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第二章

三十七話

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 涙が瞳から引く頃合いを見計らって、ベルは顔を元の位置に戻した。

 話をするのは、チェツのムースを食べ終わったあと。ムースを食べている間、三人の視線はとても優しく、ベルの方を誰もが見ていた。食べにくいなぁと思いつつも、見ないでと言い出すことはできなかった。

 ムースを食べ終わり、朝食の片付けを済ませると、リビングに移動をせずそのまま話をすることになった。

 ベルが話しやすいようにか、ロセウスがハーブティーを淹れて手渡してくれた。それに礼を伝えて、一口飲む。ハーブのすうっとした喉ごしが体全体に行き渡る。ベルの背中を押してくれているかのようだった。

 ハーブティーの入ったティーカップを机に置き、それぞれの瞳を順番に見ていく。そしてベルは口を開いた。

「私ね、実はこの世界とは別の世界で生きていた記憶があるの」

 この世界がゲームで、あちらの世界が現実世界だった。そんなことを言ったところで、通じないのはわかっていた。日本に住んでいたころに、日本が実はゲームの世界で、本物の世界は別にあると言われたところで、こんな実体験をしていなければ、ベルだって笑って冗談でしょうと一言で終わらせていたに違いないのだから。

 だから『ゲーム』というワードを使わず、分かりやすいように本当のことだけを述べていくことにした。

 けれどこの一言だけで、物凄い勇気を振り絞った。鼓動がいつもの倍以上の速さだ。信じてもらえているのか不安で顔を上げれば、そこにはベルを嘘つきだと笑うものはいなかった。誰もが真剣にベルの話を聞いくれていた。三人の前置きがあったとしても、こればかりは安堵してしまう。

 深呼吸をするように息を吐いたあと、再び話しを続けた。

「別の世界では『星野鈴』という名前で生きていた。けれど二十一歳の時に死んでしまったの」

「死んだ……? いや死んでいないと、ここにベルはいないのか。でもどうしてそんなに若くして」

 気持ちとしては複雑なのだろう。星野鈴もベル・ステライトもどちらも同じ人物なのだから。アルブスの気持ちが手に取るようにわかる。ロセウスとアーテルも同じ気持ちなのだろう。眉を寄せ、複雑な表情をしていた。

「『星野鈴』の死の理由にこそ、クライシスが関わってくるの。だからこそ皆に協力してもらうなら、この話をしなければならなかった」

「それはクライシスも記憶を持った人物ということかい?」

「うん……」

 電車に轢かれる衝撃や、引き裂かれるような激しい痛み。それらを思い出すだけで体が震える。ぶるりと震えた体を抑えるように両腕で自身を抱きしめた。そんなベルのささやかな異変を瞬時に察して、誰もがベルの傍に寄ろうとするが、大丈夫だからと笑みを浮かべる。

 一度瞼を閉じて、心を落ち着ける。そして瞼を開けた。

「クライシスの別の世界での名前は知らない。その日まで会ったこともなかったし、むしろこっちで再会するまで、クライシスが私を死へと誘った人物だとは思ってもみなかったから」

「ってことは、無差別殺人ということか?」

「違うよ、アーテ」

 アーテルがクライシスを想像して、目を細めるので慌てて訂正を入れる。

「不慮の事故だったの。満員な場所にお互いがいて、クライシスの体が私に当たってしまったの。私はその衝撃を受け止めきれなくて、電車……んー、なんていったほうが分かりやすいのかな。素早く動く大きな鉄の塊に轢かれちゃったんだ」

「そういうことか……」

 表現の仕方がベルには鉄の塊としか思いつかなくて、想像できるかどうか謎だったが、どうやら杞憂に終わったようだ。

「だから私はクライシスに恨みも何にもなかったの。けれどここに神様が関わってきてしまう。私は直接会ったことがないんだけど、クライシスは転生をするときに神様に会ってこう言われたらしいの。この世界でベル・ステライトとして生きる私が幸せになるようにサポートしろって。でね、多分クライシスはこのことを転生したときから覚えていたんじゃなくて、途中で思い出したんだと思う。けれどクライシスは思い出したときに、神様に言われたことを跳ねのけてしまった。だから神様はクライシスと龍脈の繋がりを絶ち切ってしまって、それで……」

 クライシスの召喚獣が死んでしまった――。

 たとえ間接的でも、ベルはクライシスの召喚が死んでしまった原因の中心にいる。それを認めるのが怖くて、声に出すことができなかった。

 けれどベルが自身で言わなくとも、ベルが言いたかったことはきちんと伝わったらしい。その証拠とでも言うように、ベルを中心として三人が抱きしめてくれた。
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