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お前はいつ、俺を捨てるんだ【後】
しおりを挟むそれから僕のつがいは変わってしまった。
僕の愛を疑って、自殺未遂を繰り返したり、突然泣き出したりする。
食事も受け付けないから元々華奢だった身体もどんどん痩せ細っていくし、外に出ることもなくなったから筋肉も衰えて病気がちになった。
公務も何もかも持ち込んで部屋にいようとする僕を早くどっかに行け、と追い出したと思ったら、数秒後には捨てないでと泣きついてくる。
震える手で縋り付いてくるにも関わらず、その口から飛び出るのは呪詛ばかり。
芯の強く凛とした美しさを持つシェリクスに憧れ仕えていた使用人たちは、すっかり怯えて彼の元を離れていった。
シェルを朝起こしに行くのも、食事を運びに行くのも、気分を落ち着かせる紅茶を淹れるのも、冷たくなった身体を風呂に入れるのも、夜布団に寝かしつけるのも、全部僕の役目になった。
気がつくと部屋中に散乱した枕の羽や割れた食器、真っ二つになったテーブルを片付けるのもしばらくすれば慣れた。
最初はもちろん驚いたが、散らかった部屋の隅ですすり泣くつがいを泣き止ませる方がよほど苦労を要した。
そんな生活を送り続けること1年。
15歳となった僕は、本格的に皇位につくための準備として皇帝に呼び出されることが増えた。
正直皇帝に付き合ってる暇などないのだが、逆らえばシェルをどうされるかわからないので向かわないわけにはいかない。
だが、渋々向かった先で言われた言葉は、信じられないものだった。
「──長い間、我が愚息が大変申し訳ございませんでした。人の言うことを聞かぬ狂人の世話などさぞ辛かったでしょう」
そこにいたのは、皇帝だけではなかった。
つがいと同じ黒髪をもつ男性と、つがいとよく似た風貌の女性。
将来義父と義母になるはずの人たちだった。
────辛い?何がだ。
たしかにシェルが僕のことを信じてくれないのは身が裂かれるほどに辛いが、その世話に関してそう思ったことなど一度もない。
ない、はずだ。
だって、シェルは僕のつがいなのだ。
かけがえのない存在。愛しくて愛しくて堪らない僕の真ん中。
気持ちの形は違えど、それは目の前の夫婦にとっても同じはずだ。
シェルの両親は、僕たちと同じように出会うべくして出会った運命のつがい。
その愛の果てに生まれたたった一人の息子を、彼らはこの上なく愛していたはず。
そんな彼らが自らシェルを狂人扱いするだなんて───
「僕から、シェリクスを取り上げるつもりですか?」
愛息子を、僕という悪い番から引き離す時だ。
狂わせた張本人を、責めている時だ。
多忙のはずの侯爵夫妻は、どんなに周囲に反対されても毎日のようにシェリクスを訪ねに来た。それが30分の時もあれば、たった1分の時もある。
シェリクスも両親と会う時は幾分心が休まるらしく、その時間が長ければ長いほど発狂する頻度も少なくなった。
そんな彼らが、大事な息子をおかしくさせた僕を許すはずがない。
この夫婦は僕に息子の世話をさせたことに対し勝手に責任感を感じ、婚約を解消させて息子を領地に帰らせようとしている。
当たり前の結果だ。
でも………
シェリクスが、僕の前からいなくなる?
嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
僕のつがいが取られる
別のやつに連れて行かれる
とめなきゃ
縛りつけなきゃ
シェルの帰る場所が、僕だけになるように
その日は珍しく、シェルの様子が大人しかった。
でも、いつまた暴れ出すかわからない。僕は足早にシェルの元へと近づいた。
「シェル、結婚しよう」
よどんだ一対の瞳が、無気力にこちらを見上げる。僕が一目惚れした瞳の色と真逆と言って良いほどに違うのに、どうしてこんなにも美しいのだろう。
ゾクゾクと背筋を駆け抜ける感情の正体を無視し、僕はベットにへたりこんだつがいの手を引いた。
男の手で簡単に一周できる細い手首には、僕が昨晩残した歯形がくっきりと残っている。こんなにも愛しているのに、どうして君は僕の気持ちを信じてくれないのだろう。
偽物の僕の幻影に囚われたまま、君はまだ帰ってこない。
そんなに僕のことが信じられないなら、いっそのこと、本当の意味でつがいになってしまえばいい。
僕があげた首輪を棚の中にしまって、そのうなじに思い切り噛み付いてしまえばいい。
そうすれば僕も、君も。
例え君のいう通り、僕に本当の番とやらが現れても、もうお互いから離れることはできないだろう?
『早く君のうなじを噛みたいな』
『せいぜいロマンチックな演出を準備してくれよ、つがい様』
本当は、5年後に僕らが婚姻の儀をあげた日の夜、初夜の最中に僕のモノにしたかった。
でもそんなに遅くちゃ、君は僕をおいていってしまうかもしれないでしょう?
「───愛してるよ、シェリクス」
少しロマンチックさにはかけるけど、今日君を僕のモノにしよう。
君の心の底にある得体の知れない憂いが1秒でも早く晴れるように。
目の前にさらされた白いうなじを、僕は優しく甘噛みした。
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