走る。
一結が扇子で軽く空気を切った。
「龍斗。客人だ、やめておけ」
「…………了解」
龍斗は僅かに目を細めながらも、一応引いた。
だが匡のほうは一歩も退かない。
香鳥はちらりと匡を見やり、
“やり過ぎるなよ”
という意味の視線を送る。
匡は小さく頷くだけで、大人しくはならない。
一結はその一部始終を観察しながら、ゆっくり笑った。
「香鳥様。
あなたの護衛……随分と牙の鋭いこと。
嫌いではないですが」
香鳥は淡々と返した。
「其方もよく躾なさってるみたいで。
お互い、いい護衛を持っているということですね」
一結の瞳が細くなった。
「――では、本題に入りましょう。
お望みは新型の火器か、携帯しやすい暗器か。
それとも……もっと特殊な代物か?」
香鳥は静かに口元を上げた。
「“使えるものなら”何でもだ。
こちらも見せたい品があります」
一結が目を細め、興味を示した瞬間――
匡と龍斗がまた互いにわずかに動き、
殺気が再び弾けた。
しかし香鳥と一結は微動だにせず。
まるでその殺気すら、交渉の一部のように静かに微笑んでいた。
両組織の“暗取引”は、こうして始まった。
***
会合は順調そのものだった。
香鳥と一結は互いの力量を認めつつ、
淡々と交渉を進めていく。
――ただし。
背後の護衛ふたりだけは例外だった。
匡は龍斗の一挙一動に反応し、
龍斗は匡の視線が動くたびに警戒し、
殺気が空気の底でじりじりと燃えている。
ついに龍斗が低く言う。
「さっきからちょこまか動くな。落ち着けねえのか、チビ」
即座に匡が噛みつく。
「は?そっちこそデカい図体で影作りまくって邪魔なんだよ。
眼中に入るだけでムカつく」
そのたびに香鳥と一結の眉がひく、と動く。
三度目の応酬の瞬間――
一結が扇子で机を軽く叩いた。
「……龍斗。
いい加減にしろ。仕事の邪魔だ。」
香鳥も同じく冷たい声で匡を見る。
「匤も控えろ。場が乱れる。」
だが、二人の護衛は同時に口を開いた。
「そっちが先に――」「こっちの台詞――」
「「は?」」
空気が一瞬で凍り付く。
香鳥と一結がゆっくり顔を見合わせた。
次の瞬間、二人の声が重なる。
「「……おい。外で話してこい。」」
***
追い出された匡と龍斗は、広い庭園の中央で向かい合った。
風が吹き、竹が揺れる。
沈黙の後――龍斗が腕をぐっと鳴らす。
「手加減しねえからな。
うちの若に牙向ける気があるなら、ここで折っとくべきだろ」
匡はひどく静かに笑った。
「……あぁ?
お前みたいな“鈍重”相手に折られる骨なんかねぇよ」
バチッと空気が弾けた。
最初に動いたのは匡だった。
地面を蹴り、風を斬るように滑り込む。
龍斗の懐へ一気に踏み込むその速度は、
“護衛”というより“獣”。
龍斗はそのスピードに目を細めるが、
一歩も引かず拳を振るう。
ゴッ!!
匡の蹴りと龍斗の拳が空中でぶつかり、
空気が爆発したような音が響く。
衝撃が両者の腕を痺れさせる。
「は、やるじゃん……!」
匡の口角が上がる。
龍斗は舌打ちした。
「テメェこそ、小柄のくせにこの威力……!」
二人は大きく後ろに跳んで体勢を整える
そして地を踏み砕くほどの馬力で一気に距離を詰め、
その拳を匡の頬めがけて突き出す。
――当たれば、普通は頭蓋が砕ける。
匡はギリギリで腕をクロスして受けた。
ドガァッ!!
衝撃で庭石が割れ、
匡の足は砂利にめり込む。
腕に嫌な音が走った。
ヒビが入った――そんな痛み。
(……折れた?……いや、違う。ヒビ……か)
匡は眉をひそめるが、すぐに笑みに戻る。
「っは……上等……!」
その勢いのまま、匡は足技に切り替え、
龍斗の膝裏を狙う。鋭く、速く。
龍斗はそれを腕で受け止めるが――
ミシッ
二の腕に骨の軋む感触。
「……っ、てめっ……」
お互いに軽傷では済まない衝撃を与え合い、
ふたりの目つきが“本当の戦い”のそれに変わる。
龍斗の拳は重く太く、
一撃で全てを粉砕するタイプ。
匡は軽く、鋭く、骨と急所を狙うタイプ。
互いの間合いに入れば命が飛ぶ。
だから、
踏み込みは獣のように速く、
後退は煙のように消え、
攻撃の軌道は殺意に満ちていた。
匡が跳ぶ。龍斗が迎え撃つ。
龍斗が踏み込む。匡が滑り込んで肘を入れる。
ガッ!ドッ!パキッ!
衝突のたび骨の軋む音。
腕の感覚が死んでいくほどの衝撃。
龍斗は低く言う。
「ほんっと……ムカつく動きしてんな」
匡は鼻で笑った。
「こっちの台詞だよデカブツ。
その図体、的がデカすぎ」
龍斗の眉が跳ねた。
匡が地を蹴り、
龍斗の脇腹を狙って滑り込む瞬間。
龍斗は匡より一瞬速く拳を振り下ろした。
「オラァァァ!!」
ドッッッ!!!
匡の腕と腹に同時に衝撃が走り、
体が宙に浮く。
骨が悲鳴を上げた。
(あ、やべ……これ……やりすぎた)
匡はそう思った瞬間、
身体が完全に制御不能で吹き飛んだ。
ドーーーーーーーーン!!!!!!
一方その頃
会合を無事に終え、
香鳥と一結は軽く息を吐いた。
「さて……護衛を呼び戻すか」
「ええ。さすがに、もう落ち着いているでしょう」
二人は庭へ向かう。
が――
ドーーーーーーーー ン!!!!!!
爆音が敷地中に響き渡った。
庭の中心で、龍斗が匡を片腕で吹き飛ばしていた。
匡は石灯籠に激突し、その破片が四方に散る。
香鳥「…………」
一結「…………」
二人とも呆然、同じことを思ったであろう
(話し合いってそういう事じゃねぇよ)
と。
頭が真っ白になるほどのバカ騒ぎ。
ハッとして同時に駆け出す。
「匡!!」
「龍斗!!!」
起き上がろうとする匡は、
完全に“殺る目”をしていた。
骨にはヒビがはいっているのであろう、腕の動きが鈍くなっている
口元から血。
それでも立とうとする。
(……殺す)
(あれだけやられたら……殺すしか……)
そんな顔。
香鳥は走りながら、ぴしゃりと声を飛ばした。
「――匡、止まれ!」
同時に、
香鳥の手が匡の背中の“装飾布(尻尾)”をぐいっと掴んだ。
匡「っ……!」
引っ張られた痛みと衝撃で、
匡の殺気が一瞬止まる。
「やめろ。これ以上は許しません」
声は低く、鋭い。
あの時と同じ怒りではなく心配の目。
匡は肩を震わせた。
「……っ、香鳥様……っ……俺……」
反対側では一結が龍斗の背に瞬時に回り込み、
バシン!!
と扇子で後頭部をしばき倒していた。
龍斗「いってぇ!!」
「客に手を上げた罰だ。馬鹿者」
一結の表情は笑っているが、目はまったく笑っていない。
匡はまだ荒い息をしながら香鳥に縋るように目を向ける。
龍斗も頭を押さえながら一結に謝っている。
一結は深く息を吐いた。
「……香鳥様。
こちらの護衛が無礼を働いた。
誠に申し訳ない。」
香鳥も静かに頷く。
「否、こちらも護衛が失礼した。」
一結が扇子を閉じ、提案する。
「せっかくの会合です。
すぐ帰らず、護衛の怪我が治るまではぜひここに滞在を。
会合成功の祝いに酒の席を用意しましょう。
龍斗にも、酒の一本や二本は注がせますので」
後ろで龍斗が無言でため息をつく。
香鳥は匡の肩を支えながら言った。
「……ありがたく受けよう。
こいつにも介抱は必要だしな」
匡は顔を赤くしながら小さく呟いた。
「……す、すみません……香鳥様……」
香鳥は優しい声音で返す。
「後で説教する。覚悟しておけ。」
匡は真っ赤になった。
一結は楽しそうに笑った。
こうして――
日中暗取引は、酒と混乱に満ちた夜へとなだれ込む。
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