悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis

文字の大きさ
4 / 17

第2話(後編)「良い婚約者にならなくては」

しおりを挟む
王宮の応接室で、私は殿下を待っていた。
 約束の時間ちょうどに到着した。
 いつもなら、髪を整えるのに時間がかかって、三十分は遅れていたのに。
 扉が開く。

「エリーゼ」

 殿下が入ってきた。
 そして――私を見て、動きを止めた。

「……」

 殿下は何も言わない。
 ただ、私をじっと見つめている。
 心臓が早鐘を打つ。

「お、お待たせいたしました。殿下」

 私は立ち上がり、礼をする。

「……待ってはいない」

 殿下の声が、いつもより低い。

「今日は時間通りだったな」

「はい。あまりお待たせするのも、よくないかと思いまして」

「そうか」

 殿下はゆっくりと私に近づいてきた。
 そして――

「その、ドレス」

「はい?」

「……紺色は、初めて見る」

 殿下の声に、何か含むものがあった。
 私は笑顔を作る。

「そうですね。いつも蒼色ばかりでしたから、たまには違う色も、と」

「蒼色が、嫌いになったのか?」

「え……?」

 予想外の問いに、言葉が詰まる。

「いえ、そういうわけでは……」

「なら、なぜ」

 殿下が一歩、近づく。
 蒼い瞳が、私を見つめている。

「君はいつも、蒼色を選んでいた」

「……はい」

「僕の、瞳の色だと言って」

 胸が、苦しい。
 そうだ。
 私は、殿下の瞳の色が好きだった。
 だから、いつも蒼色のドレスを選んでいた。
 殿下と同じ色を纏っていたかった。

 でも――

「あまり、同じ色ばかりというのも……周囲の目もありますし」

「周囲の目?」

 殿下の表情が、僅かに険しくなった。

「エリーゼ。誰かに何か言われたのか」

「いえ、そういうわけでは……」

「嘘をつくな」

 低い声。
 殿下は、怒っているのだろうか。
 私の我儘に、ついに――

「ごめんなさい」

 思わず謝っていた。

「私、これまで我儘ばかり言って……殿下にも、マリアにも、ご迷惑をおかけして……」

「エリーゼ」

「だから、これからはもっと、良い婚約者にならなくては、と……」

「エリーゼ」

 殿下が私の肩を掴んだ。

「顔を上げろ」

 言われるままに顔を上げると、殿下の蒼い瞳が、すぐそこにあった。

「君は、何を言っている」

「……え?」

「君が我儘? 迷惑?」

 殿下の声に、困惑が滲む。

「君は僕の婚約者だ。好きなものを選び、好きなように振る舞う権利がある」

「でも……」

「誰が君を責めた。誰が君に、変われと言った」

「誰も……誰も、そんなことは……」

 そう。
 誰も、直接は何も言っていない。

 ただ――
 令嬢たちの囁き。
 あの本の内容。
 それだけで、私は怖くなってしまった。

「なら、なぜこんな――」

 殿下の手が、私の頬に触れる。

「君らしくない姿で、僕の前に現れる」

「殿下……」

「エリーゼ。僕は君の、その我儘が好きだ」

 え――

「僕のために時間をかけてくれる。僕のために着飾ってくれる。僕の色を選んでくれる」

 殿下の声が、優しく響く。

「それが、どれほど嬉しいか」

「……そんな」

 涙が溢れそうになる。

「でも、周囲は……私のこと、我儘だって……」

「誰が言った」
 殿下の声が、低くなる。

「名を言え。僕が直接話をつける」

「いえ、そこまでは……!」

 慌てて首を振る。
 殿下は少しだけ表情を緩めた。

「エリーゼ。君は、君のままでいい」

「でも……」

「いいか。よく聞け」

 殿下が私の両肩を掴む。

「君が蒼色のドレスを着て、髪を何度も編み直して、時間をかけて僕の前に現れる。それが――僕は、嬉しいんだ」

「……っ」

 涙が、一筋頬を伝った。

「だから、変わらないでくれ」

 殿下の手が、私の涙を拭う。

「君は、君のままで――完璧だ」

「殿下……」

 ああ、どうしよう。
 殿下は、こんなにも優しい。
 こんなにも、私を受け入れてくださる。

 でも――
 それが怖い。
 優しすぎる殿下が、いつか疲れてしまうのではないかと。
 私の我儘に、いつか嫌気がさすのではないかと。
 
 あの本の令嬢のように――

「エリーゼ?」

 殿下が不思議そうに私を見る。

「なぜ泣いている」

「……ごめんなさい」

 私は首を振った。

「何でもないんです。ただ――殿下が優しくて」

「……そうか」
 殿下は私を抱き寄せた。

 温かい腕。
 安心する香り。

 でも、私の胸の不安は――消えなかった。


 その夜、私は自室で一人、考え込んでいた。
 殿下は言った。
 「君のままでいい」と。
 「変わらないでくれ」と。

 でも、それは――本当なのだろうか。
 
 殿下は優しいから、そう言ってくださる。
 けれど、周囲の目は厳しい。
 いつか、その声が殿下の耳にも届いて――
 殿下も、私に疲れてしまうのではないか。

 机の引き出しを開ける。
 そこには、昨日借りてきた『悪役令嬢の末路』が入っていた。
 ページを開く。

 物語の中の王子も、最初は優しかった。
 令嬢の我儘を、全て受け入れていた。

 でも――
 周囲の非難が高まるにつれ、王子の心は離れていった。

 そして、最後には――

「私は、こうはならない」

 呟いて、本を閉じる。
 殿下は「変わらないでくれ」と言った。
 でも、私は変わらなくてはならない。
 殿下を守るために。
 殿下との未来を守るために。
 たとえ殿下が気づかなくても――

 私は、良い婚約者にならなくてはならない。
 それが、殿下を愛する、ということだから。
 窓の外を見る。
 月が、静かに私を照らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

『悪女と呼ばれた令嬢は、親友の幸せのために婚約者を捨てた』

由香
恋愛
婚約者である王太子を、親友のために手放した令嬢リュシエンヌ。 彼女はすべての非難を一身に受け、「悪女」と呼ばれる道を選ぶ。 真実を語らぬまま、親友である騎士カイルとも距離を置き、 ただ一人、守るべきものを守り抜いた。 それは、愛する人の未来のための選択。 誤解と孤独の果てで、彼女が手にした本当の結末とは――。 悪女と呼ばれた令嬢が、自ら選び取る静かな幸福の物語。

偽りの婚約者だった公爵令嬢、婚約破棄されてから本物の溺愛をされるまで

nacat
恋愛
平民出身ながら伯爵家に養子に入ったリリアーナは、王太子の婚約者“代役”として選ばれた。 王家の都合で結ばれたその関係に、彼女は決して本気にならないはずだった。 だが、王太子が本命の公爵令嬢を選んで婚約破棄を告げた瞬間、リリアーナは静かに微笑んだ――。 「お幸せに。でも、“代役”の私を侮ったこと、きっと後悔させてあげますわ」 婚約破棄後、彼女は外交の任務で隣国へ。 そこで出会った冷徹な将軍との出会いが、すべてを変えていく。 “ざまぁ”と“溺愛”がスパイラルのように絡み合う、痛快で甘くて尊い恋愛劇。 ///////

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

ガネス公爵令嬢の変身

くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。 ※「小説家になろう」へも投稿しています

悪役令嬢は間違えない

スノウ
恋愛
 王太子の婚約者候補として横暴に振る舞ってきた公爵令嬢のジゼット。  その行動はだんだんエスカレートしていき、ついには癒しの聖女であるリリーという少女を害したことで王太子から断罪され、公開処刑を言い渡される。  処刑までの牢獄での暮らしは劣悪なもので、ジゼットのプライドはズタズタにされ、彼女は生きる希望を失ってしまう。  処刑当日、ジゼットの従者だったダリルが助けに来てくれたものの、看守に見つかり、脱獄は叶わなかった。  しかし、ジゼットは唯一自分を助けようとしてくれたダリルの行動に涙を流し、彼への感謝を胸に断頭台に上がった。  そして、ジゼットの処刑は執行された……はずだった。  ジゼットが気がつくと、彼女が9歳だった時まで時間が巻き戻っていた。  ジゼットは決意する。  次は絶対に間違えない。  処刑なんかされずに、寿命をまっとうしてみせる。  そして、唯一自分を助けようとしてくれたダリルを大切にする、と。   ────────────    毎日20時頃に投稿します。  お気に入り登録をしてくださった方、いいねをくださった方、エールをくださった方、どうもありがとうございます。  とても励みになります。  

【完結】愛くるしい彼女。

たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。 2023.3.15 HOTランキング35位/24hランキング63位 ありがとうございました!

悪役令息の婚約者になりまして

どくりんご
恋愛
 婚約者に出逢って一秒。  前世の記憶を思い出した。それと同時にこの世界が小説の中だということに気づいた。  その中で、目の前のこの人は悪役、つまり悪役令息だということも同時にわかった。  彼がヒロインに恋をしてしまうことを知っていても思いは止められない。  この思い、どうすれば良いの?

処理中です...