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第1章 才能と努力、現実と理想。
第1話 日常からの脱線
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「これよりエルンスト王国、王立学院の第256回期生入学式を開始致します。私は司会・進行を努めさせて頂きます、ネーリ・エルファーです。」
グロース王家が治める国、エルンスト王国には若き英才を育て上げる為の王立学院が存在する。
「まず始めに、皇太子ゲーアノート様よりご祝儀を賜ります。」
現在国王ゲーアハルトは持病により体調が優れていないため、皇太子であるゲーアノートが大半の公務を執り行っている。
彼が壇上に現れると、館内は一瞬にして静まった。
「まずは入学おめでとう。そして諸君の更なる飛躍を期待する。あまり長々と話すのは好きでは無いので簡潔に済まそう。ここ王立学院は我が父ゲーアハルトを長とする所である。諸君にはその事を自覚し、誇りを持ちながらも慢心せず、日々の努力を怠らずに自らを高めて欲しい。これは最優先事項であり、君たちへの最初の王からの命令である。以上だ。」
力強い声が会場に響き、消えていく。一瞬の静寂にここが包まれた後、司会が式を進行する。
「続きまして、生徒代表 ピリッポス・エルピス君からの御言葉です。」
生徒列の1番前に座っていた長身でガタイのいい男性が立ち、ゆっくりと壇上へ歩みを進める。彼は皇太子ゲーアノートの義理の甥にあたる。
エリポス家の人間特有の蒼く力強い双眼がサカルを含めた新入生たちを萎縮させ、尊敬させる。
「新入生の皆さん、入学おめでとう。私はピリッポス・エリポス、この学院で唯一最高クラスにあたるクリスタルランクを所持している者だ。さて、そんなつまらない自慢は置いておこう。私から君たちに問いたいことがある。それは『何故君たちはこの学院に入ろうと思ったのか』という事。この学院に入ったとしても将来王国軍や魔術会、騎士団に入れる人物はわずかだ。まあ具体的には10%程だが…ここにいる約600人の内60人しか入れない枠を求めてこの学院にやって来たのならそれはお門違いだ。今すぐ退学して家の職を継ぐなり自分で職を見つけるなりした方が良い。厳しい事を言っているように諸君には聞こえるかもしれないが、それが現実だ。言いたいことは以上である。それでは我が後輩よ、精進してくれ。」
大きい体躯から発せられた厳しい言葉は、もう一度会場に居る者を萎縮させる。
静かな会場に司会者の咳が響き渡り、現実へと引き戻される。
「それでは続きまして、新入生代表サカル・ジィナミツェクリ君の入学への抱負です。」
…………は?
いやいやいや聞いてないんですけど。
え?なんなの?ドッキリ?
しかし、これでも第三貴族の後継者。家の名前に汚点は付けられない。そう考えてハッキリと動揺を隠すために大きな声で返事をする。幸い、以前に大勢の前で話す機会が数回あった。
「大丈夫だ。問題ない。」
そう自分に言い聞かせて最前列からゆっくりと歩みを進め、壇上に立つ。大勢に見られるのは嫌いでは無いが、やはり顔が少し火照ってしまう。
「第三貴族ジィナミツェクリ家出身、サカル・ジィナミツェクリです。この入学式を起点として新しい生活を送ることになる私たちですが、切磋琢磨しながらこの王国から逞しい存在として認められるように皆さんと互いに日々成長していけたらと思っています。以上です。」
………シーン
ん?なんでこんな静かになるんだ?
もしかして俺のダジャレが高度過ぎて皆着いて行けてない感じ?
『人類にはまだ早かったようだ』とかいうやつかな?
そんなことを考えていると、急に司会者が鼻で笑った。
おお…ウケた…
サカルが感銘を受けているとも知らずに司会者は顔を若干引き攣らせながらプログラムを次へと進める。
「ジィナミツェクリ君ありがとwございました……………続きましてクラス分けの発表を行いますので、入学生の皆さんには移動して頂きます。生徒の指示に従ってください…フッ」
笑ったな。今確実に笑った。絶対笑った!
あの人はレベルが高い。周りの連中は論外だ。
「では第1列の皆さんは先頭のエルピス君に続いてください。」
最前列の中でも1番生徒席に近い場所に座っている俺は必然的にピリッピス君の後ろに並ぶことになる。
(何にしようか…)
彼とは貴族同士の集まりで何度も話したことがあるから、なにか話のタネでも見つけてクラス分けの発表場所までの暇な時間を潰そうと思った。
そう思った矢先、
「サカル、これから大変だな。」
「…? 大変とはどういう事ですか?」
「まあ直に分かるさ。とりあえず腐るんじゃないぞ。お前にはお前の取り柄がある。」
「はい…」
「あ、あとさっきみたいな事は辞めろよ。みっともないからな。」
さっきから何を言っているんだこの人は?
昔から他人の考えている事を読まずに一方的に話をする人だとは思っていたけど…
「どうやら分かっていないようだな。さっきのお前のダジャレだよ。」
「何かあれに不味い事でも?」
「大ありだ。『ダジャレなんてくだらない物だ』っていうのが世間の大方の見方なんだ。そんな物を第三貴族の後継者が口にしたらどうなる?お前の家の評価は一瞬で地に叩き落とされるぞ。お前も今日を期に成人するんだからあれで終わりにしろよ。」
「ご忠告痛み入ります…」
叱られてしまった。
でもなんで会場の人は全く動じなかったんだ?
やっぱり俺のダジャレに気づいて居ないんじゃないか?
そう考えるとポリッピス君のは杞憂なんじゃないか?
まあとりあえずは大人しく言うことを聞いておくか。
「さて、ではここで後続を待って…」
その時一瞬時が止まった。否、止まったように感じた。空気の流れや人の動き、全てが無になった。
そして一瞬の無から解放された後に襲って来たのは…
「「「きゃあああ」」」
さっきまで自分が居た場所から聞こえる悲鳴と、燃え上がる会場だった。
「学院が燃えている」
その事実を受け入れることが出来なかった。
しかし、彼は違った。
そう。ピリッポス・エルピスは違った。
彼が最初に取った行動は、その場に立ち尽くした自分とは違い、現場へ駆け出すことだった。
大勢の人、その中に含まれる親しい友人や、交流のある大人達。そして何より、まだ成熟仕切っていない多くの新入生を抱える教師達の為に彼は駆け出した。
しかし、それは叶わなかった。なぜなら…
「このまま一気に叩くぞおおぉ!」
「おおおおおおおぉぉぉぉお!」
クラス分けの発表会場から謎の集団が寄って来たからだ。その数およそ百。
それに対して戦力になるのはピリッポス・エルピスただ1人。
直ぐにピリッポスは引き返すと、剣を鞘から引き抜き、先頭の人間に近づいた。
「ピリッポス君!俺も手伝います!」
「サカル、お前はこっちに来るな!新入生を連れて逃げろ!第三貴族出身のお前の指示なら皆従う!」
「でも!」
「いいからここは俺に任せて逃げろ!足でまといになるだけだ!」
悲しかった。憧れであった彼に淡々と戦力にならないことを突きつけられるのは。
ただただ悲しかった。
そして、その指示に従わざるを得ない自分に苛立った。同じ歳であるはずの混乱している新入生にも苛立った。さらに、この事態に苛立った。全てが嫌になった。でも。
「逃げなきゃ」
「皆、この中でも何かと戦っているんだ。」
「自分に課せられた使命を果たすんだ。」
自分を奮い立たせながら混乱している仲間たちに告げる。
「我々はここから退き、王宮へと避難する!生きたい奴は俺に続けえ!」
一瞬迷いを見せた新入生達だったが、こちらを向くと一斉に自分の前に列を使った。
なんだろう、この感覚は。自分が頼られているという緊張感。
位が高い貴族の子息の中では最年少だったから、こんな感覚に出会ったことは無かった。
思うように体が動かない。それでも1歩目を踏み出し走り出そうとした矢先。
魔が差してしまった。一瞬彼の方を見てしまった。そう、ポリッピス・エルピスの姿を。
そこには血まみれになり肩で息をしている彼が居た。残りの敵は10人ほどしか居ない。
しかし、その残っている敵は皆強者の風格を漂わせている。
いくらクリスタルランクとはいえ、所詮は学生。数的不利、しかも独りの状態ではどうしようもない。
迷ってしまった。彼を助けなければならないとも思ったし、同級生を救わなければならないとも思った。しかし、その内から選べるのは片方だけだった。
迷っていた自分の脳に先程の出来事が脳裏をよぎる。自分は今彼の助太刀に加わっても何も出来ないことを理解してしまっていた。
選択肢は1つだ。同級生を連れて王宮へと逃げる。
走った。ただひたすらに。彼の意志を無駄にしないために。1人より大勢の命を救うために。そして、自分を迷わせないように。
ひたすらに走った。涙が出てきた。戦力に加われない不甲斐なさに。1人より多くの命を優先してしまった自分の愚かさに。
太陽が西に傾き始め、サカルから影が伸び始める。そして、影は彼に告げる。目的地を、この世界の儚さを。そして1人の人間の無力さを。
「さようなら」
自然とその言葉が口から零れてしまった。
本当は言いたくなかった。お別れなんて言いたくなかったんだ。きっとまた会える。そう思いたいんだ。
走馬灯が頭を遮る。一人っ子の自分のことを弟のように接してくれた、憧れの存在との日々が消えていくような気がした。
いつまでも光り輝いて自分のゆく道を照らしてくれるはずだった光はもう風前の灯火だ。
そう思うと、辛かった。過去を思い出すことも、未来のことを考えることも。
でも今は、彼から託された命を守り抜かなきゃいけない。走れ。走るんだ…
もうどのくらい走っただろう。数時間か数分か…朦朧とする意識の中、自分が来た方向に向かって魔法を連射する塔が見えてきた。
王宮が誇る最大の魔法設備、ゲーアタワーだ。これが見えたということは王宮まであと2マイル程だ。今の速さなら20分も経てば着ける。
はっきり言うと、油断した。目的地が見えたことで完全に。塔が自分達の方向に向かって魔法を撃っていることの意味を考えなかった。つまりは自分達の背後に敵が居るということに気が付かなかった。
その事に最初に気がついたのは自分のすぐ後ろに居た男子だ。
「ジィナミツェクリ様、ゲーアタワーが魔法を撃っている方角、我々が居る所では無いですか…?」
「な!?本当だ…総員全速力で王宮へと向かえ!王宮にはこちら側の旗が立っている故、門へと向かえば安全だ!」
迷わずに前進の命令を下した。否、迷える訳が無かった。少しでも自分に迷いや動揺が見えれば、ただでさえギリギリの精神状態を保っている同級生達が混乱してしまう。
最悪の事態を招かずに済んだと確認した俺はただがむしゃらに門へと駆け出した。
走った。ただひたすらに。
「はあ…はあ…全員無事か…?」
必死で門に辿り着いた俺は周りに呼びかけた。
しかし、返答は…
「………」
皆無だった。
これが意味するのは、助かったのは自分のみということ。最悪の事態は自分の決断に関わらず訪れた。
事実を受け止められずに元から混乱していた脳を更に混乱させていると、後ろから声を掛けられた。
「君は…サカルじゃないか。こんな所で何をしているんだ?」
「ペルディッカスさん…貴方はどうしてここに居るんですか?確か、外の国に留学していたはずじゃ…」
「今帰ってきた所だよ。大規模な転移魔術を使ってね…まさかこんな騒ぎになっているとは。サカルこそ此処で何をしているんだ?」
「王立学院の入学式の最中に何者かに襲われて…同級生と一緒に逃げてきたけど…途中で追手に襲われて、自分だけここに辿り着きました…」
「そうか、すまない。辛いことを聞いてしまったね。」
「ペルディッカスさん、敵は何なんですか?何故突然僕達はこんな目に合ってしまったんですか?この国は周りと戦争なんかしていないですよね?」
「そうだね、君は…この世界の端の方でここ数年数多くの戦争が起きているのは知っているかい?」
「はい…何となく。でも確かその話は推測だったはずですよね?世界の端の方とここ中心部は、水が全くない広大な砂漠地帯で隔たっているため、流れてくる魔素量でしか判別出来ないという話だったはず…」
「ああ、本来ならな。しかし、その砂漠を超えることができる手段が1つだけある。」
「ドラゴンですか…」
ドラゴンはこの世界で最も速い移動手段だ。しかし、ドラゴンが生息しているのは隣国のダイバー帝国の帝都郊外にしかないため、ドラゴンに乗りたくばダイバー帝国に行かなければならない。
「そうだ。じゃあ話を元に戻そうか。その世界の端で起きている戦争の元凶が分かったんだ。戦争には必ず勃発した原因があるからね。」
「で、元凶はいったい何なんですか?」
「元凶は…世界の崩落だ。」
グロース王家が治める国、エルンスト王国には若き英才を育て上げる為の王立学院が存在する。
「まず始めに、皇太子ゲーアノート様よりご祝儀を賜ります。」
現在国王ゲーアハルトは持病により体調が優れていないため、皇太子であるゲーアノートが大半の公務を執り行っている。
彼が壇上に現れると、館内は一瞬にして静まった。
「まずは入学おめでとう。そして諸君の更なる飛躍を期待する。あまり長々と話すのは好きでは無いので簡潔に済まそう。ここ王立学院は我が父ゲーアハルトを長とする所である。諸君にはその事を自覚し、誇りを持ちながらも慢心せず、日々の努力を怠らずに自らを高めて欲しい。これは最優先事項であり、君たちへの最初の王からの命令である。以上だ。」
力強い声が会場に響き、消えていく。一瞬の静寂にここが包まれた後、司会が式を進行する。
「続きまして、生徒代表 ピリッポス・エルピス君からの御言葉です。」
生徒列の1番前に座っていた長身でガタイのいい男性が立ち、ゆっくりと壇上へ歩みを進める。彼は皇太子ゲーアノートの義理の甥にあたる。
エリポス家の人間特有の蒼く力強い双眼がサカルを含めた新入生たちを萎縮させ、尊敬させる。
「新入生の皆さん、入学おめでとう。私はピリッポス・エリポス、この学院で唯一最高クラスにあたるクリスタルランクを所持している者だ。さて、そんなつまらない自慢は置いておこう。私から君たちに問いたいことがある。それは『何故君たちはこの学院に入ろうと思ったのか』という事。この学院に入ったとしても将来王国軍や魔術会、騎士団に入れる人物はわずかだ。まあ具体的には10%程だが…ここにいる約600人の内60人しか入れない枠を求めてこの学院にやって来たのならそれはお門違いだ。今すぐ退学して家の職を継ぐなり自分で職を見つけるなりした方が良い。厳しい事を言っているように諸君には聞こえるかもしれないが、それが現実だ。言いたいことは以上である。それでは我が後輩よ、精進してくれ。」
大きい体躯から発せられた厳しい言葉は、もう一度会場に居る者を萎縮させる。
静かな会場に司会者の咳が響き渡り、現実へと引き戻される。
「それでは続きまして、新入生代表サカル・ジィナミツェクリ君の入学への抱負です。」
…………は?
いやいやいや聞いてないんですけど。
え?なんなの?ドッキリ?
しかし、これでも第三貴族の後継者。家の名前に汚点は付けられない。そう考えてハッキリと動揺を隠すために大きな声で返事をする。幸い、以前に大勢の前で話す機会が数回あった。
「大丈夫だ。問題ない。」
そう自分に言い聞かせて最前列からゆっくりと歩みを進め、壇上に立つ。大勢に見られるのは嫌いでは無いが、やはり顔が少し火照ってしまう。
「第三貴族ジィナミツェクリ家出身、サカル・ジィナミツェクリです。この入学式を起点として新しい生活を送ることになる私たちですが、切磋琢磨しながらこの王国から逞しい存在として認められるように皆さんと互いに日々成長していけたらと思っています。以上です。」
………シーン
ん?なんでこんな静かになるんだ?
もしかして俺のダジャレが高度過ぎて皆着いて行けてない感じ?
『人類にはまだ早かったようだ』とかいうやつかな?
そんなことを考えていると、急に司会者が鼻で笑った。
おお…ウケた…
サカルが感銘を受けているとも知らずに司会者は顔を若干引き攣らせながらプログラムを次へと進める。
「ジィナミツェクリ君ありがとwございました……………続きましてクラス分けの発表を行いますので、入学生の皆さんには移動して頂きます。生徒の指示に従ってください…フッ」
笑ったな。今確実に笑った。絶対笑った!
あの人はレベルが高い。周りの連中は論外だ。
「では第1列の皆さんは先頭のエルピス君に続いてください。」
最前列の中でも1番生徒席に近い場所に座っている俺は必然的にピリッピス君の後ろに並ぶことになる。
(何にしようか…)
彼とは貴族同士の集まりで何度も話したことがあるから、なにか話のタネでも見つけてクラス分けの発表場所までの暇な時間を潰そうと思った。
そう思った矢先、
「サカル、これから大変だな。」
「…? 大変とはどういう事ですか?」
「まあ直に分かるさ。とりあえず腐るんじゃないぞ。お前にはお前の取り柄がある。」
「はい…」
「あ、あとさっきみたいな事は辞めろよ。みっともないからな。」
さっきから何を言っているんだこの人は?
昔から他人の考えている事を読まずに一方的に話をする人だとは思っていたけど…
「どうやら分かっていないようだな。さっきのお前のダジャレだよ。」
「何かあれに不味い事でも?」
「大ありだ。『ダジャレなんてくだらない物だ』っていうのが世間の大方の見方なんだ。そんな物を第三貴族の後継者が口にしたらどうなる?お前の家の評価は一瞬で地に叩き落とされるぞ。お前も今日を期に成人するんだからあれで終わりにしろよ。」
「ご忠告痛み入ります…」
叱られてしまった。
でもなんで会場の人は全く動じなかったんだ?
やっぱり俺のダジャレに気づいて居ないんじゃないか?
そう考えるとポリッピス君のは杞憂なんじゃないか?
まあとりあえずは大人しく言うことを聞いておくか。
「さて、ではここで後続を待って…」
その時一瞬時が止まった。否、止まったように感じた。空気の流れや人の動き、全てが無になった。
そして一瞬の無から解放された後に襲って来たのは…
「「「きゃあああ」」」
さっきまで自分が居た場所から聞こえる悲鳴と、燃え上がる会場だった。
「学院が燃えている」
その事実を受け入れることが出来なかった。
しかし、彼は違った。
そう。ピリッポス・エルピスは違った。
彼が最初に取った行動は、その場に立ち尽くした自分とは違い、現場へ駆け出すことだった。
大勢の人、その中に含まれる親しい友人や、交流のある大人達。そして何より、まだ成熟仕切っていない多くの新入生を抱える教師達の為に彼は駆け出した。
しかし、それは叶わなかった。なぜなら…
「このまま一気に叩くぞおおぉ!」
「おおおおおおおぉぉぉぉお!」
クラス分けの発表会場から謎の集団が寄って来たからだ。その数およそ百。
それに対して戦力になるのはピリッポス・エルピスただ1人。
直ぐにピリッポスは引き返すと、剣を鞘から引き抜き、先頭の人間に近づいた。
「ピリッポス君!俺も手伝います!」
「サカル、お前はこっちに来るな!新入生を連れて逃げろ!第三貴族出身のお前の指示なら皆従う!」
「でも!」
「いいからここは俺に任せて逃げろ!足でまといになるだけだ!」
悲しかった。憧れであった彼に淡々と戦力にならないことを突きつけられるのは。
ただただ悲しかった。
そして、その指示に従わざるを得ない自分に苛立った。同じ歳であるはずの混乱している新入生にも苛立った。さらに、この事態に苛立った。全てが嫌になった。でも。
「逃げなきゃ」
「皆、この中でも何かと戦っているんだ。」
「自分に課せられた使命を果たすんだ。」
自分を奮い立たせながら混乱している仲間たちに告げる。
「我々はここから退き、王宮へと避難する!生きたい奴は俺に続けえ!」
一瞬迷いを見せた新入生達だったが、こちらを向くと一斉に自分の前に列を使った。
なんだろう、この感覚は。自分が頼られているという緊張感。
位が高い貴族の子息の中では最年少だったから、こんな感覚に出会ったことは無かった。
思うように体が動かない。それでも1歩目を踏み出し走り出そうとした矢先。
魔が差してしまった。一瞬彼の方を見てしまった。そう、ポリッピス・エルピスの姿を。
そこには血まみれになり肩で息をしている彼が居た。残りの敵は10人ほどしか居ない。
しかし、その残っている敵は皆強者の風格を漂わせている。
いくらクリスタルランクとはいえ、所詮は学生。数的不利、しかも独りの状態ではどうしようもない。
迷ってしまった。彼を助けなければならないとも思ったし、同級生を救わなければならないとも思った。しかし、その内から選べるのは片方だけだった。
迷っていた自分の脳に先程の出来事が脳裏をよぎる。自分は今彼の助太刀に加わっても何も出来ないことを理解してしまっていた。
選択肢は1つだ。同級生を連れて王宮へと逃げる。
走った。ただひたすらに。彼の意志を無駄にしないために。1人より大勢の命を救うために。そして、自分を迷わせないように。
ひたすらに走った。涙が出てきた。戦力に加われない不甲斐なさに。1人より多くの命を優先してしまった自分の愚かさに。
太陽が西に傾き始め、サカルから影が伸び始める。そして、影は彼に告げる。目的地を、この世界の儚さを。そして1人の人間の無力さを。
「さようなら」
自然とその言葉が口から零れてしまった。
本当は言いたくなかった。お別れなんて言いたくなかったんだ。きっとまた会える。そう思いたいんだ。
走馬灯が頭を遮る。一人っ子の自分のことを弟のように接してくれた、憧れの存在との日々が消えていくような気がした。
いつまでも光り輝いて自分のゆく道を照らしてくれるはずだった光はもう風前の灯火だ。
そう思うと、辛かった。過去を思い出すことも、未来のことを考えることも。
でも今は、彼から託された命を守り抜かなきゃいけない。走れ。走るんだ…
もうどのくらい走っただろう。数時間か数分か…朦朧とする意識の中、自分が来た方向に向かって魔法を連射する塔が見えてきた。
王宮が誇る最大の魔法設備、ゲーアタワーだ。これが見えたということは王宮まであと2マイル程だ。今の速さなら20分も経てば着ける。
はっきり言うと、油断した。目的地が見えたことで完全に。塔が自分達の方向に向かって魔法を撃っていることの意味を考えなかった。つまりは自分達の背後に敵が居るということに気が付かなかった。
その事に最初に気がついたのは自分のすぐ後ろに居た男子だ。
「ジィナミツェクリ様、ゲーアタワーが魔法を撃っている方角、我々が居る所では無いですか…?」
「な!?本当だ…総員全速力で王宮へと向かえ!王宮にはこちら側の旗が立っている故、門へと向かえば安全だ!」
迷わずに前進の命令を下した。否、迷える訳が無かった。少しでも自分に迷いや動揺が見えれば、ただでさえギリギリの精神状態を保っている同級生達が混乱してしまう。
最悪の事態を招かずに済んだと確認した俺はただがむしゃらに門へと駆け出した。
走った。ただひたすらに。
「はあ…はあ…全員無事か…?」
必死で門に辿り着いた俺は周りに呼びかけた。
しかし、返答は…
「………」
皆無だった。
これが意味するのは、助かったのは自分のみということ。最悪の事態は自分の決断に関わらず訪れた。
事実を受け止められずに元から混乱していた脳を更に混乱させていると、後ろから声を掛けられた。
「君は…サカルじゃないか。こんな所で何をしているんだ?」
「ペルディッカスさん…貴方はどうしてここに居るんですか?確か、外の国に留学していたはずじゃ…」
「今帰ってきた所だよ。大規模な転移魔術を使ってね…まさかこんな騒ぎになっているとは。サカルこそ此処で何をしているんだ?」
「王立学院の入学式の最中に何者かに襲われて…同級生と一緒に逃げてきたけど…途中で追手に襲われて、自分だけここに辿り着きました…」
「そうか、すまない。辛いことを聞いてしまったね。」
「ペルディッカスさん、敵は何なんですか?何故突然僕達はこんな目に合ってしまったんですか?この国は周りと戦争なんかしていないですよね?」
「そうだね、君は…この世界の端の方でここ数年数多くの戦争が起きているのは知っているかい?」
「はい…何となく。でも確かその話は推測だったはずですよね?世界の端の方とここ中心部は、水が全くない広大な砂漠地帯で隔たっているため、流れてくる魔素量でしか判別出来ないという話だったはず…」
「ああ、本来ならな。しかし、その砂漠を超えることができる手段が1つだけある。」
「ドラゴンですか…」
ドラゴンはこの世界で最も速い移動手段だ。しかし、ドラゴンが生息しているのは隣国のダイバー帝国の帝都郊外にしかないため、ドラゴンに乗りたくばダイバー帝国に行かなければならない。
「そうだ。じゃあ話を元に戻そうか。その世界の端で起きている戦争の元凶が分かったんだ。戦争には必ず勃発した原因があるからね。」
「で、元凶はいったい何なんですか?」
「元凶は…世界の崩落だ。」
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