悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

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第2話(前編)「良い婚約者にならなくては」

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 翌朝、私は鏡の前で自分の顔を見つめていた。
 目の下に薄く隈ができている。昨夜はほとんど眠れなかった。
 頭の中で、何度も何度も、あの本の内容が繰り返される。
 『悪役令嬢の末路』
 王子に愛されていると信じていた令嬢。
 けれど、周囲の非難に王子も疲れ果て――最後には、婚約破棄。

「私は……そうなりたくない」

 呟いて、強く頬を叩く。
 大丈夫。
 まだ間に合う。
 
 今から変われば、きっと――

「エリーゼ様、お召し替えのお時間です」

 マリアが部屋に入ってきた。
 彼女は私のドレスを用意しながら、ふと言った。

「今日は王宮での昼食会ですね。どちらのドレスになさいますか?」

 マリアが差し出したのは、二着のドレス。
 一着は、深い蒼色。殿下の瞳と同じ色。
 もう一着は、落ち着いた紺色。シンプルで上品なデザイン。
 私はいつも、蒼色のドレスを選んでいた。
 殿下の瞳の色。
 これを着ていると、殿下と繋がっているような気がして――嬉しかった。
 殿下も、いつも「よく似合っている」と言ってくださった。

 でも――

「紺色の方で」

「……え?」

 マリアが驚いた顔をする。

「エリーゼ様、本当によろしいのですか? いつもは蒼色を……」

「今日は紺色がいいわ」

 私は笑顔を作った。

「あまり、いつも同じ色ばかりというのも……ね」

「は、はい……」

 マリアは明らかに戸惑っていた。
 無理もない。
 私は、殿下と会う日は必ず蒼色のドレスを選んでいたのだから。
 
 殿下の瞳の色を纏って、殿下に会いたかった。
 
 それが私の、ささやかな幸せだった。
 けれど――それも「我儘」なのかもしれない。
 いつも同じ色ばかり選んで、マリアを困らせていたのかもしれない。

 鏡に映る自分を見る。
 紺色のドレスは、確かに上品だ。
 でも――私らしくない。
 私が選びたいのは、蒼色。
 殿下の瞳の色。
 けれど、それが「悪役令嬢」への道なのだとしたら。
 私は――我慢しなくてはならない。

「髪型はどうなさいますか?」

 マリアが櫛を手に取りながら尋ねる。
 私は少し考えてから、答えた。

「シンプルに、後ろで一つにまとめて」

「……シンプルに?」

「ええ。編み込みとか、リボンとか、そういうのは今日はいいわ」

「で、ですが……」

 マリアは明らかに困惑していた。
 無理もない。
 昨日まで、三回も編み直しを要求していた私が、今日は「シンプルに」と言っているのだから。

「マリアに、あまり手間をかけさせるのも悪いでしょう?」

 私は笑顔で言った。

「それに、殿下をお待たせするわけにもいかないし」

「エリーゼ様……」

 マリアは何か言いたげだったが、結局何も言わず、私の髪を手早くまとめ始めた。
 鏡を見る。
 シンプルな髪型。落ち着いたドレス。
 これが――「良い婚約者」の姿。
 きっと、周囲も満足するはず。
 
 きっと、殿下も――
 
 胸が、きゅっと締め付けられる。
 殿下は昨日、「可愛い」と言ってくださった。
 華やかに着飾った私を、喜んでくださった。
 でも、それは――殿下が優しいだけかもしれない。

 本当は、こういう落ち着いた姿の方が、婚約者としてふさわしいのかもしれない。

「……できました」

 マリアの声で、我に返る。
 鏡の中の私は――知らない誰かのように見えた。
 蒼色のドレスを着た、いつもの私ではない。


 
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