名前を捨てた王女と、踊り子の恋― 人形王女の選択 ―

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第9話 金色の檻に、音楽が流れ込む

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舞踏会の日、王城は朝から騒がしかった。

廊下を行き交う足音。重なり合う指示の声。磨かれた床に反射する光。

すべてが、予定通り。

すべてが、正しい。

私はその中心で、"何も感じていない顔"を保っていた。

いつも通り。いつも通りに。それ以外の方法を、私は知らない。

---

## ◆

「本日のドレスはこちらになります」

侍女が差し出したのは、淡い青のドレスだった。夜の舞踏会にしては控えめな色合い。銀糸の刺繍が、光を受けて静かに輝く。

だが、それが選ばれた理由も分かっている。

――目立ちすぎないため。

――象徴として、均整が取れているため。

私は黙って頷いた。

布が肌に触れる感覚も、装飾の重さも、どこか他人事のようだった。侍女の手が背中の紐を締めていく。少しきつい。でも、何も言わない。

鏡に映る私は、完成されている。

感情を持たない王女。

誰からも非難されない存在。

……なのに。

鏡の奥で、ほんの一瞬、視線が揺れた気がした。まるで、何かを探しているみたいに。

理由は分からない。分からないまま、私は視線を戻す。鏡の中の私は、もう何も映していなかった。

---

## ◆

舞踏会場は、光に満ちていた。

高い天井から吊るされたシャンデリア。壁を飾る金の装飾。華やかな衣装に身を包んだ貴族たち。誰もが笑い、話し、踊っている。

音楽が流れ、笑い声が響く。まるで、別の世界のように。

私は、定められた席に座った。玉座の横。少しだけ影になる位置。

――ここが、私の居場所。

誰かと目が合えば、微笑む。話しかけられれば、短く応じる。全部、決められた通りに。

心は、静かな湖のようだった。波立たせてはいけない。



貴族たちが踊る。音楽が奏でられる。私は、それを見ている。ただ、見ているだけ。

時間が、ゆっくりと流れる。

何も起こらない。何も変わらない。

それでいいはずだった。



ワインを一口。

乾いた喉を潤す。

隣の貴族が、何か話しかけてくる。

「本日の舞踏会は、素晴らしいですね」

「ええ」

短く答える。

それ以上、会話は続かない。



「次は、余興を」

宰相の声で、空気が変わる。

私は、わずかに視線を動かした。それだけで、興味を示していない"ふり"は保たれる。

扉が開く。

――その瞬間だった。

音楽が、空気の質を変えた。

今までの、整えられた旋律ではない。もっと、生々しい――感情に直接触れてくるような音。

一人の踊り子が、光の中に現れる。

黒に近い深紅の衣装。しなやかな体躯。歩き方に、妙な余裕がある。まるで、この場所を怖れていないみたいに。

……踊り子。

本来なら、それだけの認識で終わるはずだった。

なのに。

彼が顔を上げた、その瞬間。

胸の奥で、"何か"が、確かに跳ねた。



理由は分からない。

見覚えがあるわけでもない。知っているはずもない。なのに、視線を逸らせなかった。

踊りが始まる。

彼の動きは、型にはまっていなかった。けれど、乱れてもいない。まるで、感情そのものが、身体を借りているような。

喜び。切なさ。焦がれるような想い。

音楽に合わせて、彼の身体が弧を描く。跳ねる。回る。まるで、誰かに語りかけているみたいに。

――感じてはいけない。

そう、頭では分かっている。

けれど、胸が――痛い。

どうして?

私は、ただ座っているだけなのに。



周りの貴族たちは、拍手している。

「素晴らしい」

「見事だ」

声が、遠くから聞こえる。

でも、私の耳には、音楽だけが響いている。

彼の踊りだけが、見える。



踊りが、クライマックスへ向かう。

彼が、大きく跳躍する。

着地。

そして、静止。

その瞬間、彼の視線が、こちらを向いた。



目が合った。

一瞬。けれど、確かに。

その瞳は、驚いたように、そして――安堵したように、揺れた。

どうして、そんな表情を?

分からない。分からないのに、胸が、きゅっと締めつけられる。まるで、誰かに呼ばれたみたいに。

彼の唇が、わずかに動いた。何かを言おうとしている。

でも、音楽と拍手にかき消されて、聞こえない。



拍手の音が、遠く聞こえる。

自分が、拍手をしていないことに、気づいた。周りの貴族たちは皆、手を叩いている。笑顔で、称賛の声を上げている。

……まずい。

慌てて、手を動かす。遅れて響く、乾いた音。私の拍手だけが、場違いに聞こえる。

その時。

彼の視線が、再びこちらを向いた。

今度は、少しだけ、微笑んでいる。

優しい、笑顔。
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