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第一章
三十八話
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目的の人物は、授業が終わり次第教室で待機しているようにと予め約束していたので、問題なく合流することができた。雲の上の存在であるベルが最初声をかけてきたときは、目を丸くして驚いていたが、二度目ともなると多少耐性がついてきたのだろう。緊張で動きや声が固い部分はあるものの、不便なく疎通を図ることができた。
なぜ自分が呼ばれたのか、今どこへ向かっているのかは教えていない。教えても理解できないことが多いからだ。だからベルは、悪いことにはならない、今後の人生に関わってくる重要なことだと言いくるめて、一緒についてきてもらった。まるで悪徳商法みたいなフレーズではあるが、そこは輝人の効果なのか、大人しく頷いてついてきてくれた。
「ごめんね、待たせたかな」
そうしてベルが目的の場所、ロゼリアを待たせている教室へとたどり着く。扉を開けてひょっこりと顔を覗かしてみれば、そこにはロセウスとロゼリアがいた。他の生徒は皆帰ったようだ。
「いいえ、とんでもな――」
ベルを出迎えようとロゼリアが席を立とうとするが、ベルの後に続いて入ってきたイトナに、わかりやすいほど肩を揺らして硬直した。
「どうしたの? ロゼリア」
「い、いいえ。その方はどなたですか?」
頑張って取り繕おうとしているが、ベルの前でそれは無意味だ。
ベルは意地悪く目を細め、口元に笑みを浮かべた。
「どなた? それはロゼリア、貴女が一番知っていることでしょう?」
暗にベルが精神攻撃魔法にかかっていないことを口にすれば、ロゼリアはすぐさまロセウスに命令をした。
「『メモリーズテンパー』が解けたっていうの? ロセウス様、ベル様が私に近づかないように、結界を張って!!」
ベルが解けただけで、ロセウスへ掛けた記憶改ざん魔法はまだ解けていないと信じたいようだ。その証拠にロセウスに命令を下すものの、表情はどこか不安げだった。
「わかったよ」
けれどロセウスがそう口にした途端、ロゼリアはすぐに勝ち誇った笑みを浮かべた。記憶改ざん魔法がまだ効いているロセウスが味方ならまだ勝機があると確信したのだろう。
しかし世の中はそんなに甘くはない。
ロセウスは腕に抱き着くロゼリアを振り払うように、腕から離すとロゼリアのみを結界に閉じ込めた。
「え……?」
尻もちをつきながら、信じられないといった表情でロセウスを見上げていた。
「君の願い通りにベルが近づけないように結界を張ってあげたんだ。君の契約獣ではないのに、言う事を聞いた私に感謝してほしいくらいだけれどね」
ロセウスの言っていることは間違っていない。ロセウスはロゼリアに言われた通り、 ベルが触れられないよう、ロゼリアだけを結界内に閉じ込めたのだから。
透明な結界の外から出ようと、必死に結界を両手で叩いているが、その程度のことではロセウスの結界を破ることはできない。ならばと記憶改ざん魔法を教室にいる全員にかけようと口を開いていた。
「改ざん魔法、メモリーズテンパー!!」
魔力面ではロゼリアに勝り、どういった魔法なのか知っているベルたちにとって、それは無意味な魔法に過ぎない。でもイトナにとっては違う。だからベルはロゼリアが魔法を使っても大丈夫なように先手を打っていた。
「ふふふ、これで――」
「これで、なに? 貴女の魔法は誰にも効いてないよ?」
「っ……そんな、嘘よ!!」
「嘘と思うなら確かめみればいい。ねぇ皆」
ベルの声に召喚獣三人は頷き、イトナは意味がわかってはいないようだが、とりあえずといった感じで頷いていた。
「ロゼリア、貴女は知らないことだと思うけど、精神攻撃魔法というものはね、魔法の対象者が自分の持つ魔力より、少なくてはならないの。貴女は確かに類稀なほど膨大な魔力を持っているわ。でもね、それは学院内での話。私や私の召喚獣たちは、貴女より魔力の量が上なの。だから魔法にかかるはずがないってわけ。そしてイトナには私が魔力を一時的にだけど分け与えた」
王城で見つけた本にはこう書かれていた。
精神攻撃魔法を解除する方法は二つ。それは魔法を放った本人が死亡すること。もしくは、魔法をかけられた本人が一時的にでも魔法を放った本人の魔力量を上回ること。
ベルは魔法こそ使えないものの、授業で生徒たちにしたように、相手の魔力に自身の魔力を添わせることができる。つまりそれはベルの魔力を相手の体内へ入れることができるということ。これを応用して今回は、ベルの魔力をイトナの魔力へと見せかけることによって、魔法を解除することができた。しかしこれはそう何度もできるものではない。相手への負担が大きい上に、さらに精密な魔力操作をしなくてはならないからだ。戦闘などではあまり応用できない技になる。
「それはつまり、一時的にロゼリアの魔力を上回るから貴女の魔法は効かないということ。そしてそれは同時に、貴女が以前にかけた魔法を消えるということ。……イトナ、貴方は誰か大切な者を忘れてはいない?」
「大切な者……? 大切、な……相棒」
「そう、貴方の大切な相棒は誰?」
「大切な相棒は……!! ノア!!」
ロゼリアの魔法が完全に敗れた瞬間だった。
イトナはばっと顔を上げ、ロゼリアの傍でロゼリアを必死に助け出そうとしていたノアを視界に入れた途端、ノアの元へと走り出していた。ノアはといえば、まだ記憶改ざん魔法が解けておらず、自身の元へ駆け寄ってくるイトナに牙を剥いて唸り声をあげている。けれどイトナはそんなことにも目をくれず、ノアに抱き着いた。ノアは抵抗しようとイトナの肩口に牙を食い込ませるが、イトナはそれでもノアを離そうとはしなかった。
すぐにでもノアの記憶改ざん魔法を解いてあげたいが、それよりも先にすべきことがある。ベルはロゼリアの元まで歩き、その瞳を真っすぐに見据えた。
「なぜこんなことをしたの?」
そう尋ねるベルに、ロゼリアは憎悪の炎を瞳に宿らせながら、歪な笑みを口元に浮かべて答えた。
「欲しかったから。人の物ってなぜか欲しくなってしまうでしょう? だからもらうことにしたの。イトナの契約獣と地位を、そしてベルのロセウス様も!!」
人の物はとってはいけない。それはどこの世界でも、子どもの頃に身に着ける常識だ。けれどそんな常識はロゼリアの中には存在していないようで、ただただ子どものように人から奪ってきたらしい。
「最初は指を加えてみているだけだった。けれどね、ある日、あの方からこの素晴らしい魔法をもらったの。これで君の願いが叶うよって」
あの方、という人を脳内に思い描いているのだろう。その瞳はベルを見ていなかった。
なぜ自分が呼ばれたのか、今どこへ向かっているのかは教えていない。教えても理解できないことが多いからだ。だからベルは、悪いことにはならない、今後の人生に関わってくる重要なことだと言いくるめて、一緒についてきてもらった。まるで悪徳商法みたいなフレーズではあるが、そこは輝人の効果なのか、大人しく頷いてついてきてくれた。
「ごめんね、待たせたかな」
そうしてベルが目的の場所、ロゼリアを待たせている教室へとたどり着く。扉を開けてひょっこりと顔を覗かしてみれば、そこにはロセウスとロゼリアがいた。他の生徒は皆帰ったようだ。
「いいえ、とんでもな――」
ベルを出迎えようとロゼリアが席を立とうとするが、ベルの後に続いて入ってきたイトナに、わかりやすいほど肩を揺らして硬直した。
「どうしたの? ロゼリア」
「い、いいえ。その方はどなたですか?」
頑張って取り繕おうとしているが、ベルの前でそれは無意味だ。
ベルは意地悪く目を細め、口元に笑みを浮かべた。
「どなた? それはロゼリア、貴女が一番知っていることでしょう?」
暗にベルが精神攻撃魔法にかかっていないことを口にすれば、ロゼリアはすぐさまロセウスに命令をした。
「『メモリーズテンパー』が解けたっていうの? ロセウス様、ベル様が私に近づかないように、結界を張って!!」
ベルが解けただけで、ロセウスへ掛けた記憶改ざん魔法はまだ解けていないと信じたいようだ。その証拠にロセウスに命令を下すものの、表情はどこか不安げだった。
「わかったよ」
けれどロセウスがそう口にした途端、ロゼリアはすぐに勝ち誇った笑みを浮かべた。記憶改ざん魔法がまだ効いているロセウスが味方ならまだ勝機があると確信したのだろう。
しかし世の中はそんなに甘くはない。
ロセウスは腕に抱き着くロゼリアを振り払うように、腕から離すとロゼリアのみを結界に閉じ込めた。
「え……?」
尻もちをつきながら、信じられないといった表情でロセウスを見上げていた。
「君の願い通りにベルが近づけないように結界を張ってあげたんだ。君の契約獣ではないのに、言う事を聞いた私に感謝してほしいくらいだけれどね」
ロセウスの言っていることは間違っていない。ロセウスはロゼリアに言われた通り、 ベルが触れられないよう、ロゼリアだけを結界内に閉じ込めたのだから。
透明な結界の外から出ようと、必死に結界を両手で叩いているが、その程度のことではロセウスの結界を破ることはできない。ならばと記憶改ざん魔法を教室にいる全員にかけようと口を開いていた。
「改ざん魔法、メモリーズテンパー!!」
魔力面ではロゼリアに勝り、どういった魔法なのか知っているベルたちにとって、それは無意味な魔法に過ぎない。でもイトナにとっては違う。だからベルはロゼリアが魔法を使っても大丈夫なように先手を打っていた。
「ふふふ、これで――」
「これで、なに? 貴女の魔法は誰にも効いてないよ?」
「っ……そんな、嘘よ!!」
「嘘と思うなら確かめみればいい。ねぇ皆」
ベルの声に召喚獣三人は頷き、イトナは意味がわかってはいないようだが、とりあえずといった感じで頷いていた。
「ロゼリア、貴女は知らないことだと思うけど、精神攻撃魔法というものはね、魔法の対象者が自分の持つ魔力より、少なくてはならないの。貴女は確かに類稀なほど膨大な魔力を持っているわ。でもね、それは学院内での話。私や私の召喚獣たちは、貴女より魔力の量が上なの。だから魔法にかかるはずがないってわけ。そしてイトナには私が魔力を一時的にだけど分け与えた」
王城で見つけた本にはこう書かれていた。
精神攻撃魔法を解除する方法は二つ。それは魔法を放った本人が死亡すること。もしくは、魔法をかけられた本人が一時的にでも魔法を放った本人の魔力量を上回ること。
ベルは魔法こそ使えないものの、授業で生徒たちにしたように、相手の魔力に自身の魔力を添わせることができる。つまりそれはベルの魔力を相手の体内へ入れることができるということ。これを応用して今回は、ベルの魔力をイトナの魔力へと見せかけることによって、魔法を解除することができた。しかしこれはそう何度もできるものではない。相手への負担が大きい上に、さらに精密な魔力操作をしなくてはならないからだ。戦闘などではあまり応用できない技になる。
「それはつまり、一時的にロゼリアの魔力を上回るから貴女の魔法は効かないということ。そしてそれは同時に、貴女が以前にかけた魔法を消えるということ。……イトナ、貴方は誰か大切な者を忘れてはいない?」
「大切な者……? 大切、な……相棒」
「そう、貴方の大切な相棒は誰?」
「大切な相棒は……!! ノア!!」
ロゼリアの魔法が完全に敗れた瞬間だった。
イトナはばっと顔を上げ、ロゼリアの傍でロゼリアを必死に助け出そうとしていたノアを視界に入れた途端、ノアの元へと走り出していた。ノアはといえば、まだ記憶改ざん魔法が解けておらず、自身の元へ駆け寄ってくるイトナに牙を剥いて唸り声をあげている。けれどイトナはそんなことにも目をくれず、ノアに抱き着いた。ノアは抵抗しようとイトナの肩口に牙を食い込ませるが、イトナはそれでもノアを離そうとはしなかった。
すぐにでもノアの記憶改ざん魔法を解いてあげたいが、それよりも先にすべきことがある。ベルはロゼリアの元まで歩き、その瞳を真っすぐに見据えた。
「なぜこんなことをしたの?」
そう尋ねるベルに、ロゼリアは憎悪の炎を瞳に宿らせながら、歪な笑みを口元に浮かべて答えた。
「欲しかったから。人の物ってなぜか欲しくなってしまうでしょう? だからもらうことにしたの。イトナの契約獣と地位を、そしてベルのロセウス様も!!」
人の物はとってはいけない。それはどこの世界でも、子どもの頃に身に着ける常識だ。けれどそんな常識はロゼリアの中には存在していないようで、ただただ子どものように人から奪ってきたらしい。
「最初は指を加えてみているだけだった。けれどね、ある日、あの方からこの素晴らしい魔法をもらったの。これで君の願いが叶うよって」
あの方、という人を脳内に思い描いているのだろう。その瞳はベルを見ていなかった。
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